露包むランタン

奈月遥

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We start to live together

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「言っておくが、悪いのはお前の方だからな」
 らんがネットで見つけて灯理とうりも喜んで購入に同意したふかふかのソファに、灯理は寝そべるように腰掛けて嵐にそう突き付けた。
 玄関先で何時までも喚いていたら警察を呼ばれると彼が説得して、どうにか彼女は部屋の中に入る決意を固めた。
 その嵐はスマートフォンでアプリを開き、自分が入力したプロフィール画面を見て床に崩れていた。
 なお、嵐は灯理を警戒して、彼とテーブルを挟んで反対側に座っている。
「なんで……なんで、性別男とか、どういうこと……しかも、修正きかない、うそ、うそでしょ……」
「あー、まぁ、プロフィールとかそんな何回も見ないけどさ、ほんとに、一歩間違えてたらヤられてたぞ、おのぼりさんめ」
「やっ!?」
 灯理の明け透けな言い方に、嵐は怯えて自分の体を掻き抱く。もっとも、今の発言からすぐにそっちを連想する彼女の妄想と知識の偏りにも問題はある気もするけど。
「俺は手なんか出さないっての、ばか! そんなんで逮捕されてたまるか!」
「うー!」
 灯理は嵐の早とちりに叱責を飛ばすが、嵐は男なんてみんな狼だと思い込んでいて、犬のように威嚇を返す。
 嵐はともかく男と同居なんでごめんだと思っていた。
 しかし灯理は、それが嵐にとって不利になる可能性を考えていた。
「落ち着け。いいか、アプリ会社にルームシェア破棄とか気軽に送るなよ。文面は考えろよ」
「え?」
 今すぐにも契約破棄を申し出たいと考えていた嵐だったが、灯理のとても冷静で真剣な言葉に指を止めた。
「このアプリ、ルームシェアの破棄に理由を書くんだよ。相手に問題があるなら、別のやつにくっつくのを防止するためにな。それでお前、性別を間違えてたからなんて送ってみろ。お前が男狙ってわざと性別詐称していたって判断されたら、裁判にかけられるぞ」
「そんな!? なんで!?」
「一年前にあったんだよ、このアプリで、女が未成年男子狙ってた事例が。アプリの通知に裁判状況流れたろ」
「……見てない」
「だろうな」
 やれやれと灯理は頭を振った。それからソファから立ち上がり、キッチンの棚からコップを二つ手に取った。
「水とスポーツドリンクとリンゴジュースどれがいい?」
「……りんご」
「あいよ」
 灯理はリンゴジュースを注いだコップを音も鳴らさずに嵐の前に置き、自分はコップに入れた水を一息に飲み込んだ。
 嵐はそんな灯理の様子を伺いながら、コップを口に付けて、ちびちびと傾ける。
「嵐……さん付けとかちゃん付けした方がいいか?」
「いらない」
「そうか。嵐、一人暮らしの家賃を一人で払えるのか?」
 灯理の確認に、嵐は首を振った。この部屋で半分出すのだって、これからの生活でやりくりが必要なのは、彼女も自覚している。
 だから信頼できると評判のアプリでルームメイトを探したのだ。
 そもそも自分が致命的な間違いを最初にしてしまっていたのだが。
「だよな。他の同居人を今から探すって言っても、アプリで別アカ作るか、他のアプリに登録するか。でもなぁ」
 灯理の懸念は、流石の嵐でも理解出来た。
 もう三月の終わり。新入生新社会人はとっくに相手を探して、部屋を借りている。
 時期外れではアプリの登録人数も少なくなるし、それに二人が使っていたアプリでは仲違いを防止するために、一ヶ月以上はメッセージをやり取りしないと部屋を斡旋してくれないのだ。
 つまり、同じアプリで新しいルームメイトを見つけて別の部屋を借りるには、最低でも一ヶ月はこの部屋にいないといけない。
「こっちに一月ひとつき泊めてくれそうな知り合いとか、もしくは順繰りに友達の部屋泊めてもらって凌ぐとかは」
「いない、です。ともだち、ほとんど地元にいます」
 嵐がいさよわしく灯理の言葉を遮ると、灯理はドアを開けた時のような重たそうな溜め息を漏らした。
「部屋も風呂も、鍵は閉まる。つか、開けない。約束する。もちろん、信用するかは嵐次第だけどさ」
 灯理はテーブルに肘をついて俯いた頭を抱えながら、ぽつぽつと安全性を伝えてきた。
 嵐は涙で潤んだ目で、彼を見る。彼を見て、彼の様子を見て、彼の、これまでのやり取りで知った人柄を考えた。
 きっと、彼は誠実な人だ。男だと思っていたのだから、これまでの文章に嘘はなくて、つまりそこから見えた彼の人物像もある程度は信じられるはずだ。
 それに、彼に惹かれたものもあった。
 彼の持つ夢を、嵐は聞いていた。そのひたむきに努力して、夢に向かって足掻く生活に、憧れを抱いていた。自分には夢がないから、夢がある人を応援したりし、近くで見たいと思った。
 そんなふうに思った相手を困らせているのは、事実だった。
 しかも、ここで嵐が一ヶ月よりも後だとしてもこの部屋を出たら、ここの家賃は彼一人で出すことになる。
 事前の打ち合わせでお互いに出せる家賃や生活費を教えあった時、彼がバイトで稼いでいる額は嵐が親からもらう仕送りの金額と大差ないのを、彼女は知っていた。その金額で、この部屋の家賃を払うのは相当厳しいということも、理解できていた。
「ぜったいにぜったいにぜったいに、部屋に入らないしお風呂覗かないし、変なことはしませんか? しませんかっ?」
 嵐は勇気を出して、灯理に声をかけた。その内容がこんなにも威嚇的でも、彼女は今日の朝まで田舎娘だったのに、頑張ったのだ。
 灯理は顔を上げ、睨むようにも見える視線を嵐に向けて、そして微笑んだ。
「するか、ばーか」
 釣られて、嵐も笑う。
「もし変なことしたら、すぐに百十番ですからね」
 少しくらい生意気を言ってないと、嵐は男性と同じ空間で暮らすのだとう現実への不安に押しつぶされそうだった。
 いくら灯理の気遣いに心解されたと言っても、その裏側での恐れは彼女の中にやっぱり燻っているのだった。
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