妻は従業員に含みません

夏菜しの

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19:よくできた執事

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 ある朝のこと。
 いつも通りの時間に起きて、いつも通りに朝食を頂いた。
 いつも通りならば、わたしが食事を終えると捲ってもいない新聞を伏せてフリードリヒが出て行くのだが、今日に限ってはその様子はなく、彼は新聞を捲りつつ珈琲を嗜んでいた。
 とても優雅なさまだが、出勤時間は大丈夫だろうかと、むしろわたしの方が心配になって来る。

 いよいよ不味いと言う気持ちが強くなり、
「お仕事はよろしかったですか?」と聞いた。
 するとフリードリヒは首を傾げて、不思議そうに目をパチパチとさせた。
「今日は休みを取ったのだが……
 もしかして聞いていなかっただろうか?」
「はい。お伺いしていませんわ」
 にっこり笑顔を心掛け、しかし怒っていますと言うことが解るように、口調は平坦を心掛けて返した。
 その効果があったのか、彼は口元を引き攣らせながら執事を見た。
 執事は恭しく一礼し、
「旦那様が直接お伝えになられるとお伺いしておりましたもので……」
 頼みの執事からすげなくあしらわれると、フリードリヒの眉間に皺が寄り、目はやや上へ。何やら考える様な仕草を見せている。
 だんだんと口元が引き攣ってきて……
「どうやら言い忘れていたようだ、申し訳ない」
 謝罪の速さは相変わらずで、本当に反省しているのかしらと疑問が浮かぶ。
 しかしこれ以上引っ張る話題でもないし、さっさと幕を引いたわ。

「今日は休みだが、明日は西方の街で商談がある。そこで、リューディア。いまから一緒に出掛けないか?」
「明日から出張に行かれるのでしたら、今日は屋敷でゆっくり休まれた方がよろしいのではないでしょうか?」
「あーそうではなく。
 観光がてらに一緒にその街まで行かないかと誘っているのだが……、嫌か?」
「いえっとんでもございません。
 ぜひご一緒させてください」
「それは良かった」
 出会った当初の無愛想さはもうどこにもなく、フリードリヒは立ち上がってわたしの手を取るとニコリと微笑んだ。
 わたしも微笑み返し、しばし見つめ合う。
 だがここは食堂で、執事だっている。これ以上甘い空気は流れまいと思っていたのに、フリードリヒの顔がどんどんと近づいてきた。

 ええっここで?
 執事の目が気になり赤面を隠せず慌てるとクスリと笑われた。その間もフリードリヒの顔は迫ってきて、いよいよ唇に触れるほどに。
「あ、あのっ執事が……」
 何とか絞り出したのはか細い声。
「見てないぞ」
 えっと返す間もなくムグッと唇を塞がれた。
 本当にされた~と、驚いて目を白黒させていたその視界の端に執事の姿を発見。彼はそれとなく後ろを向いて花瓶の汚れを拭いていた。
 あらまぁよくできた執事だこと……
 だったら遠慮は要らないと目を閉じてしばし彼に身を任せた。
 でも彼の手が背中のファスナーに掛かったのは流石にやり過ぎ。
 屋敷を出るまでフリードリヒの頬に、真っ赤な楓の模様がくっきりと現れていたのは自業自得だと思うわ。
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