27 / 30
番外編
スイレンのつがい
しおりを挟む「…いかない」
「ふざけるな。時間や決まりを守れ。」
「…いかない。お腹いたい。」
「ふざけるな。お前はライオネルに似て健康優良児だ。狼の獣人が腹なんか壊すか!」
「う、うぇ、い、いかないぃ。」
「お前は外見はライオネルだが中身は俺にくそ似ている。だからお前のしたたかな嘘泣きくらい見破れるぞ。ふざけんな。っていうかお前は今いくつだ。もうすぐ九つだぞ。」
「九歳は子どもとスミレは言っていました。僕にはつがいを守る義務があります。スミレは僕が泣けばイチコロです。」
「いきなり昔のスミレみたいな敬語やめろ。そんでディスってんな。」
下唇をきつく噛んでこちらを見ずに俯く、いつの間にか随分と大きくなった息子の手を取る。
「スイレン、いいか、よく聞け。スミレの腹にいる赤ん坊がお前の番かもしれないというのはわかった。だが、それがお前の学校へ行かない理由にはならない。」
「…でも、スミレ体調悪いって。」
「ただの悪阻。現段階でスイレンに出来る事はない。それに、スミレは獣人じゃない。ってことは腹の子も、モモのようにヒトかもしれない。俺たちは匂いや番がよく分からない。大人になった時に学校をさぼっていたような奴にクレイグが我が子をくれると思うのか?それに、スミレの番はクレイグだぞ?ここのところお前がスミレの腹にべったりなせいでびっきびきになっている、クレイグの青筋見えていないのか?少しでも気に入られるように、番に相応しいように、守りきれるように努力しろ。」
「………いく。」
「…それに、最近そっちばかりで俺もモモもさみしい。」
ようやくあげてくれたその顔は、子どもらしくて思わず頬が緩む。両手を広げれば少し照れながらも胸に顔を寄せてくれる。自分の顎にスイレンの髪が触れてくすぐったい。獣人は成長が速すぎて驚くことばかりだ。
暫く物思いに耽りながら抱き合っていたが、扉を開ける音で我にかえる。
「ユーシ、スイレン、話は終わった?」
俺が答える前にスイレンが離れてライオネルと向き合う。
「はい。僕の考えが浅はかでした。沢山学んで、どうやったらつがいを世界一幸せに出来るのかを何通りも考えたいと思います。」
ピシリと敬礼をして大人びた口調で宣言すると、ライオネルの胸にもぴょんと飛び込んで、直ぐに離れて歩きだす息子に本日何回目かもわからない「大きくなったなぁ」という思いが溢れる。
「あ、」
ドアノブに手をかけたスイレンが振り返る。
「父さん、僕がね?最近つがいにべったりで、クレイグさんがスミレにべったりで、代わりに父さんがお仕事ばかりだからとってもさみしいって、母さんが言ってた。ごめんね?僕、勉強も魔法も武術も頑張ります。」
「ばか!」
「あと、沢山の辞書を重ねて持っていました。カトラリーより重いのに…」
「おい!ふざけんな!お前ら何でもかんでも言いつけるな!」
満面の笑みになった直後に心配そうに眉を寄せたライオネルが近づいてくる後ろで、涼しげな顔で手を振る我が子。本っ当に良い性格をしている。
小さなため息をひとつ。しょうがない奴だと、自分の居場所であるライオネルの腕の中に入るためにこちらからも一歩踏み出した。
結局俺はスミレやスイレンに気持ちの代弁をして貰っているのだ。
母が第三子を出産した。それにともない、暫くは父と部屋から出ない(出して貰えない)生活をするだろう。その穴を埋めるようにクレイグさんが忙しくなる。
僕はふふ、と笑みを洩らす。
「スミレ!お腹なでなでしてもいーい?」
「うん、いいよ。撫でてくれてありがとうね。」
母は僕の事を自分に似てしたたかだと言うけれど、自分ではそうは思わない。まず、母は優しくて、素直で謙虚で責任感が強い。素直じゃないなんて言っているけれど、その表情や仕草は言葉なんていらないほどである。
父も僕もそんな母が大好きなのだけど、僕の性格は父の方に似ていると思う。だって父が心から笑っているのは母やスミレたちの前だけであるし、執務中の父の周りの空気は張り詰めている。
弱味を見せず、作り物の笑顔で相手を油断させて、懐に潜り込む。父は腹黒いのだ。
父は良く、母の事を閉じ込めておきたいと溢しているし、少しでも他の男の匂いがつこうものなら小柄な母を抱き潰して、嬉々としてお世話している。
うん。僕は父似だ。つがいの為ならどんなことでもするであろう自分を想像して笑みを浮かべる。
「うわあ。スイレンが撫でたら沢山動いてるよ?」
丸くて大きなスミレのお腹。もうすぐ出会える事がとても嬉しい。
「ぼく、早く会いたいなぁ。」
「あのね?まだ内緒だけど、たぶん狼さんだと思うの。」
どちらでも嬉しい。どちらでも本当に嬉しいが、獣人であればヒトであった時よりも早くつがえるだろう。
成人だってヒトよりもはやい。
「どっちでも、嬉しい。」
「うん。スイレン、狼さんでもね、本能よりも気持ちを優先させてあげてね?」
「それは、もちろん。」
獣の本能もヒトの心も全部全部欲しい。だから、大丈夫。
「あとね?」
「うん。」
一呼吸置いて、合わされた視線の先の綺麗なスミレ色の瞳にドキリとする。
「いつまでねこさんかぶってるの?」
「…え」
「そういうの、猫被りって言うんだよ。」
気づいていたのか。
「ねこさんかぶるのは、ライさんくらい大人になってからでいいよ。」
「…なんで」
「ん?」
「なんでわかるの?」
「ふふっ。だって、僕、スイレンのお兄ちゃんだもの。」
思わずつがい越しにスミレにぎゅうっと抱きついた。
「小さくて可愛い僕じゃなくても、この子をお嫁さんにくれる?」
「それはこの子が決めることだけど、どんなスイレンも僕の可愛い弟だよ。」
あぁ、この人には敵う気がしない。
でも、スミレが気づいているということは…
「…母さんも?」
「スイレン。母は強し、だよ?」
「僕の可愛いつがいを撫でさせてください。」
「ふふ。はい、どうぞ!」
37
あなたにおすすめの小説
【本編完結】最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
吸血鬼公爵の籠の鳥
江多之折
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。
血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。
吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。
姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました
天埜鳩愛
BL
魔法学校の卒業を控えたユーディアは、親友で姉の婚約者であるエドゥアルドとの関係がある日を境に疎遠になったことに悩んでいた。
そんな折、我儘な姉から、魔法を使ってそっけないエドゥアルドの心を読み、卒業の舞踏会に自分を誘うように仕向けろと命令される。
はじめは気が進まなかったユーディアだが、エドゥアルドの心を読めばなぜ距離をとられたのか理由がわかると思いなおして……。
優秀だけど不器用な、両片思いの二人と魔法が織りなすモダキュン物語。
「許されざる恋BLアンソロジー 」収録作品。
魔王に転生したら幼馴染が勇者になって僕を倒しに来ました。
なつか
BL
ある日、目を開けると魔王になっていた。
この世界の魔王は必ずいつか勇者に倒されるらしい。でも、争いごとは嫌いだし、平和に暮らしたい!
そう思って魔界作りをがんばっていたのに、突然やってきた勇者にあっさりと敗北。
死ぬ直前に過去を思い出して、勇者が大好きだった幼馴染だったことに気が付いたけど、もうどうしようもない。
次、生まれ変わるとしたらもう魔王は嫌だな、と思いながら再び目を覚ますと、なぜかベッドにつながれていた――。
6話完結の短編です。前半は受けの魔王視点。後半は攻めの勇者視点。
性描写は最終話のみに入ります。
※注意
・攻めは過去に女性と関係を持っていますが、詳細な描写はありません。
・多少の流血表現があるため、「残酷な描写あり」タグを保険としてつけています。
猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない
muku
BL
猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。
竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。
猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。
どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。
勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる