妻は従業員に含みません

夏菜しの

文字の大きさ
6 / 47

06:遅れてきた初夜

しおりを挟む
 何日も手伝っていると流石に仕事にも慣れてくる。
 売買の判断は出来なくとも、書類を見ればその書類に書くべき内容などは解るようになり、彼に聞く回数も減った。
 二人で黙々と仕事を片付けていき、いつもは日が変わる頃まで掛かっていた仕事が、夕食後の数時間ほどで終わった。
 これで彼の睡眠時間も増えたわね~と、ほくそ笑んでいたのだが、どうやら彼は根っからの商売人のようで、時間が余ったのならば更なる取引が出来ると喜んだ。

 流石にそれは無いわと呆れた。
 言うべきことはしっかりと言わないと!
「少しよろしいでしょうか?
 わたしがお仕事をお手伝いしたのは、フリードリヒ様にちゃんとお休みして頂くためです。決して新たなお仕事を入れるためではございません」
「ぐっ済まない、リューディアの言うとおりだ。
 悪かった、この通り謝罪するよ」
 自分に非があるときはすぐに謝罪できるのが彼の美点だろう。
 ただし謝罪の回数が多いのは……、まぁ今後の課題かしらね。
「分かって頂けて何よりです」

 フリードリヒは少々心残りの様だが、仕事の後片付けを始めた。それが終わればあとは寝るだけ。
 いつも通り部屋に戻り、ドアの前で別れる……はずなのに、今日のフリードリヒはわたしの後ろに立っていた。
 ん?
 振り返るとどうしたとばかりに彼が首を傾げてきた。
 えーっ遅れに遅れた初夜が今日とか聞いてないんだけど?

 二人で部屋に入り、ベッドに座った。
 初日こそ執事に言って、お酒や軽食などの準備を頼んでいたが、仕事を手伝うようになってからそんな雰囲気はまるで無くなり、それらを頼むのはとっくに止めていた。
 そんな訳で、フリードリヒが部屋に来ても、何も持てなすものが無く、しどろもどろに謝罪するしかなかった。
 しかしフリードリヒはきょとんと首を傾げた。
「それはもしや貴族の風習と言う奴だろうか?」
「さあどうでしょう? ですがわたしは伯母からそのように教えられました」
「商人の俺から言わせて貰えば、その様なことは金の無駄だと思うぞ」
 それを聞いてとても彼らしいと苦笑したわ。


 彼の手が肩に乗って身を寄せる。
 先ほどの話のお陰で緊張が解けていたらしく、体が強張るようなことは無く、自然に彼に寄り添えた。
 だが緊張しなかったのはそこまで。
 半身に彼の体温を感じて、普段は気にもしていなかった夜着の薄さに改めて気づき、恥ずかしさで赤面した。
 一度そう思ったらもう止まらない。
 力強い腕と硬い胸、そして彼の匂い。先ほどまで静かだった鼓動は、ドクドクからバクバクへと変わって外に聞こえているのではないかと不安になった。
「緊張しているのか?」
「その、わたしは自分に自信が無いもので……」
「そうか? 字は綺麗だし計算も間違いがない。とても好感が持てるぞ」
 睦言のときにそう言ったことを褒められても困るわと思ったのが不味かった。途端に可笑しくなってしまい声を出して笑ってしまった。
 当然白けた空気が流れたがそれもほんの少しの事。
 良い感じに緊張が解けたお陰で、まあいろいろと無事に終えることが出来たわ。



 朝起きると隣にフリードリヒが眠っていてギョッとした。
 しかしすぐに昨晩の事を思い出して気恥ずかしくなり、シーツを引き寄せゴソゴソと体を隠すように身じろぎしていたら、彼の目がパチリと開いた。
「お、おはよう、ございます」
「ああおはよう。ふわぁぁ~久しぶりに良く寝たなぁ」
「それは良かったです」
「これも貴女のお陰だ、ありがとう」
「勿体ないお言葉です。わたしはここに置いて頂いているのですから当然です」
「なぁ、いい加減それ・・やめないか?」
「それとは?」
「置いているという奴だ。最初に言ったはずだが俺は君を妻にはしたが、雇っているつもりも置いているつもりも無いぞ」
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが、本当にそう思ってよろしいのでしょうか」
「こんな場所でおまけにこんな格好で、今さらそれを聞くか?」
 言われてみれば確かに。
 ここはベッドの上。シーツで体は隠しているけれどわたしも彼も裸だ。
 すっかり恥ずかしくなって、
「えっと……、改めてよろしくお願いします」と言えば、
「くっくなんだそれは」
 小馬鹿にしたように笑われた。
 指摘されるまでも無い、わたしだって失敗したと思ったわよっ
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

処理中です...