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07.
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西野春香さんのお宅を後にし、その後も何人か羽をもつという人の家を訪ねてみた。でも、本人に会うことは出来なかった。みんな一様に、20歳を目前に羽化し、一時空を飛び、やがて亡くなっていた。他にも、身体的な異変を感じて病院を受診し、最終的に専門家がいるという令和大学病院にたどり着いているのも同じだった。
「俺が担当している事件の被害者、覚えているか。令和大学教授の鵜飼聖人。昆虫バイオテクノロジー研究の第一人者」
バイクであちこち移動し、だんだん日が傾いてきた頃、道路脇にある山小屋風の定食屋さんで遅いお昼ごはんを取った。胃が痛く、暗く沈むような話を聞いて、まるで食欲はなかったが、食べても食べなくても現実は変わらない。向かい合わせに座った佑京くんが、山菜かき揚げそばを食べているのをぼんやり見つめながら、ちまちまと箸を動かした。
「鵜飼教授は羽をもつ何人かの人たちと接触して、焦燥感を募らせたんじゃないかと思う。つまりその、羽をもつ彼らは20歳直前に羽化し、20歳まで生きられない、…」
言って、佑京くんが目を伏せた。胃の底がぐにゃりと歪んだので、慌ててお冷を取って水を飲んだ。
そう、多分。
聞いてきた話を総合すると、そういうことになる。
そして。
羽をもつ季生くんは、今19歳、…
「その鵜飼教授という人は、羽を持っていて未だ羽化していない人を探して、そのことを知らせようとしていたのかな、…?」
胃がひっくり返らないように深呼吸をしてから聞いてみた。
イオくん宛に届いたファンレターの中に、鵜飼教授からのものがあり、その文面の画像を昨日佑京くんがスマホで写していた。隣から見ただけだけど、その文面は、
『あなたの身体にある秘密を知っています。それには期限があります。間もなくあなたに訪れる事柄についてお会いしてお話したいことがあります』
のような内容で、令和大学の教授の連絡先が記されていた。
「雨瀬は鵜飼からの連絡に思い当たることがあった。ある程度の予感もあったのかもしれない。だから会って話を聞くことにした。でも、鵜飼は約束の場所に現れなかった」
季生くんが私の家に来たのはその後だ。
しばらく仕事をお休みして。事務所の人たちにも居場所を知らせずに。まるで何かから隠れるように。
鵜飼教授はその後亡くなり、私の官舎が荒らされ、季生くんが暴走車に狙われた、…
「俺の推論は、…」
山菜そばを食べ終えた佑京くんが、静かにお冷を飲んでテーブルにコップを置いた。
「鵜飼は何か新事実をつかんで、それを雨瀬に伝えようとしたんじゃないか。でも、それをされると困るやつらがいて、鵜飼を消し、雨瀬を狙っている」
佑京くんは羽のある人たちに話を聞いた時も今も、割と淡々としていて、しきりに頭を巡らせているように見える。十数年会わないうちに、完全に刑事さんになったんだと思う。
でもでも、佑京くんはものすごくさらっと言っているけど、その狙われている季生くんていうのは、今はあなた! あなたなんですよ!?
多分私がそわそわしていたので、佑京くんが優しく笑って私の頭に手を乗せた。
「あっちが出てくるのを待ってることもない。こっちから行く」
いや、全然わかってない。
その発言に一層不安を募らせる私を、佑京くんが滑らかな手で優しく撫でた。
「大丈夫。負けないから」
…佑京くん。
でも。だって。心配だよ。相手は手段を択ばない人たちだよ。
何かあってからじゃ、…ってもう十分あったけど。遅いんだよ。
怖いよ。隠れて。
安全なところに閉じこもって幾重にもカギをかけて誰も入れないようにして、ずっと世界で二人ぼっちのまま、…
「俺たちには、時間がない。これから令和大学に行ってみようと思う」
込み上げてくる不安に泣きそうだけど、そう言われたら、頷かざるを得ない。
本当は誰もいない遠い遠いところに逃げ出したいけど。
「俺が担当している事件の被害者、覚えているか。令和大学教授の鵜飼聖人。昆虫バイオテクノロジー研究の第一人者」
バイクであちこち移動し、だんだん日が傾いてきた頃、道路脇にある山小屋風の定食屋さんで遅いお昼ごはんを取った。胃が痛く、暗く沈むような話を聞いて、まるで食欲はなかったが、食べても食べなくても現実は変わらない。向かい合わせに座った佑京くんが、山菜かき揚げそばを食べているのをぼんやり見つめながら、ちまちまと箸を動かした。
「鵜飼教授は羽をもつ何人かの人たちと接触して、焦燥感を募らせたんじゃないかと思う。つまりその、羽をもつ彼らは20歳直前に羽化し、20歳まで生きられない、…」
言って、佑京くんが目を伏せた。胃の底がぐにゃりと歪んだので、慌ててお冷を取って水を飲んだ。
そう、多分。
聞いてきた話を総合すると、そういうことになる。
そして。
羽をもつ季生くんは、今19歳、…
「その鵜飼教授という人は、羽を持っていて未だ羽化していない人を探して、そのことを知らせようとしていたのかな、…?」
胃がひっくり返らないように深呼吸をしてから聞いてみた。
イオくん宛に届いたファンレターの中に、鵜飼教授からのものがあり、その文面の画像を昨日佑京くんがスマホで写していた。隣から見ただけだけど、その文面は、
『あなたの身体にある秘密を知っています。それには期限があります。間もなくあなたに訪れる事柄についてお会いしてお話したいことがあります』
のような内容で、令和大学の教授の連絡先が記されていた。
「雨瀬は鵜飼からの連絡に思い当たることがあった。ある程度の予感もあったのかもしれない。だから会って話を聞くことにした。でも、鵜飼は約束の場所に現れなかった」
季生くんが私の家に来たのはその後だ。
しばらく仕事をお休みして。事務所の人たちにも居場所を知らせずに。まるで何かから隠れるように。
鵜飼教授はその後亡くなり、私の官舎が荒らされ、季生くんが暴走車に狙われた、…
「俺の推論は、…」
山菜そばを食べ終えた佑京くんが、静かにお冷を飲んでテーブルにコップを置いた。
「鵜飼は何か新事実をつかんで、それを雨瀬に伝えようとしたんじゃないか。でも、それをされると困るやつらがいて、鵜飼を消し、雨瀬を狙っている」
佑京くんは羽のある人たちに話を聞いた時も今も、割と淡々としていて、しきりに頭を巡らせているように見える。十数年会わないうちに、完全に刑事さんになったんだと思う。
でもでも、佑京くんはものすごくさらっと言っているけど、その狙われている季生くんていうのは、今はあなた! あなたなんですよ!?
多分私がそわそわしていたので、佑京くんが優しく笑って私の頭に手を乗せた。
「あっちが出てくるのを待ってることもない。こっちから行く」
いや、全然わかってない。
その発言に一層不安を募らせる私を、佑京くんが滑らかな手で優しく撫でた。
「大丈夫。負けないから」
…佑京くん。
でも。だって。心配だよ。相手は手段を択ばない人たちだよ。
何かあってからじゃ、…ってもう十分あったけど。遅いんだよ。
怖いよ。隠れて。
安全なところに閉じこもって幾重にもカギをかけて誰も入れないようにして、ずっと世界で二人ぼっちのまま、…
「俺たちには、時間がない。これから令和大学に行ってみようと思う」
込み上げてくる不安に泣きそうだけど、そう言われたら、頷かざるを得ない。
本当は誰もいない遠い遠いところに逃げ出したいけど。
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