露包むランタン

奈月遥

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How terrible the man is!

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「ところで、御崎みさきはどれくらいここにいるつもりなんだ?」
「ん? 彼女と待ち合わせの一時までは居座るつもりだけど?」
「人のブースを待ち合わせ場所にすんなよ、お前……」
 灯理とうりと御崎のやり取りを横で聞いていたらんはどきりとした。
 彼女って、彼女って、そういうことなんだろうかとそわそわしてしまう。もし思っている通りなら、嵐にとっては初めて目の当たりにする特殊性癖だ。
 今は社会的にもだいぶオープンになってはいるものの、テレビなんかで話題にされているのと、実際に出会うのとでは全然違った。
「……おい、いい加減ネタバレしてもいいか?」
「ダメー。ふふ、嵐ちゃん、興味があるのかい?」
 灯理が何か言っていた気がしたが、御崎の指の長い手で頬を撫でられた嵐はそれどころではなかった。
「め、めぇ!?」
 嵐は身の危険を感じて縮こまる。
 ぎゅっと目をつむり、体を強張らせても、それは捕食者にとっては格好の餌食でしかない。
「あだ!?」
 だが、狼はいつだって狩人に討たれるものだ。
 灯理が御崎の頭を容赦なく叩き、嵐から引き剥がす。
「からかうのもいい加減にしろ、全く。俺、ちょっと知り合いに挨拶してくるから、店番頼むぞ」
「うぅ、ひどいなぁ。わかったよ、いってら」
 それはもう自然に灯理がブースから離れて空いた椅子に御崎が座るから、頭が付いていかない嵐は灯理が行ってしまうのを目で追うしか出来なかった。
 そして一瞬で御崎と二人きりになってしまう。
「ねぇ、ところで、嵐ちゃんが抱えてるそのランタンだけどさ――」
「あ、だ、ダメですよ。これは売り物じゃないです」
 嵐は話を振られただけだと言うのに、食い気味に反論をして身を捩り露包つゆつつむのランタンを御崎の視界から隠そうとする。
 その様子に御崎は眩しそうに目を細めた。
「なるほどね。灯理のやつ、それを預けられるくらいに君を信用しているのか。少し妬けちゃうね」
「あっ」
 御崎の感慨深く口にした台詞に、嵐も彼人かのとがこのランタンについての事情を知っているのだと悟った。
 古馴染みなだけあって、それこそ嵐が知らないだけで、たくさんの時間を一緒に過ごして絆を深めてきたのだろう。
 目の前の人は、自分の知らない灯理を知っている。そう思うと嵐はたくさん話を聞いてみたいと身を乗り出した。
「あれ、さっちんじゃないですかー。アカリさんはいないの?」
 そう嵐が意気込んだところに、お客さんが来てしまって、言葉を飲み込んだ。
「あいつは今、挨拶回りに行ってるよー。ちょっとタイミングズレちゃったね」
 話掛けてきた女性客は以前に灯理のランタンを購入したことがあって、よく顔を見せてくれる常連らしかった。
 たまに売り子の手伝いをしている御崎ともすっかり顔見知りで、和やかに会話して、新作のランタンを手に取って眺め、綺麗だと感想を残して離れていった。
 その間、嵐はカチンコチンに緊張して、一言も話せなくて、それを御崎がからかって笑い飛ばしている。
「ごめんなさい、あたしが売り子なのに……」
 けれどおかしくて笑う御崎とは対照的に、嵐はひどく落ち込んでいた。
「初めてなんだから、気にしない、気にしない。灯理もそれを見越して、店番頼めるやつが来るまで挨拶行かなかったんだろうしね」
「うー……足手まといになってますね、あたし」
「おー、なかなかにネガティブ。少しずつ慣れていこうよー。ほら、笑顔笑顔。物を売るなら、なによりまず笑顔と愛嬌だよ。女の武器だから鍛えて損はないよー?」
 すっかり顔が引きつった嵐の頬を御崎は摘まんで揉みほぐす。
 それから彼人かのとは人差し指で嵐の口の端を押して、口角を上げさせた。
「ん、あれ? 露繁つゆしげはいないのか?」
 そんなところに背後から灯理の名字を呼ばれて、嵐は無防備に振り返り、固まった。
 彼女の後ろに立っていたのは、見上げるほどに背の高い、頭を剃り上げた、パッと見ヤクザにしか見えないような男だったからだ。
 それでも彼女は、見た目で判断してはいけないと自分を奮い立たせて、震える声を絞り出す。
「は、あの、あかりさんに、なにか御用ですか……?」
「んああ? いや、金のことだからよ、本人じゃないとな。アイツ、何処行ったんだ?」
 金のこと、そしてこの威圧的な態度と、嵐の頭の中で一つの答えが弾き出された。
 借金取りだ。
 危ない人に違いない、どうすればいいんだろう、と嵐は背中に冷や汗を垂らし、ばくばくと鳴る心臓の音で気が狂いそうになった。
「い、いません! いませんから、帰ってください!」
 極限に達した恐怖が、逆に嵐に大声を上げさせた。
「え、いないってことはないだろ。どう見てもアイツの作ったランタンだし、ブース番号もあってるんだからよ」
 灯理の作品もちゃんと見分けられていて、下調べも隙がないだなんて、やっぱりヤクザの借金取りは恐ろしいんだと嵐は思った。
 頼りないとは言っても、お店番を任されたんだ、自分がここを守らないといけないんだと、嵐は泣きそうになるのをぐっと我慢する。
 そんないっぱいいっぱいな嵐の耳には、すぐ横の御崎が笑い声を堪えきれなくて微かに漏らしているのなんて全く聞こえていなかったし。
「おい、何、嵐をビビらせてんだよ、てめぇ」
 大男の後ろに、小柄な灯理が立っていたのも全く見えていなかった。
「ぐがっ!?」
 だから嵐が認識できたのは、灯理がヤクザにしか見えないスキンヘッドの男が呻き声と共にうずくまったところだけだった。
 灯理が彼のアキレス腱を精確に蹴ったのである。
「あ、あかりさん! あかりさん! しゃ、借金取り、逃げないと!」
「……何言ってんだ、嵐は?」
 灯理は彼女の支離滅裂な言葉に眉をひそめながら、のんびりと御崎を手で追い払って椅子を開けさせる。
「てか、御崎、お前もちゃんと説明してやれよ、この愉快犯が」
 灯理は御崎と入れ替わって椅子に座ると、そのまま彼人を非難がましい視線で睨みつけた。
「いや、だって、おかしくてさ。あー、うん、そうだね、嵐ちゃんが怯えてたのを放置したのはよくなかった。そこは反省する。でもさ」
「あぁ、そこの石頭の見た目が諸悪の根源だな」
「露繁、お前、後ろから蹴るとかいてぇだろ!」
 ようやく痛みから復帰した大男が灯理に迫るが、灯理は至って平然と逆に睨み返した。
「うるせーよ。卒業してから剃り上げてるその頭のせいで勘違いされてんだろうが、自業自得だ、バカ。幼気なガキをビビらせてんじゃねぇ」
 灯理の放った『ガキ』という言葉に、嵐は自分のことかと指差して確認を取ろうとする。
 御崎のにこやかな笑みが、無言でそれを肯定した。
りょうったら、ただでさえ背もデカいし威圧感ある顔してるのに、なんで頭までそれにしちゃったの? 髪があった方がまだマシだったよ?」
「なんだよ、佐智さちまでそんなこと言うなよ! 似合ってるだろ!」
「似合いすぎてて始末に悪いって言ってんだよ、この石頭。中身も石か、お前は」
 御崎に的確な指摘を受け、灯理に悪態を吐かれて、双方から責められた大男はすっかり弱り果てて肩を萎ませている。
「え、あの、なんか仲がいい、ですね、お二人とも?」
 やはり今度も事態が飲み込めない嵐は、灯理と御崎に説明を求めた。
 灯理が心底嫌そうに溜め息を吐く。
「ああ。こいつも一応、幼馴染ってか、さっき御崎が言ってたもう一人だよ」
「そうそう。燎は見た目怖いけど、女の子は殴らないから安心していいよー」
 さっき話に出て来た、灯理が高校時代に仲良くしていた親友のもう一人。
 その事実が、じんわり嵐の脳に染み込んでいく。
「めっ、めぅ!? で、でも、この人、灯理さんにお金がどうのって!」
「露繁にこないだの飲み会で金借りてたから返そうと思ってたんだよ。人から渡してもらう訳にもいかねーだろ」
「えぇ!?」
 つまり、この人は最初から嵐のことを脅してなんかいなかったのだ。
 その事実を知り、嵐はなんて勘違いをしてしまったのかと絶叫する。
「嵐、気にするな。その石頭の言い方と見た目と口調が悪い。むしろ、嵐がやってほしいなら後で顎蹴り抜いて一晩外に野ざらしにしてやってもいい」
「めぅ。それは、その、可哀想だし、あたしが悪いし、あと、石頭っていうのもどうかと思うんだけど……」
「嵐ちゃん、嵐ちゃん」
 いたたまれなくなっている嵐を、御崎が手招きして来た。
 嵐は素直にそれに招かれると、御崎がそっと耳打ちしてくる。
「燎の名字、石頭って書いて、イシズって読むんだよ。だから、あだ名みたいなもんなの」
「い、いしあたま……」
 思いがけない事実に、嵐は燎の頭をまじまじと見詰めてしまう。
 燎はぺちん、と自分の頭を手で叩いた。
「ちくしょう、自慢の頭なのによ」
「……うん、反省の色がないね」
「後で蹴っておくわ」
「なんでだよ!?」
 嵐はやっと、この燎という体は大きくて、顔は怖くて、頭はヤクザっぽい灯理の親友が、仲間からいじられる可愛らしいキャラをしているのだと理解したのだった。
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