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「手間かけさせんじゃねぇ」
ふざけたような口調から一転してドスの利いた怒鳴り声を放った恵那さんが、ブラウスを引きちぎり、ボタンが弾け飛んだ。
次の瞬間、会議室のドアが外側から勢いよく開けられ、馬乗りになっていた恵那さんが横ざまに跳んで床に転がった。
「あおい!」
恵那さんを横蹴りにした柚くんが私を抱き起し、座ったまま強く抱きしめる。
全身が柚くんに包まれた。
なんだか頭がぼうっとして、現実感がなかった。
「確保!午後5時48分」
「アンドラーシ・ペーテル・カズマ。暴行容疑で逮捕する」
「国際手配されているクラッキング容疑についても話を聞こうか」
屈強な男の人たちが次々と現れて、床に転がる恵那さんを取り押さえた。
「…何か雑音がするような気はしたんだ。ヒロヤクン、盗聴してた?」
私を抱きしめる腕に力を込めたまま、柚くんは何も答えなかった。
「またねぇー、ウサギチャン」
男性2人に挟まれた恵那さんが通り過ぎ際、私を見た。目の周りが腫れている。
一瞬、柚くんがピクリと動き、恵那さんは血走らせた目を見開いて両脇の男性を振り払い、身体ごと柚くんに突っ込んできた。
柚くんが低くうめく。
「…さっきのお礼。見かけによらず喧嘩っ早い、ヒロヤクン」
「動くな!」
再び取り押さえられた恵那さんが柚くんから離れた時、その手に血に染まったナイフが見えた。
え、…
顔を歪めた柚くんと、スーツを濡らす赤い染みが見えた。
「柚くん!」
柚くんが左手で脇腹あたりを押さえる。その手がみるみる赤く染まる。
「柚くん! 大丈夫!?」
「…あおい」
柚くんが蒼白な顔で私を見て、震える右の手のひらで私の頬をなでた。
私を見つめる柚くんの瞳が揺れている。
「…ごめん」
柚くんの身体から力が抜けていく。
柚くんの温もりが離れていく。
「救急車!」
大勢の人たちが動き回っている。
あちこちから大声や怒鳴り声、行き交う足音、大きな物音が聞こえる。
それら全てがまるで別世界の出来事のように思えた。
「柚くん、しっかりして」
崩れ落ちかけた柚くんを抱きかかえると、柚くんがうっすらと目を開けた。
「…けが、は?」
私が狂ったように首を横に振ると、柚くんは安心したように少しだけ笑った。
柚くんの腕が床に落ちる。
柚くんの桜色の唇が色を失っていく。
柚くんの綺麗な瞳がゆっくり閉じる。
「柚くん! 柚くん!」
必死だった。
柚くんが遠くに行ってしまう。
まだ何も伝えていない。
私にとってどんなに柚くんが大切で。
かけがえがなくて愛しいか。
いつももらってばかりだけど。
私だって本当は何でもいいから柚くんの役に立ちたくて。
いつだって柚くんには笑っていてほしい。
自分の全てを捨てても柚くんを守りたい。
力の限り柚くんを抱きしめた。
ふざけたような口調から一転してドスの利いた怒鳴り声を放った恵那さんが、ブラウスを引きちぎり、ボタンが弾け飛んだ。
次の瞬間、会議室のドアが外側から勢いよく開けられ、馬乗りになっていた恵那さんが横ざまに跳んで床に転がった。
「あおい!」
恵那さんを横蹴りにした柚くんが私を抱き起し、座ったまま強く抱きしめる。
全身が柚くんに包まれた。
なんだか頭がぼうっとして、現実感がなかった。
「確保!午後5時48分」
「アンドラーシ・ペーテル・カズマ。暴行容疑で逮捕する」
「国際手配されているクラッキング容疑についても話を聞こうか」
屈強な男の人たちが次々と現れて、床に転がる恵那さんを取り押さえた。
「…何か雑音がするような気はしたんだ。ヒロヤクン、盗聴してた?」
私を抱きしめる腕に力を込めたまま、柚くんは何も答えなかった。
「またねぇー、ウサギチャン」
男性2人に挟まれた恵那さんが通り過ぎ際、私を見た。目の周りが腫れている。
一瞬、柚くんがピクリと動き、恵那さんは血走らせた目を見開いて両脇の男性を振り払い、身体ごと柚くんに突っ込んできた。
柚くんが低くうめく。
「…さっきのお礼。見かけによらず喧嘩っ早い、ヒロヤクン」
「動くな!」
再び取り押さえられた恵那さんが柚くんから離れた時、その手に血に染まったナイフが見えた。
え、…
顔を歪めた柚くんと、スーツを濡らす赤い染みが見えた。
「柚くん!」
柚くんが左手で脇腹あたりを押さえる。その手がみるみる赤く染まる。
「柚くん! 大丈夫!?」
「…あおい」
柚くんが蒼白な顔で私を見て、震える右の手のひらで私の頬をなでた。
私を見つめる柚くんの瞳が揺れている。
「…ごめん」
柚くんの身体から力が抜けていく。
柚くんの温もりが離れていく。
「救急車!」
大勢の人たちが動き回っている。
あちこちから大声や怒鳴り声、行き交う足音、大きな物音が聞こえる。
それら全てがまるで別世界の出来事のように思えた。
「柚くん、しっかりして」
崩れ落ちかけた柚くんを抱きかかえると、柚くんがうっすらと目を開けた。
「…けが、は?」
私が狂ったように首を横に振ると、柚くんは安心したように少しだけ笑った。
柚くんの腕が床に落ちる。
柚くんの桜色の唇が色を失っていく。
柚くんの綺麗な瞳がゆっくり閉じる。
「柚くん! 柚くん!」
必死だった。
柚くんが遠くに行ってしまう。
まだ何も伝えていない。
私にとってどんなに柚くんが大切で。
かけがえがなくて愛しいか。
いつももらってばかりだけど。
私だって本当は何でもいいから柚くんの役に立ちたくて。
いつだって柚くんには笑っていてほしい。
自分の全てを捨てても柚くんを守りたい。
力の限り柚くんを抱きしめた。
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