赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの

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03:王都

28:変わる心

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 予定より二時間以上遅れての帰宅。当然だが理由はとっくに知らされているはず。
 だって定刻になっても戻らないわたしを心配した、シリルの護衛が王都の外まで迎えにきたもん。

 やっと着いたと玄関に入ると、そこにはシリルが待っていた。
 ただいまの挨拶をするよりも前に、シリルはわたしの方へと駆け寄ってきて、頬、肩、二の腕、腕と左右からポンポンと触れながら、
「怪我は無いか!?」
 と確認してきた。
「ええ怪我はどこもございません。
 シリル様にはご心配をおかけいたしました。ただいま帰りました」
「良かった!!」
 挨拶と共にガバッと抱きすくめらた。
 なんだか今日はよく抱きしめられる日だな~とぼんやりと思っていると、今度は肩を掴まれ距離が一気に開いた。
 シリルの顔が正面に見える。
 えーと?
 あっこれは怒ってらっしゃいますね……


 疲れているだろうが~と前置かれてから、場所が変わって今は執務室です。
 街道で襲われた経緯は、最初から最後まですべて伝えられているから、当然わたしが自らの馬車に、ボンヘッファー侯爵家のご令嬢アンドリアナを馬車に乗せた事も知っている。
 と言う訳で、
「なぜ馬車にボンヘッファー侯爵の令嬢を乗せた?」
「道端で馬車が壊れて困っていましたからもちろん人助けですわ」
「迂闊だとは思わなかったのか?」
「えっとむしろどういう点が迂闊でしょうか?」
「例えばあなたを人質にして全員に自害を要求することも出来ただろう」
「そこまで人を信じないのは流石にどうかと思います……」
「いいや目撃者も居なかったのだろう。ならばやられない保証はない」
「王都の近くの街道で、おまけに相手は侯爵令嬢ですよ。とてもそんな事をするとは思えません」
 リアナの人となりを知った今は特にそう確信できる。
 さばさばとした雰囲気で、ワインでドレスを汚すような姑息な事はしなさそう。そうよね、リアナの性格なら直接来るはずだわ。
 じゃああれは誰が?

 一瞬だけそちらへ思考が流れるが、シリルの声ですぐに引き戻された。
「護衛はその手の事の専門家だ。次からは護衛が言う通り、自分の身を護ることに最前を尽くしてくれないか」
「それで人を信じるなと言うのならわたしはこんな地位は要りません」
「それは……」
「済みません言い過ぎた自覚がございます。
 ですが、わたしが言いたいこともシリル様には理解して頂きたいと思っています」
「まあそうだな……
 ベリンダから聞いている。武門の家系であるボンヘッファー侯爵家の護衛は流石に手練れだったようでな、あちらの二人が居なければ負けはしなかっただろうが、こちらに死者が出ていた可能性もあったそうだ。
 だからあなたの判断は結果的にベリンダ達の命を救ったことになる」
「あら。そうなんですか?」
 それを聞いて良かったと心の底から安堵した。

「だがもう一つの可能性もある。
 襲われたのはクリスタ、君ではなくてボンヘッファー侯爵の令嬢だったと言う線だ」
「えっ?」
「つまり彼女を馬車に乗せなければ、あなたは襲われなかったと言う事だな。
 だから護衛のベリンダ達の命を危険に晒したのはクリスタ、君だとも言える」
「そんな!?」
 上げて下げての落差が激しすぎて気持ちが追いつかない。
「だが今回の結果は皆無事だった、だから前者なのかもしれない。
 しかしそう言う可能性もあったと、貴女もちゃんと知っておいてほしい」
「判りました。次回はもう少し考えます。
 でもきっとわたしは次も乗せると思いますわ」
 そう宣言すれば、ふぅと呆れたため息をつかれた。
「まったく貴女らしい答えだ。とても強情で融通が利かない。
 だが俺はそういう一風変わった君にどうしようもなく惹かれているらしい。だから諦めることにした」
「ついに婚約破棄ですか」
「おい今の流れでどうしてそうなる!?」
 呆れから一転、今度の声には怒りが混じった。
「だって諦めるって言いましたよ」
「馬鹿か、説得するのを諦めたのだ。お前を諦める気など毛頭ない!」
 流石にそうハッキリ言われるとわたしも赤面せざる得なくて……ですね?

「済まなかった。襲われた日に何を俺は。
 気疲れもあっただろう。顔が赤い様だから熱があるかもしれん部屋に行って今日はもう休むといい」
 今度はわたしがため息を吐く番で、ハァと一息。そして、
「鈍感!」
 捨て台詞を吐いて執務室から逃げ出したのだった。


 部屋に走り込みベッドに身を投げ出す。
 慌ててついてきたマルティナから、「クリスタ様、お行儀が悪いですよ」と言われたが知った事か。
 どきどきと心地よいちょっぴり早い鼓動。
 平静のつもりだったのに、思いの外さっきの言葉に振り回されていたのだなと改めて自覚した。
 枕に顔をうずめて何度も何度も深く息を吸う。
 もう大丈夫かな?
 わたしはゆっくり時間を掛けて、枕から顔を上げた。



 翌日の朝早く、バイルシュミット公爵邸には先触れが届けられていた。その差出人の名はボンヘッファー侯爵閣下。
 朝食後に執務室に呼ばれてそれを聞き、わたしが、
『ひゃぁ~リアナではなくて、親が出てきたー!』
 と心の中で盛大に叫んだのは言うまでもない。

「この手紙はクリスタ。きみ宛だよ。
 ボンヘッファー侯爵はご令嬢のアンドリアナも連れてくるそうだがどうする?」
 合わせてわたしの両親が不在なので一緒に出てくれるとは言うが、
「どうするとは……」
「断るか受けるかと言う意味だが他にあるのか」
「ああっ申し訳ございません。子爵令嬢が侯爵閣下の訪問を断ると言う発想がわたしにはございませんでしたわ」
「ああそうだったか。
 生憎ここは公爵家だからな。だから嫌な時は気にせずに断っても良いのだぞ」
 きっと断ればシリルが上手い事言っておいてくれると言う意味だろうね。

「いえお受けしたいと思いますが、むしろシリル様はよろしいのですか?」
「うん? 別に構わないが、どうしてそう思った」
「だって政敵なのですよね」
 だからわたしにリアナへのけん制を頼んだのじゃなくて?
「いや政敵ではないぞ」
「はい?」
「ボンヘッファー侯爵は敵ではない」
 聞こえなかったのかともう一度同じことを言われたが、そっちの意味じゃなくて、
「だったらなぜわたしをアンドリアナ様のけん制に雇われたのですか?」
「しつこいからと言ったと思ったが伝えていなかったか」
 聞いた……、聞きましたとも。
 ええっ!? それオブラートに包んで言ったんじゃなくて、真面目な話だったの!?

「あの令嬢は何度断ってもぐいぐい来るからな、俺もいい加減疲れていたんだよ」
「そんな理由でわたしを雇われたのですか!?」
「ああ声を掛けた時はそんな軽いつもりだった。
 しかし馬車の中では違うぞ! 俺はお前が気に入ったから婚約したんだ」
 言い終えるや、首を少し傾げてそのまま口づけできそうな角度でズィとこちらに攻め寄られる。首を傾げた時に銀色の前髪がさらりと流れて落ちたその仕草が色っぽくて……
 間近に迫ったその整った顔に迂闊にもまたも赤面させられた。

 それを見たシリルは、
「クリスタでも照れることがあるのだな」
 意地悪そうに口角を上げてくっくと嗤った。
 今日は鈍感ではなくて……
「不躾です!」
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