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第一部―カナリアイエローの下剋上―

ep.35 あいつは人じゃない。人の顔をした悪魔だ!

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 「なんじゃ! どこもカメラ映ってへんやろうがい!! 何がどないなっとんねん!!」

 伊右衛郎が、管制室で狼狽ろうばいをあげている。
 薄暗い円形の部屋は、監視カメラのモニターが無数に配置されている。各フロアの様子を映し出すそれは、本来なら防犯上で役立つはずが、今はその殆どが機能していなかった。
 「カメラ機器を、手当たり次第に破壊されている様です。生体認証センサーも、入口より先のエリアはほぼ全域にかけて故障。回線がショートしています」
 N1が、機械人形特有のボコーダーボイスで、伊右衛郎に故障の原因を告げた。
 伊右衛郎は内なる怒りからか、足元からゆっくりと豆の木魔法を発現させている。にょきにょきと伸びていくその内の一本に手を触れ、伊右衛郎は一案を講じた。

 「電流や。あん中に、雷の魔法を操っとる連中がおる。せやけど、ワシの草魔法には効かん代物や。そいつはワシが始末したる。
 N1、その間に応援を呼ぶんじゃ。そのあとは、あのメス犬の所へ戻って監視せぇ」

 伊右衛郎が放った粗暴な命令に、N1は軽く一礼をし、すぐにその場を去る。
 その間にも、管制室モニターは次から次へと、映像がブラックアウトしていった。



 ――――――――――



 ――マリア… いや、あの機器の壊し方は、セリナ達が来たんだな!? ヤツ・・を倒しに。

 一方、管制室にも沿って作られている通気口にて、檻から脱出したマイキが睨みを利かせた。通気口にも、外からゴムが焼け焦げたような臭い、そして僕達の匂いがしたためだ。
 だが、僕達がいる正確な場所を特定し、その加勢に加わるのは難しい。なにせ犬から人間へと変身をくスパンや、敵が集まっている場所へ戻ろうとする事自体、とてもリスキーな行為だからである。それ以前に、
 ――ん? キャミの匂いもする。という事は、彼らは私がここから脱出する可能性を想定し、二手に分かれて行動しているな? そう信じるぞ。
 今のマイキさんは犬だから、とても鼻が利く。
 それらの匂いをヒントに、ここは先に脱出すべきだと考え、スタスタと通気口を進んでいったのであった。
 やがて見えてきた、通気口の出口へと顔を出し――

 「キャン!」

 マイキは子犬のように吠え、とつぜん後ずさりをした。
 出口に辿り着いたその先は、足場一つない“機械だらけ”の谷。足を止めるタイミングが、もう少し遅かったら、暗い谷底へ真っ逆さまに落ちる所であった。
 「!!」
 シューという、噴出音が出ている。
 後ろへ振り向くと、通気口の奥から、紫色のモヤがどんどん近づいてきた。
 別の場所で僕達の突入があり、それを仕留めようとする伊右衛郎の策略によって、部屋に噴出された毒ガスが通気口まで漂ってきたのだ。このままだと、マイキは――

 「マイキ!!」

 キャミの叫び声がした。
 振り向くと、谷の端から端へと大きな虹がかかり、その上をユニコーンのアグリアが駆けてきたのだ。それにまたがるキャミが、マイキへと手を差し伸べた。

 マイキは戸惑いながらも、ぴょん、と飛び出した。
 そこをタイミングよく、キャミが差し伸べた片腕でキャッチする。間一髪、救出に成功したのであった。
 「無事でよかった… 例のボスとやらは、セリナ達に任せている。行くぞ!」

 毒ガスは、マイキが飛び出したあとの通気口から、ゆっくり滝の様に流れ落ちていった。



 ――――――――――



 館内に突入してから、これまで発見した監視カメラや生体認証センサーを、電気魔法で使い物にならなくしておいた。
 今いる機械人形たちも倒した。ダークエルフ達も拘束した。
 恐らくボスか、敵の誰かが応援を呼んでいる可能性もあるが、そこはさほど重要ではない。ボスの手にあるものをさっさと取り戻し、何もできない状態にしておくのが得策ということだ。その富沢商会の親元フェデュートについては… その時はその時だな。

 「!」
 リリーが何かに気づいた。
 再び指揮棒を構える。目を向けた先、その壁から現れるものに対し、ガラスを発現した。
 「は!」
 シュルシュルシュルー!!
 大きなツル状の植物が、壁を突き破り、こちらへ迫ってきたのだ。
 だが、そのツルはリリーが発現したガラスのシールドに当たり、刃で切り刻まれる。
 リリーの勘が的中したのだった。

 「おんどれ! あのガキの仲間か!! いてまうぞコラァ!!」

 ワーオ、僕達の前に現れた初っ端から、えらい剣幕でまくし立ててきたな。富沢伊右衛郎。

 遂に、大広間へと辿り着いたその奥から、ボスキャラの登場だ。
 金髪にサングラス、白いジャケットと、イラストAIに無茶な呪文でも渡したかのようなグッチャグチャに描かれた派手柄シャツを着た、完全にヤーさん気取りのその男。
 サリイシュ以来、久々にこの星に先住するニンゲンと出会ったというのに、その初手が敵同士だとは何とも皮肉である。

 「や! それ!」
 その間にも、リリーは迫る植物に対抗して戦っている。壁を粉砕し、ガレキを生じさせるほどの力は、あっという間に僕とリリーの距離を離れさせていった。
 「あんたが富沢伊右衛郎か。あの時はよくもルカとマイキさんを!」
 僕は両手の平に電気球を生み出し、伊右衛郎を挑発した。伊右衛郎も負けじと激昂か、
 「やかましい! ここはワシのテリトリーじゃ! 全員ぶっ殺したる!」
 なんて、全身から邪悪なオーラを纏った。彼の周囲にはこれでもかと植物が生み出され、そのどれもがミミズのようにうごめいている。
 ――あいつ、本気マジでやるつもりだな…!?
 僕は突進した。応援が来る前に、あの金髪野郎を分からせないとだ。
 そのためにもリリーには、別の場所で時間稼ぎをしてもらおう。

 シュルシュルシュルー!
 伊右衛郎の魔法は、どこから植物が刺しにくるか分からない。
 だから、挟み打ちに遭いそうになったらシールドを張ればいいのである。リリーと同じ、黒百合ガラスのトゲトゲでね。
 「なっ…! あのガキの連れと同じモンを操れるんかおんどれ!!」
 伊右衛郎の手前から、更に大きな植物魔法がドーンと突き上がる。
 それは葉っぱやムチというより、もはや「木」だ。さすがのガラス攻撃も、これでは簡単に切り落とす事が出来ない。僕は虹色蝶と電光石火の合わせ技で、高速移動をした。
 「はああぁぁぁぁぁ!!」
 敵がこちらより大きなバリアーを張り、道を塞いでしまう前に、急いで潜り抜ける。もしも遅れていては、こちらは相手の姿が見えないのにどんどん攻撃を喰らう事になるからだ。

 ん? でもその理屈だと、相手も僕達の姿が見えなくなるはずでは?
 これだけ好戦的なチンピラが、ただ自分の身を守るだけに留まるとは思えない。もしかして、伊右衛郎には僕達を生体認識できる能力が――?

 「あのガキともども道連れにしたるわい!!」
 そういってなお魔法を発動したり、拳を振り回したりと、今の伊右衛郎は乱暴だ。
 まるで地団駄を踏む子供のようだが、ここは1つ訂正させてもらおう。
 「ルカなら生きてるけど」
 「え…」

 刹那、僕は回し蹴りをお見舞いした。
 見た目だけで、実際は攻めと守りさえロクに出来ていない伊右衛郎が、もろに僕のキックを受けたことで後ろへよろける。
 その瞬間、僕はあること・・・・に気が付いた。

 「今の硬い感触… お前、アンドロイドだな!?」

(つづく)



※4コマ漫画「魂の重さ」
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