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feel.14
05.
しおりを挟む蒼くて深い。暗くて冷たい。
世界の深淵。究極の孤独。
広大な海の中は寄る辺がなく、世界の果てにたった一人で投げ出されたかのようだった。
ここは。
ずっと私が望んでいた世界かもしれない。
人との摩擦に疲れて、感情の攻撃に疲れて、静かに眠りたい、と。
けたたましい色と果てのない悪臭。
めくるめく感情が渦巻く地上は恐怖。
人はみんな。
ここから生まれてここに還る。
母なる海。生命の源。安らぎ。
もう。いい。もう。十分だ。十分頑張った。十分耐えた。
もう。許して。もう。静かに眠ってもいいでしょう。
暗くて透明で奥深く、圧倒的に広い海の藻屑になる。
ちょうどいい。私にちょうどいい死に場所。どうせいつかはみんな死ぬ。
水圧と息苦しさと恐怖と孤独に負けて、全てを諦めた。目を閉じて意識を手放そうとした。その時、目の端に一瞬水中を漂うブレスレットがよぎった。
『お守りね』
煌めき。光。希望。温もり。想い。
…黎くん。
大切過ぎて泣きたくなる。
ここに還る時はあの人と一緒がいい。
私に生きる意味をくれたあの人と、
まだ、もう少し、できればずっと、一緒にいたい。
手足に力を入れる。
海中で向きを変え、海面を目指す。
息が苦しい。水面がはるか遠くに感じられる。
コンテナ船の船底が見えた。
船尾側でスクリューエンジンが渦を作っているのが見える。
榊さん、…っ‼
その向こうにゆっくりと沈んでいく榊さんの姿があった。
榊さんの周りの海水は、血が滲んで赤く染まっているように見えた。
榊さんはまるで動く様子がなく、恐らく、もう意識がない。早く。一緒に。上に。近づこうとして気ばかり焦るのに、身体が言うことを聞かない。溜めていた最後の空気を吐いてしまった。
苦しい。
もがけばもがくほど海面からも榊さんからも遠ざかっていく。
息が苦しい。空気が欲しい。呼吸が出来ない。
しこたま水を飲んで、飲んだ分、沈んでいく。
身体が重い。闇雲にもがいても浮かべない。苦しい。
苦しい。苦しい。苦しい、…
『ずっと好きだよ』
黎くんに。会いたい。
黎くんにもっとちゃんと好きって言いたかった。呆れるくらいキスしたかった。黎くんの喜ぶ顔が見たかった。いっぱい笑って欲しかった。手を繋いで歩きたかった。デートしてみたかった。好きなことを教えて欲しかった。誕生日をお祝いしたかった。ご飯を作ってあげたかった。仕事しているところを見てみたかった。作品作りを応援したかった。もっと。
一緒に生きたかった。
深い海の懐に抱かれて、抵抗する力を失い、沈みゆくままに身を任せた。
大量に水を飲んで、苦しくて苦しくて視界が暗くなり意識に靄がかかる。
「…一緒に捜すって言ったのに」
優しい手。優しい声。優しい温もり。
甘い唇から注がれる清らかな空気。
「無茶して、…」
見えないけれど分かった。黎くん。黎くんだ。
神様が最後のお願いを聞いてくれたんだと思った。
「ゆの。…もう、俺を置いていくなよ」
もう。苦しくない。
黎くんがいてくれるなら、怖いものは何もない。
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