63 / 75
Ⅲ.あかり
13.
しおりを挟む
夏休みも残り少なくなった頃、鳴瀬の退院が決まった。
包帯も少し取れて、両眼が覗くようになった。
左瞼に軽い切り傷があるけれど、眼に異常はなく、鳴瀬のきれいな両眼が私を映してくれると、嬉しくて泣きたくなった。
だけど、その夜、鳴瀬からの電話で。
「―――…もう、大丈夫だから」
やんわりと拒絶された。
足元に穴が開いて、音もなく自分が落ちていくのを感じた。
辛うじてつなぎとめたスマートフォンから、
「夏休み、どこにも行ってないよな? …彼氏にも悪いし」
鳴瀬が、小声で呟くように言うのが聞こえた。
もしかしたら。
鳴瀬がずっと言っていた「ごめん」の意味は。
「あかりに足枷をはめて、悪かったと思ってる。あかりのせいじゃないから。俺がやったことに、…責任、感じなくていい」
鳴瀬が話し終わる前に、スマートフォンをつかんだまま、家を飛び出した。
自転車で夜の街を走る。
ぬるい風の中に、少しだけ、秋の気配を感じた。
真夜中。眠る街。夏の名残。
もう、この世界に鳴瀬がいなくなったと思って、
絶望に駆られて裸足で走った夜を思い出す。
足枷なんかじゃないよ。
鳴瀬がいてくれるから、生きていけるんだよ。
病院の夜間受付を入ると、警備員さんに不審な目を向けられて、当然のことながら病室への侵入を止められた。
他に方法を思いつかなくて、床に手をついて頼み込んだ。
どうしても、1秒でも早く、鳴瀬に会って伝えたかった。
私と警備員さんが押し問答を繰り返していると、巡回中の看護師さんが来て、事情を聴いてくれた。
「508号室の鳴瀬さんですね。さっきまだ起きているようでしたから、ご本人に確認してみます。こちらで待っていてください」
そう言ってくれた看護師さんの言葉で、力が抜けて床にへたり込む私を、警備員さんが鋭い目で見つめて、受付の向こうに戻って行った。
病室から戻ってきた看護師さんの姿が見えた途端、弾かれたように駆け寄った私に、
「ただし、私も同行させてもらいますね」
看護師さんが優しくうなずいて、そう告げた。
心の底から頭を下げた。
「…鳴瀬っ」
5階に着いたら、鳴瀬が病室の前に立っていた。
薄暗い夜の病棟で、まだ顔の半分は包帯に隠れたままだけれど、両目はしっかりと私をとらえてくれた。
深夜なのに、耐えきれずに鳴瀬に向かって走った。
「あかり…」
鳴瀬が私を軽々と受け止めてくれた。
言葉よりも先に涙があふれてしまった私を、鳴瀬はそっと、包んでくれた。
泣くんじゃなくて。伝えに来たんだから。
「鳴瀬と一緒に生きていきたい。責任とかじゃなくて、ただ、鳴瀬のそばにいたいの」
鳴瀬を想う気持ちを、言葉にするのは難しくて、全然上手く言えないけれど、私を包む鳴瀬の腕に力が込められたのを感じた。
包帯も少し取れて、両眼が覗くようになった。
左瞼に軽い切り傷があるけれど、眼に異常はなく、鳴瀬のきれいな両眼が私を映してくれると、嬉しくて泣きたくなった。
だけど、その夜、鳴瀬からの電話で。
「―――…もう、大丈夫だから」
やんわりと拒絶された。
足元に穴が開いて、音もなく自分が落ちていくのを感じた。
辛うじてつなぎとめたスマートフォンから、
「夏休み、どこにも行ってないよな? …彼氏にも悪いし」
鳴瀬が、小声で呟くように言うのが聞こえた。
もしかしたら。
鳴瀬がずっと言っていた「ごめん」の意味は。
「あかりに足枷をはめて、悪かったと思ってる。あかりのせいじゃないから。俺がやったことに、…責任、感じなくていい」
鳴瀬が話し終わる前に、スマートフォンをつかんだまま、家を飛び出した。
自転車で夜の街を走る。
ぬるい風の中に、少しだけ、秋の気配を感じた。
真夜中。眠る街。夏の名残。
もう、この世界に鳴瀬がいなくなったと思って、
絶望に駆られて裸足で走った夜を思い出す。
足枷なんかじゃないよ。
鳴瀬がいてくれるから、生きていけるんだよ。
病院の夜間受付を入ると、警備員さんに不審な目を向けられて、当然のことながら病室への侵入を止められた。
他に方法を思いつかなくて、床に手をついて頼み込んだ。
どうしても、1秒でも早く、鳴瀬に会って伝えたかった。
私と警備員さんが押し問答を繰り返していると、巡回中の看護師さんが来て、事情を聴いてくれた。
「508号室の鳴瀬さんですね。さっきまだ起きているようでしたから、ご本人に確認してみます。こちらで待っていてください」
そう言ってくれた看護師さんの言葉で、力が抜けて床にへたり込む私を、警備員さんが鋭い目で見つめて、受付の向こうに戻って行った。
病室から戻ってきた看護師さんの姿が見えた途端、弾かれたように駆け寄った私に、
「ただし、私も同行させてもらいますね」
看護師さんが優しくうなずいて、そう告げた。
心の底から頭を下げた。
「…鳴瀬っ」
5階に着いたら、鳴瀬が病室の前に立っていた。
薄暗い夜の病棟で、まだ顔の半分は包帯に隠れたままだけれど、両目はしっかりと私をとらえてくれた。
深夜なのに、耐えきれずに鳴瀬に向かって走った。
「あかり…」
鳴瀬が私を軽々と受け止めてくれた。
言葉よりも先に涙があふれてしまった私を、鳴瀬はそっと、包んでくれた。
泣くんじゃなくて。伝えに来たんだから。
「鳴瀬と一緒に生きていきたい。責任とかじゃなくて、ただ、鳴瀬のそばにいたいの」
鳴瀬を想う気持ちを、言葉にするのは難しくて、全然上手く言えないけれど、私を包む鳴瀬の腕に力が込められたのを感じた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
青春リフレクション
羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。
命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。
そんなある日、一人の少女に出会う。
彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。
でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!?
胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる