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iiyori.07

08.

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「つまりっ、穂月様は妾の素晴らしさを少しも分こうてくれぬということよ」

三姫が手酌で満たした杯をあおって鼻息を荒くする。

煙のように消えた三姫は、約束通り(?)、酒樽を片手に戻ってきて、私の前にどっかり腰を落ち着けるとグイグイ飲み始めた。可愛い見た目に反して、結構な酒豪らしい。

「光り輝く宝玉もこれぞという完璧な見た目。由緒正しい家柄の出自。夫の前では物も言えぬ奥ゆかしさ。それなのに漏れいづるなまめかしさ。昼は淑女、夜は娼婦。なにそれ、最高じゃんってことですよねっ???」

相変わらず後ろ手に縛られて轡を嚙まされたまま、ろくに動けない私の肩をつかんで、グラグラ揺さぶってくる。

「って、聞いてる? ちゃんと聞いてる? どうじゃ、石ころ? しかと返事せいっ」

わ――、面倒くさいタイプの絡み酒だよ、これ。

「ほーへふへ」
「声が小さ―――――いっ!!」

だからしゃべれないんだって。

グチグチ絡みながら語る三姫の言うところによると、無敵の妖刀遣いと名高い穂月に嫁ぐのはちょっと怖くもあったけれど、そのやんごとなく麗しいご尊顔に秒で虜になってしまい、己の幸運に深く歓喜した。

が、夫となったはずの穂月はたったの一度もお渡りにならず、三姫に興味ゼロどころか、側室を2人も招く始末。穂月様ほどの武将ですもの、側室くらい、と己を慰め、自分には遠く及ばないけどまあそれなりに美貌の側室たちを受け入れてみたものの、穂月は側室にも興味なし。

どういうこっちゃ、付くもの付いてるんか―――い、と嘆きに嘆き、穂月恋しさに泣き暮らしているうちに、所謂いわゆる在処離あくがれ』状態になり、魂と肉体が分かれて遊離するようになったという。

浮遊した魂で穂月に付きまとっているうちに、いつしか実体ごと移り歩いたり、誰かをかたどって姿を変えたりすることも出来るようになった、…まさに変幻自在の浮遊霊に進化した。

「霊じゃないと申しておろうにっ」

すっかり出来上がった三姫に頭をはたかれた。
確かに痛い。間違いなく実体だ。

で。変幻自在、神出鬼没の三姫は、私の姿になりすまし、達磨法師の式神となって穂月と晴信に蟲毒こどくを盛った、ってこと?

「達磨は晴信と結託して穂月様を暗殺しようとしておったがの。穂月様をお辛い目に遭わせるなど言語道断。この三姫が許しはせぬ。にっくきは晴信じゃ。己の企みで自滅すれば良いのじゃ」

ふん、っとまたしてもお酒をあおって言い捨てた。なんか晴信がすごく嫌いらしい。まあ確かに酷い父親であるとは思う。

なるほど。
三姫のおかげでだいぶ状況が整理できた。

つまり。
晴信は実の子であり志田家嫡男でもある穂月を暗殺しようと、幻術遣いの達磨法師を呼んで、雇われて日の浅い女中を実行役に選んで式神にしたところ、それは実は私に成りすました三姫で、穂月じゃなく晴信に毒を盛って、その容疑で私が逮捕された、…てことか。

「穂月様のお心を惑わせるちんけな石ころは処刑され、その隙に妾はおぬしの姿で穂月様を夜這よばう。完璧じゃ。ついにあの穂月様の全てが妾のもの。ああん、いやああん、待ってて。マイスイートダーリン~~~」

一方的に言いたいことだけぶちまけて、強烈にお酒の匂いを放ちながら、またしても煙のように三姫が消えた。

なんつー自分勝手な幽霊、…

「実体じゃ!!」

…そうでした。
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