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feel.15
05.
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杉村。榊創太郎の元妻。ウチの両親。
矢継ぎ早に告げられた言葉を反芻するうちに、
「…あ。イングリッシュガーデンが似合う奥さま!」
理解が追いついて、同時に匂いの記憶もよみがえった。
以前、榊さんの車に乗せてもらった時に感じた薔薇の匂いはこの人のだ。
「え? うちはただの花屋ですが、…?」
「あ、いえ。薔薇が似合うなって思いまして」
訝し気に首を傾げるリカさんに、薄ら笑いでごまかした。
そうか。榊さんの奥さま。元。
想像してたよりずっと、何というか、若さに溢れていて瑞々しい。
色々あり過ぎてもう随分前のことみたいな気がするけど、実はほんの数日前、榊さんの義理の両親だったという杉村夫妻に会ったんだった。つまりは、こちらの杉村リカさんのご両親に。
『榊くんを返してください』
『娘夫婦は仲睦まじく暮らしていたのに』
思い出すと、まだわずかに胃の底が沈む。
擦り切れたタイヤのようなゴムの焼ける匂い。疲労。消耗。行き場のない怒り。青黒さ。暗いやるせない墨絵のような感情に、胸が塞がった。
既婚者を好きでいることは、破局を願うことだと思い知らされて。周りにいる人たちの思いをも踏みにじる自分に嫌気が差して。結構な勢いで落ち込んだ。
あの時は、黎くんが結婚していると思っていたから。
黎くんを好きでいることは許されないと思ったから。
でも、…
「私、ちゃんと離婚には納得してるんです。創ちゃんは、元々私のこと好きじゃなくて。というか、多分、誰のことも好きじゃなかったと思うんですけど」
微妙な気分に陥っている私を尻目に、リカさんが勢い込んで話し始めた。口調は滑らかで、本心からそう思っているらしいのが伝わってくる。
「創ちゃん。すごく優しい人で人付き合いも上手だったんですけど、なんていうか、自分の中に聖域があって、そこには誰も立ち入れないっていうか。どんなに近しい関係になっても一定距離を保ってたっていうか」
リカさんの言葉に思いを巡らせる。
それは、なんとなく、分かるような気がした。
榊さんも感情の匂いが視えるんだとしたら。
些細な感情の機微も感じ取ってしまうんだとしたら。
相手に近づけば近づくだけ、一緒にいればいるだけ、分かりたくないことまで分かってしまって苦しかったんじゃないだろうか。
「だから。ありのままの自分でそばに居たい人が出来たって言われて。妙に納得したんです。創ちゃんの聖域に入れる人と会ったんだなって」
リカさんは、さっぱりとした顔で笑った。
「本当は、結婚した時からずっと予感があって。元々、創ちゃんは結婚したくないって言ってたのに私が無理やりさせちゃったから。だからずっとそれが負い目だったんですけど、今はフラットな関係になって、前より気負わずに会えるというか、純粋に人として好きでいられるというか、…」
リカさんが私の手を取って強く握り、励ますように頷きかけ、
「私、創ちゃんと深森さんのこと応援してますっ。過保護な親で本当に失礼しましたけれど、よくよく言って聞かせましたから。だからどうか、創ちゃんのこと、よろしくお願いしますっ」
一息に言うと、再度深々と頭を下げられた。が。
「…応援されても困るけどな」
ぼそっと黎くんがつぶやいて、場に微妙な沈黙が生じたのだった。
矢継ぎ早に告げられた言葉を反芻するうちに、
「…あ。イングリッシュガーデンが似合う奥さま!」
理解が追いついて、同時に匂いの記憶もよみがえった。
以前、榊さんの車に乗せてもらった時に感じた薔薇の匂いはこの人のだ。
「え? うちはただの花屋ですが、…?」
「あ、いえ。薔薇が似合うなって思いまして」
訝し気に首を傾げるリカさんに、薄ら笑いでごまかした。
そうか。榊さんの奥さま。元。
想像してたよりずっと、何というか、若さに溢れていて瑞々しい。
色々あり過ぎてもう随分前のことみたいな気がするけど、実はほんの数日前、榊さんの義理の両親だったという杉村夫妻に会ったんだった。つまりは、こちらの杉村リカさんのご両親に。
『榊くんを返してください』
『娘夫婦は仲睦まじく暮らしていたのに』
思い出すと、まだわずかに胃の底が沈む。
擦り切れたタイヤのようなゴムの焼ける匂い。疲労。消耗。行き場のない怒り。青黒さ。暗いやるせない墨絵のような感情に、胸が塞がった。
既婚者を好きでいることは、破局を願うことだと思い知らされて。周りにいる人たちの思いをも踏みにじる自分に嫌気が差して。結構な勢いで落ち込んだ。
あの時は、黎くんが結婚していると思っていたから。
黎くんを好きでいることは許されないと思ったから。
でも、…
「私、ちゃんと離婚には納得してるんです。創ちゃんは、元々私のこと好きじゃなくて。というか、多分、誰のことも好きじゃなかったと思うんですけど」
微妙な気分に陥っている私を尻目に、リカさんが勢い込んで話し始めた。口調は滑らかで、本心からそう思っているらしいのが伝わってくる。
「創ちゃん。すごく優しい人で人付き合いも上手だったんですけど、なんていうか、自分の中に聖域があって、そこには誰も立ち入れないっていうか。どんなに近しい関係になっても一定距離を保ってたっていうか」
リカさんの言葉に思いを巡らせる。
それは、なんとなく、分かるような気がした。
榊さんも感情の匂いが視えるんだとしたら。
些細な感情の機微も感じ取ってしまうんだとしたら。
相手に近づけば近づくだけ、一緒にいればいるだけ、分かりたくないことまで分かってしまって苦しかったんじゃないだろうか。
「だから。ありのままの自分でそばに居たい人が出来たって言われて。妙に納得したんです。創ちゃんの聖域に入れる人と会ったんだなって」
リカさんは、さっぱりとした顔で笑った。
「本当は、結婚した時からずっと予感があって。元々、創ちゃんは結婚したくないって言ってたのに私が無理やりさせちゃったから。だからずっとそれが負い目だったんですけど、今はフラットな関係になって、前より気負わずに会えるというか、純粋に人として好きでいられるというか、…」
リカさんが私の手を取って強く握り、励ますように頷きかけ、
「私、創ちゃんと深森さんのこと応援してますっ。過保護な親で本当に失礼しましたけれど、よくよく言って聞かせましたから。だからどうか、創ちゃんのこと、よろしくお願いしますっ」
一息に言うと、再度深々と頭を下げられた。が。
「…応援されても困るけどな」
ぼそっと黎くんがつぶやいて、場に微妙な沈黙が生じたのだった。
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