さんかく片想い ―彼に抱かれるために、抱かれた相手が忘れられない。三角形の恋の行方は?【完結】

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3章.困惑マインド

04.

創くんの後姿がだんだん小さくなっていくのをぼんやりと眺める。
創くんが時々振り返って手を振ってくれた。

キス。創くん。
付き合おう、って。デートしよう、って。

長年の夢が叶ったのに、ずっとずっとずっと、それだけを望んできたのに。
全然現実味がなくて浮かれた気分になれないのはなんでだろう。

『良かったら一緒に観に来て』

自分にとってすごく大切なものを失くしてしまったような気がするのは。

…なんでだろう。

「おかえり、つぼみ。今日切り干し大根で春巻き作るんだって? お母さん、楽しみだわ~」

マンションの部屋に帰ると、リビングで母とななせが談笑していた。

「あ、…うん、そう。ななせが、…」

目を上げると、ななせの澄んだきれいな瞳に見つめられて、おかしいくらい心臓が跳ねあがった。

「…食べたい、って、…言うから」

不自然に小さくなった声でもぐもぐとつぶやいて、荷物を片づけて身支度を整える。

「ねー、ビール開けちゃう? ナムル、まだあったよね? ななせ、乾杯しよ」

母が春巻きを待ちきれない様子で、いそいそと晩酌を始めた。ななせはそんな母をすごく優しい顔で見て、乾杯に付き合っている。

そうだ。ななせは大切な。すごく大切な家族。

切り干し大根煮の汁気を飛ばして、1/4サイズに切った春巻きの皮でチーズと一緒に巻く。1口サイズにすると大量に巻くことになるから、ともかくひたすら手を動かして、油を熱してサクサク揚げていく。

何を期待して。何に失望して。何で心を痛めることがあるんだ。

高温で香ばしく色づいていく春巻きが涙でにじんだ。
換気扇の音に紛れて誰にも気づかれないように鼻を啜った。

ななせが全くいつも通りで、まるで何もなかったかのように普通だからって、なんで傷つくことがあるんだ。

「ななせ、ドームライブ決定おめでとう。ななせの音楽、お母さんの病院でも評判よ」

リビングから上機嫌で話す母の声が聞こえる。
水菜と豆腐のサラダを添えようと、野菜を切って水洗いする。

「いけ好かない院長の息子がたまに偉そうに指示出してくるんだけどね、Galaxiesの良さを声高に語っているのを聞いちゃって。ああ、君たちには分からない話だよね、悪かったね、とか言うから、あら、息子の応援ありがとうって言ってやったわ」

訳も分からず込み上げる嗚咽を飲み込んで、豆腐を切り分け、胡麻ドレッシングを作る。

白ごまと、砂糖、酢、しょうゆ、塩、油を混ぜ合わせたら、心の中もぐるぐる混ざって、

ななせにとっては。
何でもないことだったんだ。

一粒だけ涙が零れ落ちてしまい、慌てて目に力を入れた。

「その時の若先生の顔。もう笑えるの笑えないのって、一躍、看護師仲間内で伝説になっちゃったわ~」

ななせは私の願いを聞いてくれて、おかげで創くんと付き合えることになって、何もかも望み通り。泣きたくなるようなことは何もない。

奥歯を噛み締めて、揚げたての春巻きをお皿に山積みにすると、

「あー、いい匂いー。つーちゃん、食べていい? 味見味見っ」

匂いにつられた母がキッチンに現れて、早速一つ手に取って口に入れる。

「…あつ。…ん、美味し~。ななせも、早く。味見味見」

母がほんのり赤らんだ頬を緩ませて、無邪気にななせを呼びつける。

キッチンにやってきたななせが長い綺麗な指で春巻きを摘まんで、口を開く。
さんざん私を翻弄した唇を閉じて、春巻きを咀嚼する。

狭いキッチンにななせが並ぶと、空気がななせ色に染まる。

「チーズ、正解だったね」

食べ終わったななせが満足そうに口の端を上げて、春巻きを摘まんだ指先を舐めた。

春巻きになりたい。

ななせに食まれて舐められて噛み砕かれて味わわれて、身体の奥底まで落とされて、ななせの一部になる。

瞬きの向こう側でななせが滲む。

私にとっては。
世界が根底からひっくり返ってしまうことだったのに。

「切り干し大根が入ってると思うと揚げ物でも許せる気がするよね」

母の声に我に返って、

「こっち持ってくから。いっぱい食べて」

急いでななせから目を逸らすと、お皿をリビングに運んだ。
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