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第一部―カナリアイエローの下剋上―

ep.36 とんだ噛ませ犬だ…※

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※残酷な表現が含まれます。ご注意ください。



 通りでおかしいと思った。
 同じ人間のはずなのに、その人間が暮らすのに適さないフェブシティで、地位をひけらかしている。
 だけどそれも今の攻防で合点がいった。ロボットだから余裕があるんだ。

 だが残念だな。
 ヤツの生体認識は現状、僕達にしか反応していない事がよく分かる。

 「くらえ!!」
 僕は捨て身で、再び伊右衛郎へと肉弾攻撃を仕掛けた。
 拳が当たり、よろけはするが、ダメージを受けている様子は見受けられない。
 ボカッ! ボゴッ!
 「くっ… 無駄っちゃう事が分からんのかい…!!」
 「うるさい! 金さえあれば、なんでも出来ると思って…!」
 「やかましい!!」

 その瞬間、伊右衛郎の足から、僕の腹に強烈なキックが入った。
 「ぐはっ!」
 僕は数メートル奥へと吹き飛ばされる。今のは、けっこう痛い。
 オーガの力が備わっているから良かったものの、これが生身だったら、複雑骨折では済まされない程の傷を負っていただろう。
 「フン。所詮はその程度っちゅうことや。さぁ、落とし前をつけてもらうで」
 スススー
 「な、なんやこのヘビは!? どけ!! 目が、目が見いひん!」



 …伊右衛郎の身に、何が起こったのかって?

 実はさっき、僕が殴り込んだシーンで、伊右衛郎の足元にこっそり細工を施しておいたんだ。それが、キャミから預かったあの召喚獣のドロップ。
 そう。ヤツの力では生体認識がされないそれら思念体を召喚し、実体化した姿で、ヤツの邪魔をするよう指示を送ったのである。視界を塞ぐ形でね。



 ガブリッ!
 「ぬぁぁー! 足元にもヘビが! よくもワシの服に傷をー!!」
 いいや、足に噛みついたのは別のヘビじゃない。狐のマアムだ。
 ヘビのジェリーが伊右衛郎の目を覆っている間、今度はマアムが自分の能力を伝染うつすため、ヤツの足へと噛みついたのである。伊右衛郎は暴れ回った。
 「うらぁぁぁー!」
 ドドドーン!!
 伊右衛郎の半径10m圏内から、無数の植物が剣のように伸びた。
 幸い、僕はそれまでに何とか立ちあがり、離れていたので無事。
 その瞬間、ジェリーとマアムが投げ出された。

 スゥー

 召喚獣達に、死の概念はない。だが、今の加勢で十分なデバフ効果を与えられた。
彼らは光に包まれながら、フェードアウトしたのである。

 ふにゃん
 「!?」
 僕の読み通りだ。
 伊右衛郎の足が、体が、内側からフニャフニャと軟体化しだした。ハリ・弾力はあるものの、中の骨が脆くなったので、以前の物理攻撃を生み出せない状態である。
 「な、なんじゃこりゃあー!?」
 なんて騒いでいるけど、同情の余地なし。
 伊右衛郎が自身の変化に驚き、よろけている間、僕は黒百合ガラスの魔法を生み出した。そして次の瞬間、ヤツの頭にガラス… ではなく、顔蹴りを食らわせたのだ。

 ボカッ!

 伊右衛郎の体が、豪快に後方へと吹き飛んだ。
 柔らかいから、簡単に頭部が凹んだ。人間の見た目で、頭部の陥没は少しグロテスクかもしれないが、元は機械なので、出血もなければ脳が飛び散る事もない。
 ドサッ パカッ
 「ぐふっ…! いたたた… な!? ワ、ワシの体がぁぁ」

 壊れた伊右衛郎の額から、パックリと蓋が開き、その中から小さなマモノが放り出された。
 まさかの展開だ。
 最初は人工知能がその動力だと思っていたのだが、実際に操縦していたのは、背中にコウモリのような羽をもった、手の平サイズの悪魔だったのである。

 「こ、こんのー! 死ねー!」

 僕がいる方向へ、倒れた伊右衛郎の左手を、急いで持ち上げる悪魔。
 …だけど、反応がない。
 悪魔が「なに!?」といい、次第に焦りを覚えていく。僕は溜め息をいた。


 スッ


 悪魔の前で、左手に持っているものを見せびらかす。
 そう。先程までヤツの手首に括られていた、カナリアイエローのチャームだ。
 「ひっ!」
 辺り一面、魔法で生み出されていた草木や花が、一気に枯れていく。
 悪魔は足をガタガタと揺らした。
 先程、僕がキックでフェイントをかけたさい、別の方向からガラス魔法を使い、ヤツの腕にあったチャームの紐を切り落としたのであった。


 ゴロゴロゴロ…!
「セリナ! 無事でしたか!?」
 ようやく開いた出口から、リリーが顔を出した。
 僕が戦っている間、ずっとガレキをどかしていた様だ。大きなケガがなくて幸いである。
 「っ…! やはり、その者は悪魔が操縦する『機械』だったのですね」
 「うん。だから、ヤツにマアムの物質変換魔法を噛ませ、軟体化させたんだ… 行こう」

 チャームを奪われ、傀儡も破壊された、小さな悪魔。
 僕はリリーとともに、この場からきびすを返した。同時に、拘束していたダークエルフ達をも解放する。
 恐怖で支配してきたボスが失脚した今、僕達に反撃する者は、いないと判断したためだ。



 「ど、ドロボー! くそぉ… あ! おんどりゃ! 早よあのクリスタルを取り戻さんかい!」


 ――こんな状況で、まだそんな事を言うか?

 なんて、この部屋にいる全員が思っても、おかしくはない。
 晴れて自由の身となり、その亡骸なきがらを見下ろす彼らの表情は、怒りに満ち溢れていた。
 「なな、なんや! ワシを誰や思っとんねん!? 誰のお陰で、食うていけてるや分かっとんのか!!」
 「チッ」
 と、エルフの一人が舌打ちをする。彼は殺意をもった目で、悪魔へと銃口を向けた。
 「あのクリスタルがなきゃ、何もできないくせに。よくも俺達をコケにしてくれたな」
 「!?」
 「今日まで、何人もの仲間がお前に殺された事か…! その痛み、思い知れー!!」



 部屋中に、乾いた発砲音が、無数に鳴り響く。
 悪魔の断末魔は、掻き消されるほどに―― 成金の栄光は、呆気なく崩壊したのである。



 ――――――――――



 アガーレールに到着後、ビーチには大勢の民が、僕達の帰還を迎え入れた。
 虹の橋を渡る途中、誰かに追われている様子もなければ、マイキも無事に変身を解いた。僕の手にも、奪還したクリスタルチャームが握られている。

 「アキラ! みんな! 無事だったんだね… よかった」

 女王アゲハも、涙ぐんだ目で僕達を抱擁ほうようした。
 万一の為にマニーが付き添っていたけど、それがなくても無事任務を成功させたのである。それだけ、実際あいつは大したことのない、とんだ「噛ませ犬」であった。



 ピカーン!
 「い、今までとは明らかに光り方が違うぞ…!?」
 「なに、この胸の高鳴りは…? ど、どれだけ強い人なんだろう…!?」

 平地に戻り、途中で合流したサリバとイシュタも、過去最大といえるそのチャームの発光に、驚きを隠せない。
 それもそうだ。中身は先代魔王である。それでもCMYの中では弱い方だけど。


 「…いこう、イシュタ。私達なら、できるはず」
 「うん!」


 2人は緊張した面持ちで、チャームへと手をかざした。
 それにしても、光が熱い! 虹色に変化するも、その衰えを知らず。

 だけど、あれ…? 光が、どんどん黄緑がかってきた!


 バーン!!


 わぁ! 光の噴射! とてつもない爆音! 尻餅ついちゃった、いてて…

 「「おー」」
 近くで見ていた住民たちが目を輝かせる。サリイシュも、先の爆音でつい耳を塞いだ。

 光は孤を描き、かつての立ち入り禁止区域である花畑へと落ちた。
 朝露のように、周囲の草花をキラキラと照らす。何もかもがケタ違いの展開。


 その光はやがて実体化し、花畑の上、静かに目を開いた。
 長い金髪と、透明感のある白い肌。そして、オレンジの瞳――。



 最初のボス討伐、その報酬として―― 遂に、カナリアイエローが解放されたのだ!



【クリスタルの魂を全解放まで、残り 18 個】



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