Feel emotion ー恋なんていらない、はずなのに。年下イケメン教え子の甘い誘いにとろけて溺れる…【完結】 

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05.

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その瞬間。
ひどくシンプルな考えが浮かんで足を止めた。

嫌というほどANの匂いを辿ったけれど、誰の匂いもしなかった。
何の匂いもしなかった。

それは、つまり。
匂いの視えない榊さんが持ち出したのか、
あるいは、そもそも。

階段を上ったり下ったりしながら船内の通路を歩き、機械の振動音に揺られながら進んだ先に辿り着いた部屋。教授がひどく重そうな扉の前で立ち止まり、手慣れた調子で鍵を開ける。…鍵?

教授はどうやって榊さんの居場所を知ったんだろう。

「ここよ」

開けられた部屋の中はよく見えないけれど、直下にエンジンの振動音を感じる奥まった薄暗い扉の向こうは、埃と湿った縄とかび臭い匂いに満ちている。

教授に掴まれた腕が痛い。前に進むのを足が躊躇して、思いついたばかりの疑問が口を突いて出た。

「…そもそも。匂いがしなかったのは、盗まれていないから?」

口に出した途端、それが真実になった。
つかまれた腕が強く引っ張られて、文字通り、扉の向こうに放り投げられた。

「わあっ⁉」

扉の向こうにあった段差を踏み外し、反動で膝からダイブして転がり落ちる。床で膝と肘をしこたま擦りむき、頭からかぶった埃を吸い込んでむせた。

「…そうよ」

床に膝をついた姿勢のまま咳込みながら、振り仰ぐと、逆光に教授のシルエットだけが浮かんで見えた。まるで得体のしれないもののように。

「…教授?」

教授の後ろで重い扉が閉まり、後ろ手で教授が鍵をかける音がした。

「ANは盗み出されてなどいない。犯行に使われたのはもっとずっと濃度を上げたANⅡ。榊が飲み続けて、…さっきあんたも飲んだものよ」

急激に、胃が逆流するような気持ちの悪さに襲われた。自分の中から得体の知れない力が込み上げる。こめかみが脈打つ。息が荒くなる。眩暈がする。

興奮。衝動。動悸。破壊。達成。
赤黒い。炎。血飛沫。渇望。認めさせてやる。見返してやる。頂点に立ってやる。

何、これ。
薬の作用?

急速に沸き立つ力を持て余しながら、豹変した有住教授を呆然と見つめる私の後ろで、人の気配がした。

薄暗い部屋の中、ゆらりと立ち昇る影のように現れたのは、

「…榊さん」

行方が分からなくなっていた榊さんに、間違いなかった。

でも。
それは、榊さんであって、榊さんでない。赤紫の煙が視える。息苦しくなるくらい、濃厚に立ち昇る。後がない。終局。虚無。投げやり。追い詰められた。切迫。

「…AN」

匂いの視えない榊さんから、これまでの事件で何度も浴びせられ、今や馴染み深くさえ感じる、ANの匂いが濃厚に漂っていた。
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