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4章.唯一ロンギング
06.
「つー先輩。イワシの鱗ってこれで取れてるー?」
「うんうん」
「つー先輩、内臓取ったら洗うの? 骨もとるー?」
「そうそう」
「つー先輩、なめろうってこのくらいの細かさー?」
「かんぺき」
大学の講義が終わった後、母校の調理部を訪ねる。私の毎日は料理に満ちている。
「今日のメニューはイワシ餃子です。こちらも男の胃袋をつかむ代表料理といえます。美味しい・ヘルシー・ビールに合う。皆さん、余った料理はぜひ意中の彼に差し入れしましょう」
顧問の渡辺先生は、多分何を差し入れしても胃袋をつかまれるんだろうと思いながら、生のイワシ相手に奮闘する生徒たちを見て回る。
「なんでみそ入れるの~?」
「イワシに合うんだよね。ネギとか生姜入れるのは魚臭さが抑えられるからかな」
「なんで包むときにひだ作るの~?」
「具が溢れにくいとか旨味を閉じ込めるとか理由はあるみたいだけど、なくても焼けるし、包み方工夫しても楽しいよ。三角にしたり、丸めてお花みたいにしたり」
言いながら、面倒くさがり屋のななせは、手伝わせるとひだをつけない三日月餃子を専門で作ってたな、と思い出して胸が締め付けられた。
ななせに会いたい。
いつも同じ家に帰ってきてくれて、私が作ったご飯を食べてくれるって、なんて幸せなことだったんだろう。
「わ――、イワシ臭くない」
「あつあつ、美味しい~~~っ」
「なんかお肉よりあっさりしてる」
「たれの味変えても楽しそう~」
焼き立ての餃子を頬張って笑顔の部員たちと、
「つーちゃんは、絶対いいお嫁さんになるよね。僕ならいつでもOK、…」
鬼の勢いで餃子を口に詰め込んでアチアチ言っている渡辺先生を見ていたら、何だか居ても立っても居られなくなってきた。
「じゃあ、渡辺先生、お願いしますっ」
「え、…お願いって、まさかのOK、…」
「急ぎますんでっ‼」
後片付けをある程度終えると、残りを顧問の渡辺先生に任せて調理室を飛びだした。
「ええっ、言い続けてみるもんだな…」
「あれ、絶対創くんのところだよね」
「ラブラブだもんね」
「えっ、…」
ななせの滞在するホテルは家族のスケジュールアプリに入っている。
インターネットで場所を確認して、電車を乗り換えた。猛ダッシュで家に帰って、詰め込んできた差し入れを握りしめる。焼きたてのイワシ餃子と大根の蜂蜜漬け。自家製梅干し。
偏食で子どもみたいなななせは、ほっとくと何にも食べないし、朝は弱いし、風邪をひきやすい。
ちょっと。ちょっとだけ。
顔見るだけ。見れなくても、渡すだけ。
電車の振動音と心臓の音。
どっちがどっちだかわからないくらい激しく揺れ動く。
ななせに会うのに、緊張する。緊張しすぎて吐き気さえする。
邪魔になるようなことはしない。絶対。会えなかったら、大人しく帰る。
自分に言い聞かせて深呼吸した。
胃が苦しい。胸が痛い。
衝動に駆られて来ちゃったけど、迷惑がられたら。
『触んな』 …拒絶されたらどうしよう。
不安で胃が縮み上がっているのに、それよりもっと圧倒的な強さで会いたくて。どうしても会いたくて。気持ちが募ってしまう。
一目。見るだけ。
こんなのストーカー行為じゃないか、とも思うけど自分を止められなくて。
逸る気持ちのままたどり着いたホテルのフロントに押しかけると、
「大変申し訳ございません。宿泊者様のご情報は申し上げられないことになっております」
一糸の乱れもない超然とした制服姿のフロントマンに、余りにもあっさりと阻まれた。
「あ、え、…ちょっと、渡したい、ものが」
動揺してもごもご言い募るも、鉄仮面のような無表情に見つめ返されて身が竦む。
「あ。…ええっと、姉、なんです、あの。私、雨宮つぼみと言いまして、ななせの姉で。…み、身分証、…あ、学生証、…」
怪しい人だと思われたのかも。
と、遅ればせながら思い至り、弁明しつつ焦りながらカバンの中を探ったら、中身を派手に床にばらまいてしまった。
スマホ。お財布。パスモ。化粧ポーチ。イヤホン。ハンカチ。ウェットティッシュ。目薬。鍵。ボールペン、…
床に這いつくばって急いで拾い集める。
フロントマンの視線が痛い。ロビーに居合わせた人たちにも見られているのを感じる。
周囲にイワシと大根の匂いが漂っていた。
「うんうん」
「つー先輩、内臓取ったら洗うの? 骨もとるー?」
「そうそう」
「つー先輩、なめろうってこのくらいの細かさー?」
「かんぺき」
大学の講義が終わった後、母校の調理部を訪ねる。私の毎日は料理に満ちている。
「今日のメニューはイワシ餃子です。こちらも男の胃袋をつかむ代表料理といえます。美味しい・ヘルシー・ビールに合う。皆さん、余った料理はぜひ意中の彼に差し入れしましょう」
顧問の渡辺先生は、多分何を差し入れしても胃袋をつかまれるんだろうと思いながら、生のイワシ相手に奮闘する生徒たちを見て回る。
「なんでみそ入れるの~?」
「イワシに合うんだよね。ネギとか生姜入れるのは魚臭さが抑えられるからかな」
「なんで包むときにひだ作るの~?」
「具が溢れにくいとか旨味を閉じ込めるとか理由はあるみたいだけど、なくても焼けるし、包み方工夫しても楽しいよ。三角にしたり、丸めてお花みたいにしたり」
言いながら、面倒くさがり屋のななせは、手伝わせるとひだをつけない三日月餃子を専門で作ってたな、と思い出して胸が締め付けられた。
ななせに会いたい。
いつも同じ家に帰ってきてくれて、私が作ったご飯を食べてくれるって、なんて幸せなことだったんだろう。
「わ――、イワシ臭くない」
「あつあつ、美味しい~~~っ」
「なんかお肉よりあっさりしてる」
「たれの味変えても楽しそう~」
焼き立ての餃子を頬張って笑顔の部員たちと、
「つーちゃんは、絶対いいお嫁さんになるよね。僕ならいつでもOK、…」
鬼の勢いで餃子を口に詰め込んでアチアチ言っている渡辺先生を見ていたら、何だか居ても立っても居られなくなってきた。
「じゃあ、渡辺先生、お願いしますっ」
「え、…お願いって、まさかのOK、…」
「急ぎますんでっ‼」
後片付けをある程度終えると、残りを顧問の渡辺先生に任せて調理室を飛びだした。
「ええっ、言い続けてみるもんだな…」
「あれ、絶対創くんのところだよね」
「ラブラブだもんね」
「えっ、…」
ななせの滞在するホテルは家族のスケジュールアプリに入っている。
インターネットで場所を確認して、電車を乗り換えた。猛ダッシュで家に帰って、詰め込んできた差し入れを握りしめる。焼きたてのイワシ餃子と大根の蜂蜜漬け。自家製梅干し。
偏食で子どもみたいなななせは、ほっとくと何にも食べないし、朝は弱いし、風邪をひきやすい。
ちょっと。ちょっとだけ。
顔見るだけ。見れなくても、渡すだけ。
電車の振動音と心臓の音。
どっちがどっちだかわからないくらい激しく揺れ動く。
ななせに会うのに、緊張する。緊張しすぎて吐き気さえする。
邪魔になるようなことはしない。絶対。会えなかったら、大人しく帰る。
自分に言い聞かせて深呼吸した。
胃が苦しい。胸が痛い。
衝動に駆られて来ちゃったけど、迷惑がられたら。
『触んな』 …拒絶されたらどうしよう。
不安で胃が縮み上がっているのに、それよりもっと圧倒的な強さで会いたくて。どうしても会いたくて。気持ちが募ってしまう。
一目。見るだけ。
こんなのストーカー行為じゃないか、とも思うけど自分を止められなくて。
逸る気持ちのままたどり着いたホテルのフロントに押しかけると、
「大変申し訳ございません。宿泊者様のご情報は申し上げられないことになっております」
一糸の乱れもない超然とした制服姿のフロントマンに、余りにもあっさりと阻まれた。
「あ、え、…ちょっと、渡したい、ものが」
動揺してもごもご言い募るも、鉄仮面のような無表情に見つめ返されて身が竦む。
「あ。…ええっと、姉、なんです、あの。私、雨宮つぼみと言いまして、ななせの姉で。…み、身分証、…あ、学生証、…」
怪しい人だと思われたのかも。
と、遅ればせながら思い至り、弁明しつつ焦りながらカバンの中を探ったら、中身を派手に床にばらまいてしまった。
スマホ。お財布。パスモ。化粧ポーチ。イヤホン。ハンカチ。ウェットティッシュ。目薬。鍵。ボールペン、…
床に這いつくばって急いで拾い集める。
フロントマンの視線が痛い。ロビーに居合わせた人たちにも見られているのを感じる。
周囲にイワシと大根の匂いが漂っていた。
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