Feel emotion ー恋なんていらない、はずなのに。年下イケメン教え子の甘い誘いにとろけて溺れる…【完結】 

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01.

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「動くな‼」

都営大江戸線西新宿五丁目駅を過ぎてすぐ、混雑に息をひそめていた最後尾車両内に強い緊張が走る。

平日朝8時。あいにくの雨。通勤ラッシュ。
荷物と傘と強い湿気。不機嫌な人いきれ。
とっくに限界を超えているのに更に増える乗客。
天井の低い車両では圧迫感が半端ない。

ただでさえ神経をすり減らされているのに、
ひとつ前の停車駅で乗り込んできた乗客が、乗車口に背を向けたまま、隣に立っていた私を羽交い絞めにして、刃渡りの鋭いサバイバルナイフを顔付近に押し当てた。

「動くとこの女を刺す‼」

アウトドアに便利らしいという認識しかないサバイバルナイフが、その特徴的なギザギザをすぐ目の下でちらつかせている。

突然の事態に頭が追い付かず、悲鳴も上げられない。
ただ胃の底から恐怖の塊がせりあがってきて、急速に立ち込める感情の悪臭に吐きそうになる。

感情の高まりが発する匂いには強力な刺激がある。

強い感情はひどく匂う。
特にマイナス感情が与えるダメージは深く、呼吸さえ奪われる。

私。深森みもりゆの。は、
人より少し知覚が過敏で、感情の高まりに伴う匂いを感じ取ってしまう。

悪臭と同時に。
匂いの粒子が色と音に形を変え、目の前を覆う。
強い感情の匂いは、視えて、聞こえる。

濃い紫。至極色。極めて黒に近い深い赤紫色。
強い緊張。切羽詰まった感情。後がない。崖っぷち。
黒板を爪で。ガラスをフォークで。引っかくような不快音。

私にナイフを押し当てているのは、痩せぎすのまだ若そうな男性。
確か、迷彩柄の服を着ていて、黒いマスクをはめ、ひどく顔色が悪そうに見えた。

この感情の渦は、彼のもの。

鋭いナイフの刃を見ると発狂しそうな恐怖に駆られる。
彼の匂いの中に明確な殺意は見当たらないけれど、追い詰められて投げやりになった虚無の匂いがする。
虚しさに引きずり込まれそうになる。

電車の揺れと共に不安定に人波が揺れる。
そのたびに、頬に接触する金属片が私の神経を刺激する。

今ほどマスクに感謝したことはないと思う。
なるべく押さないように皆さんが距離を取ろうとしてくれているのも有難い。

これだけ多くの人が乗っているのに、緊張感は瞬く間に伝播し、車内は水を打ったように静まり返っている。

ついさっきまで、扉の横にある手すりとシートの間に挟まって立ち、密集圧力に耐えていたのに。

出がけに見たテレビ番組の星座占いが最下位だったことを思い出した。
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