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4章.唯一ロンギング
07.
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私。馬鹿じゃないのかな。
何やってるんだろう。恥ずかし過ぎる。
「どうも、お騒がせしてすみませんでした、…」
荷物を拾い集めて顔を上げられないままフロントマンに頭を下げた。
考えてみれば当然だ。このご時世。簡単に個人情報を明かせるわけないし、手作り品の差し入れなんて受け取れないに決まってる。
馬鹿だ。考えなし過ぎる。本当に恥ずかしい。
こんな姉がいると知られたら、ななせに迷惑をかけてしまう。
「…ご身内の方でしたら、直接ご連絡をお取りになられては」
背を向けて歩き始めた私に同情してくれたのか、フロントマンが声をかけてくれた。
「…そう、ですね」
振り返ってもう一度頭を下げると、フロントを離れた。
いぶかしがられているのかもしれない。
綺麗で、居るだけで人が群がってくる、花みたいなななせ。
テレビやCMに出て、ファンもたくさんいて、ドームライブをやって、世間の注目を集めているななせ。
そんな世界の人に、こんなモサい姉がいるなんて。
連絡できるもんならしてみろよ、って。思われたのかも。
差し入れの入った袋を握りしめて奥歯を噛みしめた。
連絡なんてできるわけない。
彼女でもないのに、「会いたい」なんて言えない。
こんなもの持ってきて、ななせの役に立ちたいなんて滑稽だ。
ななせはもう二十歳で大人で仕事もしていて、事務所だってついているんだから。姉の立ち入る隙間なんてどこにもない。
ホテルから出るとすっかり日が落ちて、風も出ていた。来るときは必死で何も感じなかったけれど、やけに寒い。コートも着ないで飛び出してきたことを後悔した。どれだけ周りが見えていないんだろう。
都心の一等地、高級ホテルにイワシと大根と梅干。不似合いすぎて嗤える。
まるで、ななせと私、…
鼻の奥がツンとして、慌てて上を向いた。
都心の空は明るすぎて星が見えない。
都会の夜は人が多すぎて居場所がない。
もう。手が届かない。
どのくらい道端に立ち尽くしていたのか、何かが鳴っていると思ったら、バックの中でスマートフォンが振動を繰り返していた。
「つー? 今、どこにいる?」
タップすると、スマホの向こうから創くんの優しい声が聞こえた。
その声は、都会の雑踏の中行き交う人は皆他人で、行き先も分からずに一人途方に暮れていた私の、最後の一手を押した。
「今日学校来てたんだろ? 一緒に帰れるかと思ったのに、急いで出てったっていうから、何かあったのかと思って」
我慢していたのに。一粒こぼれると後から後から涙が溢れ出てきてしまう。
穏やかなバリトンを響かせていた創くんが、言葉を切って耳を澄ませる。
「…どうした?」
返事が出来ない。唇を噛みしめる。
「つー? …泣いてる?」
何も言わなかったのに、巧みに場所を聞き出した創くんがそれから間もなくタクシーで迎えに来てくれた。
「今日、イワシ餃子作ったんだってな」
創くんのマンションで、創くんがイワシ餃子を食べてくれた。
「美味しいよ、つー。つぼみが作る料理は、なんか懐かしい味がする」
どうして先に帰ったのか、なんであんな場所にいたのか、泣いていたわけも、何も、創くんは聞かなかった。
「渡辺先生が、恋は粘り勝ちだってやたら敵対心向けてくるんだけど」
ただ。温かい部屋で、ミルクティを淹れてくれた。私の頭を優しく撫でて、その広い胸を貸してくれた。
「俺、恋愛スキル低いからな。つけ込みどころが分からないんだけど。粘り強いのは、まあ自信あるから」
ただ。抱きしめて、背中を撫でながら、子守歌のようにとりとめもなく話し続けてくれた。
「ちなみにさぁ。今更どうでもいいかもしれないけど、あの日マリちゃんとは何もないから。だから何だって話なんだけど、一応そうだから」
創くんは優しくて、大人で、大好きな私のヒーローで、
「今更お前にカッコつけても仕方ないけどな。犬が怖くて逆走したら犬の糞踏んだこととか、お前全部知ってるもんな」
その胸の中は温かくて、まんまと泣き止んで笑っちゃうくらい居心地が良かったけれど、
「…つぼみが好きだよ」
胸がいっぱいで胸が痛かった。
たとえもう届かなくても。焦がれているのは。
熱望しているのは。切望しているのは。
唯一。ただ。1人だけだって。
優しい創くんの腕の中で、はっきり分かってしまった。
何やってるんだろう。恥ずかし過ぎる。
「どうも、お騒がせしてすみませんでした、…」
荷物を拾い集めて顔を上げられないままフロントマンに頭を下げた。
考えてみれば当然だ。このご時世。簡単に個人情報を明かせるわけないし、手作り品の差し入れなんて受け取れないに決まってる。
馬鹿だ。考えなし過ぎる。本当に恥ずかしい。
こんな姉がいると知られたら、ななせに迷惑をかけてしまう。
「…ご身内の方でしたら、直接ご連絡をお取りになられては」
背を向けて歩き始めた私に同情してくれたのか、フロントマンが声をかけてくれた。
「…そう、ですね」
振り返ってもう一度頭を下げると、フロントを離れた。
いぶかしがられているのかもしれない。
綺麗で、居るだけで人が群がってくる、花みたいなななせ。
テレビやCMに出て、ファンもたくさんいて、ドームライブをやって、世間の注目を集めているななせ。
そんな世界の人に、こんなモサい姉がいるなんて。
連絡できるもんならしてみろよ、って。思われたのかも。
差し入れの入った袋を握りしめて奥歯を噛みしめた。
連絡なんてできるわけない。
彼女でもないのに、「会いたい」なんて言えない。
こんなもの持ってきて、ななせの役に立ちたいなんて滑稽だ。
ななせはもう二十歳で大人で仕事もしていて、事務所だってついているんだから。姉の立ち入る隙間なんてどこにもない。
ホテルから出るとすっかり日が落ちて、風も出ていた。来るときは必死で何も感じなかったけれど、やけに寒い。コートも着ないで飛び出してきたことを後悔した。どれだけ周りが見えていないんだろう。
都心の一等地、高級ホテルにイワシと大根と梅干。不似合いすぎて嗤える。
まるで、ななせと私、…
鼻の奥がツンとして、慌てて上を向いた。
都心の空は明るすぎて星が見えない。
都会の夜は人が多すぎて居場所がない。
もう。手が届かない。
どのくらい道端に立ち尽くしていたのか、何かが鳴っていると思ったら、バックの中でスマートフォンが振動を繰り返していた。
「つー? 今、どこにいる?」
タップすると、スマホの向こうから創くんの優しい声が聞こえた。
その声は、都会の雑踏の中行き交う人は皆他人で、行き先も分からずに一人途方に暮れていた私の、最後の一手を押した。
「今日学校来てたんだろ? 一緒に帰れるかと思ったのに、急いで出てったっていうから、何かあったのかと思って」
我慢していたのに。一粒こぼれると後から後から涙が溢れ出てきてしまう。
穏やかなバリトンを響かせていた創くんが、言葉を切って耳を澄ませる。
「…どうした?」
返事が出来ない。唇を噛みしめる。
「つー? …泣いてる?」
何も言わなかったのに、巧みに場所を聞き出した創くんがそれから間もなくタクシーで迎えに来てくれた。
「今日、イワシ餃子作ったんだってな」
創くんのマンションで、創くんがイワシ餃子を食べてくれた。
「美味しいよ、つー。つぼみが作る料理は、なんか懐かしい味がする」
どうして先に帰ったのか、なんであんな場所にいたのか、泣いていたわけも、何も、創くんは聞かなかった。
「渡辺先生が、恋は粘り勝ちだってやたら敵対心向けてくるんだけど」
ただ。温かい部屋で、ミルクティを淹れてくれた。私の頭を優しく撫でて、その広い胸を貸してくれた。
「俺、恋愛スキル低いからな。つけ込みどころが分からないんだけど。粘り強いのは、まあ自信あるから」
ただ。抱きしめて、背中を撫でながら、子守歌のようにとりとめもなく話し続けてくれた。
「ちなみにさぁ。今更どうでもいいかもしれないけど、あの日マリちゃんとは何もないから。だから何だって話なんだけど、一応そうだから」
創くんは優しくて、大人で、大好きな私のヒーローで、
「今更お前にカッコつけても仕方ないけどな。犬が怖くて逆走したら犬の糞踏んだこととか、お前全部知ってるもんな」
その胸の中は温かくて、まんまと泣き止んで笑っちゃうくらい居心地が良かったけれど、
「…つぼみが好きだよ」
胸がいっぱいで胸が痛かった。
たとえもう届かなくても。焦がれているのは。
熱望しているのは。切望しているのは。
唯一。ただ。1人だけだって。
優しい創くんの腕の中で、はっきり分かってしまった。
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