上 下
26 / 40
第一部―カナリアイエローの下剋上―

ep.26 ワンワン吠えてまいて逃げろ大作戦!

しおりを挟む
 その日、僕とリリー、そしてマイキの3人は問題の平地へと向かった。

 騒音で痺れを切らした熊ファミリー vs. まだこの辺の土地勘が掴めていない人間3人。

 この文面だけ見ると、明らかに人間の方が「やられるぞバカ」としか思えない構図である。でも、僕たちにはちゃんとそれなりの「策」が練られているのだ。
 先頭に立ち、木影から覗いているマイキが、こう呟く。

 「やはり、子熊が3頭もいるな… 今、あの状態で親を感電させようものなら、子供まで巻き添えを食らう。最悪、子供の体が電圧に耐えきれなくて死ぬぞ」

 あの状態とは、親子が寄り添うようにして、その平地上にたむろしているさまのこと。
 そこへ僕たちが前へ乗り出しても、圧倒的に不利なのは明白である。親は子を守るためなら全力で戦うだろうし、感電させようにも、親と子では体の大きさが全然違うのだ。
 そこで、

 「彼らの住処すみかである森には、過去に何度か野生のオオカミが数匹立ち寄っている。その度に、熊たちは少し警戒をしていたから、恐らく彼らは犬が苦手だ。
 ここは私が犬になってデコイを使う。それで、問題の親熊だけになった所をセリナ」
 「分かった」

 デコイ―― おとりのこと。つまりヘイトを集めるということだ。
 マイキは獣人として、そして犬に変身できる力の持ち主として、これから熊を散り散りにするべく誘導する。という、ちょっと無茶な作戦を提案したのであった。

 すると、マイキが木陰を背に、ふうと深呼吸をした。


 マイキの全身が、光った。

 クリスタルチャームから解放された時のように、スライム状の青白い光を放った。


 そこから僅か5秒ほど。
 人間だった体が、あっという間に、長い青髪をもったハスキー犬の姿に変わったのである。


 「ワン! ワンワン!!」

 犬になったマイキは早速、木陰から飛び出しては、熊たちのいる所へと吠えた。

 失礼な事をいうと、元は人間の女性とは思えない様な、低くて重圧のある吠え声だ。
 オオカミとほぼ同じ見た目の大型犬が、鋭い目で走ってきたら、たぶんメチャクチャ怖い。


 「ガァァッ!?」

 熊たちがマイキに驚き、狼狽ろうばいを上げた。
 その殆どは起き上がるさま、すぐにマイキから逃げる様に去っていく。熊たちはすぐに散り散りとなった。

 「グオオォォ…」

 その中の1頭、問題の「背中の毛にチャームが絡まった」親熊だけが、マイキを睨むように唸り声を上げた。
 そいつは言葉にならない様な咆哮ほうこうをあげ、次第にマイキを追いかける側に回る。

 「ワウワウワウー!」


 マイキはなお本物の犬さながら、吠えながら、広い平地を猛スピードで走り回った。
 今度は親熊に追いかけられる形で、僕とリリーがいる所へと通りすがる。

 「セリナ、今です! 熊を、水でずぶ濡れにして!」

 隣にいるリリーの指示通り、僕は前に出て、ヒナから分け与えられた水魔法を唱えた。
 ちょっと怖いけど、ここでひるんだら一貫の終わりだ。

 全身を分厚い皮膚と体毛で覆われている熊は、よく日本の寒い地域でも、里に出没したところを麻酔で打たれてどうこうニュースになるが、その成功率は非常に低いときく。
 もちろん、感電においても、そう簡単に倒れないのだそうだ。それだけ強靭な肉体を有しているのである。
 そこで、まずは電気の流れを良くするための「水」が必要不可欠というわけ。


 「波よ! 飲み込め!!」

 バッシャーン!

 僕が目の前で生み出した水は、およそ1トン。
 大衆浴場のお湯をまるまる津波のようにぶつける形で、マイキが横切った直後を、豪快に打ち出した。するとその波が見事、熊にクリーンヒット。


 「ウゥゥッ…」
 「ぐぬぬぬぬぬ…!!」


 熊が波に足を取られ、うろたえている間に、僕は次に全身から雷魔法を生み出す。
 帯電が、ドンドン大きくなっていき、そして…

 「はっ!!」

 ドーン! バリバリバリー!!

 両手の平から、あの超有名アクション漫画で良く見かけるような、雷の波動を放った。
 それは物凄い音と雷鳴を起こし、熊の全身をビリビリと攻撃した!

 「ガガガガガガガガガガガ…!!!」


 バタンッ



 僕は雷攻撃をストップした。
 正直、目の前にいる熊にやられるんじゃないかと、すごく怖かった。

 熊はその場で、ゆっくり、力なく転倒した。
 重さ数百キロもある巨体だ。ドーンと横に倒れては、ほんの少し地響きが起こる。

 ほかの熊たちは、マイキが上手いこと誘導したからか遠くへ散っていったようだ。
 あとからマイキも、平地をぐるっと1周するように、再度僕たちの元へと帰還した。

 「はっ!」
 シュルシュルシュル~

 ここまでくれば、あとはリリーの出番だ。
 リリーはお得意の黒百合ガラスを生み出し、その中からガラスの欠片を1枚手に取った。
 そして、気絶している熊の背中へと回り、そこからチャームが絡んだ毛をガラスの破片で刈り取る。熊が目覚めてしまう前に、さっさとチャームを持ってその場から離れた。

 「取れました!」

 リリーがこめかみに汗を滲ませながら、見事手に入れたチャームを掲げる。
 マイキも、ハスキー犬から元の獣人へと変身を解き、任務成功の頷きをみせたのだった。


 …が、その後の熊の倒れている姿をみて、途端に青ざめた表情を浮かべた。

 「まずいぞ…!? 熊が目を覚ましてしまう!! 早くここから逃げよう!!」

 そう。
 マイキの指摘通り、見ると熊が僅かなうめき声を上げながら、再び動き出したのだ。

 僕たちは急いでその場から逃げた。
 全速力で、祭りの騒音がなお響く王宮前広場まで走り去る。
 間一髪、炎のロゴがついたチャームを手に入れたのだ。早くサリイシュのおまじないで解放してもらおう。

 こうして、熊が目を覚ました頃には、僕たちは既にこの場から姿を消していた。

(つづく)



※アゲハの王宮
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

世界が滅ぶと言われた時代

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

どうして私を捨ててまであの女とシたいの?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:200

I love you

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

秘めた思いと繋がり

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

古本屋とおっぱい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:5

去っていく君へ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

2つの世界の架け橋 第2巻

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

無自覚な色気

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

処理中です...