獄卒 探索者二階堂一二三

海野山猫

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第一話 早、半年

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 とある日の午後。俺は最近行くようになったラーメン屋へと来ていた。時刻は二時前。昼のピークを過ぎた店内は空いており、厨房ではこのラーメン屋を経営する猪瀬夫婦の奥さんが食器を洗っていた。カウンター席の端に座って一息つく。
 「いらっしゃい。いつものにするかい?」
 そう言って水入りのコップを持ってきてくれたのは店主であり旦那の茂雄だ。姿が見えないと思ったが、厨房の奥の方で何か作業をしていた様だ。
 「それで頼む・・・あぁ、あと追加で辛旨餃子を一つ。」
 「随分と腹が減ってるみたいだな?」
 「今日も迷子の猫と追い駆けっこさ。おかげさまで引っ掻き傷が絶えない。」
 「はははっ、うちのミーコもあんたに捕まえて貰ったしなぁ。たまに話題になってたぞ。ペット捜しが上手い探偵がいるって。」
 「おいおい、ペット専門にした覚えは無いってのに。そういう時は訂正しといてよ茂さん。」
 「仕事があるならいいだろうさぁ。それじゃいつもの醤油ラーメンと半炒飯セットに辛旨餃子な。すぐに作るよ。」
 そう言って茂雄は厨房へと戻って行く。
 俺は二階堂一二三にかいどうひふみ。半年くらい前にこの亀鳴かめなき町に越してきて探偵業を始めた。しかしどういう訳か舞い込んてくるのは失踪したペットの捜索依頼ばかりだ。仕事が舞い込むのは有り難いが少しばかり刺激が足りない・・・なんて事は口が裂けても言えはしない。
 そういえば、ここのラーメン屋超新星を営む猪瀬夫婦が飼っている三毛猫のミーコを捕まえたのが記念すべき一件目の依頼だったか。
 「えぇ、ですから私は思うのです。いくら未成年だと言っても凶悪な犯行を犯したのならば死刑にするべきであると。」
 「それは・・・強烈な意見ですね。」
 穏やかでは無い内容の会話。それはテレビから流れているワイドショーからだった。司会の横に座っている男性には見覚えがある。つい最近、未成年の男子が飲酒運転をして母親と二人の子供を轢き逃げする事件があった。親子は残念ながら死亡してしまった。速やかに病院に搬送されていれば助かったかも知れないが、人通りの少ない道だった事と犯人が轢き逃げしてしまった事で発見が遅れてしまったのだった。男性は死亡してしまった被害者親子の残されてしまった父親だ。前に見た映像よりも顔色は悪くなっていて、心身的にも精神的にも衰弱している様子だ。だが目だけはギラギラと強い意志を宿していた。それが異様な雰囲気を感じさせる。
 「近年の若者の犯罪というのは悪質になっているのです。というのもインターネットの普及に依って犯罪や悪質な迷惑行為が身近な物になり、それらは目立つ事や承認欲求を満たす為には安易で効果的なのですよ。動画投稿をするサイトやアプリには危険で他を顧みない迷惑行為をさも楽しげに誇らしく映す物が多くあります。そしてそれらは好奇心旺盛な若者の目に留まりやすい。国も、法律も違う国で行われた危険な事を真似する若者もいるのです!犯罪を犯した少年に話を聞いた事が私にはあります。彼が全ての若者の代表の意見とは言いませんが、彼は動画では逮捕されていないから大丈夫だと思った。危ない事をやればやるほど人気者になれて嬉しかった。と言っていました。時代は変わったのです。悪いことは悪いと!罪には罰があると!そういった懲悪が存在するものが社会なのだと!我々は法律を見直すべきなのです!私だって本心を言えば復讐してやりたい!あの飲酒運転が無ければ妻と子供達は今でも!私の隣で笑っている筈だった!!それだと言うのに!!」
 男性は徐々に語気を強めていった。声が震え始め、目の端からは涙が流れている。ガヤガヤと沸くスタジオ内。番組は放送を一時的に止め、画面にはしばらくお待ち下さいと書かれた映像だけが流れていた。
 「残念な事件だったよなぁ。俺もほら、なんだったか動画アプリの・・・」
 そう言いながら茂雄が料理を運んできた。
 「ヨグチューバか?」
 「そうそう。高いビルの上を命綱無しに渡るヤツとか見た事があるんだが、ありゃ真似する奴も出るだろうなとは思ったね。オマケに一人暮らししてる倅がヨグチューバーになりとか言い出しててな。頭が痛いぜ。」
 「小学生ですらなりたい職業らしいからな。」
 「アンタ~!!油売ってないで手伝っておくれ!」
 「おっといけねぇ。ゆっくり食ってってくれな。今行くぜマイハニ~!」
 厨房から奥さんである雪乃さんが呼んだ。仲睦まじい光景に、少しだけ心が和んだ気がした。
 「うん、美味い。」
 醤油ラーメンを啜る。麺はモチモチでスープも落ち着く味と香りだ。悩んでも結局は醤油味に落ち着いてしまう。パラパラに解れる炒飯も最高だ。ワシワシと口に放り込めばゴマ油やラードの香りと旨味が溢れ出す。そして餃子だ。唐辛子が練り込まれた真っ赤な皮。こんがりと焼き目がついたそれはパリパリな食感だ。香味野菜の刻まれた甘辛くて酸味のあるタレを付けていただけば、中から熱々の肉汁とザクザクとしたフライドガーリックが飛び出す。そして脳天を貫く様な辛味と旨味が充満するのだ。飲み込んだ後に残る爽快な辛味の余韻はこの餃子でしか経験した事が無い。
 「くぅ~・・・辛ぇっ!・・・・・・っは~!」
 冷たい水を飲み干せばたまらず声が漏れる。この辛旨餃子は超新星の看板メニューだ。聞けば、茂雄が見た夢の通りに作ったらしい。夢にまで見るとは並々ならぬ料理への執念だ。
 「美味かったか?」
 「あぁ、相変わらず最高だ。」
 「そりゃ良かった。ほいコレ。」
 食べ終わったのを見計らってか茂雄が話しかけてきた。カウンターに何かを置く。ビニール袋に包まれてはいるがこれは・・・
 「頼んで無いぞ?」
 「だな。サービスだよ。嬢ちゃん達に持ってってくれ。あれから一度も来てくれて無いだろ?」
 「そう・・・だな。ありがとう。今度連れてくる。」
 「楽しみにしてるぜ。」
 茂雄が置いたのはお持ち帰り用に包まれた餃子だった。ご丁寧に三人前だ。
 俺は一人でこの町に越してきた訳では無い。とある二人の姉妹と一緒だった。この姉妹の姉というのが中々の健啖家である。越してきて日が浅い頃に、このラーメン屋に訪れたのだが彼女のハートを射止めたのが超大盛り激辛ラーメンチャレンジだった。大食い番組に出る様な男性でも踏破するのは厳しそうな麺の山脈だったのだが・・・結果は圧勝。難無く踏破して見せた。それを見ていた猪瀬夫婦は呆然として驚いていた。その時に取られた記念写真がカウンターの上に飾られている。空になった特大の丼を見せながら恥ずかしげにピースサインをしている彼女はとても可愛らしい。
 「さて、戻るか・・・」
 捕まえた猫は依頼主に引き渡して来たが、まだ書類仕事が残っている。辛い料理というのは不思議なもので、活力みたいなものが湧いてくる。今なら一気に仕事を片付けられるだろう。事務所への足取りは軽いものだった。
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