妻は従業員に含みません

夏菜しの

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02:凡庸な令嬢

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 その日の夕食どき、またも執事が訪ねてきた。
「旦那様、お食事の用意についてお聞きしたいことがございます」
 そう言われて、本日は何か特別な日であっただろうか? とフリードリヒは頭を悩ませた。
 しかしどれだけ考えても思い当たる節は無い。
「ふぅむ判らんな。今日はなんの日であった」
「ザカリアス子爵のご令嬢、いえ元ご令嬢の件でございます。彼女の食事は如何いたしましょう?」
「おい。そのザカリアス子爵の令嬢とは一体何の話だ」
「旦那様へ分与された品でございます」
「ハァなんだと!?」

 ひとまず客室に通したと聞き、彼女がいる部屋に向かった。
 年頃の娘だからと念のためにノックをして部屋に入れば、容姿がパッとしない令嬢が一人、ベッドから立ち上がるところだった。
 なるほどこの容姿ではな……
 瞳こそ鮮やかな緑でとても美しいが、令嬢の顔は可もなく不可もなく、髪の色も平民にもっとも多いと言われている栗毛だ。
 まさに凡庸、これではとても記憶に残りそうに無い。
 フリードリヒは一目見て、売れ残ったのは当然だなと何とも失礼なことを想像した。


 元令嬢はリューディアと名乗った。フリードリヒは子爵に金を貸す前に調べた記憶をどうにか引っ張り出した。
 ザカリアス子爵には子が二人、姉のこれと年のかなり離れた弟が居たはずだ。
「おい弟の方はどうした?」
「弟は伯父の家に行きました」
「なぜお前は同じようにしなかったのだ?」
「伯父の家に行ったところで、家を失った令嬢に何が出来ますでしょうか」
 なるほどなとフリードリヒは唸った。
 幼くとも父を失い子爵位を継いだ弟は、いずれ爵位を欲する金持ちの令嬢に売れる・・・だろう。だが爵位どころか支度金さえも失くした令嬢など何の価値も無い。
 せめて誰もが羨む美貌でもあれば妾の線もあっただろうが、これではどうしようもなかろう。
 修道院にでも入れれば良いのにと思わないでもないが、借金の形に売られる方が少しは足しになると考えてこの道を選んだのだろう。
 家のためと言えば聞こえが良いが、それを掴まされたこちらはいい迷惑だ。

「俺はお前の父親に金を貸した。
 その挙句に分与されたのが、なぜさらに金を喰うお前なのだ?」
「申し訳ございません。
 せめてものお詫びにこちらで使用人として働きます」
「ほお簡単に使用人になると言うがな、令嬢として育ったお前に彼らの仕事が出来るのか?」
「裁縫は嗜んでおります。掃除はやったことがございませんがこれから覚えます」
「すぐに出来ぬのならば、今後は軽々しくやるなどと言わぬことだ」
「軽々しく言ったことは謝罪いたします。
 わたしは文字が書けますし計算も得意です。仕事は出来ませんが必ず覚えます。使用人でも従業員でも構いません、どうかここに置いて頂けないでしょうか?」
「使用人はとうに間に合っている。
 そして従業員も必要ない。
 そもそも従業員の人数は国によって厳しく決められている。あと一人でも増えれば商店の規模が上がったとみなされて税金が増える」
「左様ですか……
 あのぅどうしてもここには置いて頂けませんか?」
 リューディアの視線はすっかり下がり、諦めの様な表情が混じり始めていた。

「雇うことは出来ん。だがそうだな一つだけ手が無い事も無い」
「それはなんでしょう?」
 すっかり青褪めていた彼女の顔に朱が戻り、わずかな希望に縋ろうと目を輝かせながら顔を上げた。
 凡庸の中の唯一無二。
 大きく見開いた鮮やかな緑の瞳はとても綺麗で、フリードリヒは思わず見惚れた。
「あの?」
「ああすまん。
 俺の妻にならないか」
「はい?」
「俺の妻にならないかと言った」
「いえそれは聞こえましたわ。
 わたしは売られた身ですのでここに置いて頂けるならば何事も拒否しません。ですがわたしは、突然求婚されるほど容姿に優れている訳でもございません。
 先ほどのはそれを踏まえての疑問の声です」
「これは最近新しく取引が始まった別の大陸の国の話だがな……
 俺の年齢で独り身だと、あちらの国ではどこか欠陥があるのではと馬鹿にされる風潮があるようでな。何ともくだらないことだが、妻がいないと判ると商機を失うのだ。そして忌々しいことに、その風潮が我が国にも広まりつつある。
 だからお前ならば都合が良いと思っただけで、下心は持ち合わせていない」
「そう言う理由でしたら納得いたしました。
 元から断る道理もございません。お受けいたします」
「こちらから言っておいてなんだが、本当にいいのか?」
「逆にお聞きします。見ての通りわたしは器量も良くなく支度金も無い元令嬢です。本当にわたしでよろしいのですか?」
「ああ無論構わぬ」
 こうして二人は夫婦となった。
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