露包むランタン

奈月遥

文字の大きさ
31 / 106

I might love, too...

しおりを挟む
 それはなんでもない一日だった。
 英語文化Ⅰの授業があって、夜は月が綺麗に見えるって天気予報のお姉さんが朝に話していて、それでらんはまた、しんに付いて来てゼミ室に押し掛けた。
 授業内容とは関係ないような、でも英語圏の文化に関する高度な話を聞かせてもらって、嵐にとっては充実した時間を過ごしていた。
 他のゼミ生が誰もその部屋にいなかったのは、全くの偶然で、しかしだからこそ、真は今がチャンスだと思ったらしい。
「ねぇ、嵐ちゃん。あのさ……僕と付き合ってくれませんか?」
「め?」
 真がやけに畏まって言った台詞に嵐は一瞬だけ疑問を浮かべる。
「いいですよ。お買い物ですか? それとも資料整理ですか?」
 そして、たまに真からお願いされることがある用事のどちらかなのかを確かめる。
 ぴしり、と真の表情と鼓動が止まったような気がした。
「いやそうじゃなくて……僕と付き合って恋人になってくれませんか?」
 見当違いを起こした天然惚けな嵐が曲解する余地がないように、真は告白を言い直した。
 それだけでもかなり間抜けな状況であるのに、嵐は誰もいないゼミ室の前後左右を確認する。当然、嵐以外に真が話し掛けた相手がいる訳もなく、嵐は人差し指で自分の顔を指差した。
「yes」
 英語を扱うゼミ生らしく、真は綺麗な発音で肯定を告げた。
「めっっっええええええ!?」
 嵐は絶叫で真の鼓膜を貫くと同時に立ち上がって椅子を倒し、そしてドア続きになっている隣の部屋と逃げ込んでいった。
「梓先輩、なんか真先輩に告白されましたー!?」
「なんですってー!」
 嵐に助けを請われた梓が、目端を吊り上げて出て来る。
 仁王立ちする院生の先輩の背中に嵐は隠れている。
「ちょっと待って! 助けを呼ぶくらい嫌なのかい!?」
 真の嘆きに嵐はきょとんと目を丸くした。それから、唇を手で押さえて、じっくりを考え込む。
「え、別にイヤじゃないです、ね? あれ?」
 嵐はびっくりして助けを呼んだものの、よくよく自分の心を見直してみたら、真への好感度はなかなか高いのに気付き、今更に悩み始まる。
 それから梓の陰から顔をちらりと覗かせて、真のことを改めてまじまじと眺める。
 ひょこん、と、嵐が真に向かって手を差し出した。
「……嵐ちゃん、これは?」
 自分の腰に沿うように伸びた腕に、梓がその意図を問いかける。
「えっと、真先輩に手を握ってもらって、イヤかどうか判断しようかなと」
 真は、なんだかなぁ、と若干疲れた表情を見せつつ、嵐のすべすべした手を握った。少し汗ばんでいるのは、告白の緊張からまだ解放されてないのだと許してほしいと、自分に言い訳をしていた。
「めーぇーえー?」
 ぐにゃぐにゃとした音程で、嵐が鳴く。
 嵐は躊躇いがちに、真の瞳を見つめた。
「あの……あたしでいいんですか?」
「嵐ちゃんがいいんだけど、ダメかな?」
 嵐はじっと、真に握られた自分の手をじぃっと見詰める。
〈Showerslamp, please hold us, so your fantastic world〉
 嵐の唇から、細く、霧雨のように微かな歌が漏れ出す。
 やわやわと、嵐は真の手の感触を確かめながら、梓の背中から出て来る。
〈I want anyone to see our love, so want to be only us in showerslamp〉
 真は、自らの歌に濡れる嵐の姿がとても神々しく見えて、言葉を失い、ひたすらに目に焼き付けようとしていた。
 嵐がねだるように濡れた唇を結び、瞼を半分降ろす。
 真は繋がった手を引いて、嵐の体を引き寄せて。
 空いた方の手を嵐の頬に添えて、顔の位置を定めて。
 口付けをするように真っ直ぐに瞳を交わした。。
 嵐もまた視線を反らさずに、その愛鏡まなかがみに真の黒目を映し返した。
 それはささやかなで静かな、しかしながら想いの籠った熱っぽい返事だった。
「あのー、ここゼミ室なんで、いちゃつくのはよそでしてくれる? なに、徹夜三日目の私への当てつけ? 喧嘩なら買うわよ、二人とも」
 一秒にも待たずに交わした眼差しを離した二人は、わざわざ呼ばれて見せつけられた怒りに震える梓へと揃って苦笑いで誤魔化していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...