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3日目
②
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廊下に倒れていたのは間違いなく藤岡たまきであった。目を見開き開いた口からはよだれを垂らしている。彼女が死んでいることは明白であった。死体の第一発見者であるらしいあーちゃんときーちゃんの二人は抱き合って子供のように泣き喚いている。
佑月は案外冷静であった。もしかすると現実を受け入れられていないだけかもしれない。ともかく彼女は死体を見ても何ら嫌悪感を抱かなかった。
「西住先生、警察に連絡を!」
スバルが鋭く言う。しかし彼女はまたしても首を振るだけだった。
震える彼女の唇が「で、できない」と言う。しかしスバルはそれ以上怒りを露にすることなく、むしろ微笑みを浮かべて彼女に近づいた。佑月はその光景に安心感よりも恐ろしさを感じてしまった。
「落ち着いてください。僕らの電話は回収されてしまって手元にないんです。でも先生は違うでしょう。先生の携帯電話で連絡しましょう」
スバルはヒステリー相手にも落ち着いている。しかし西住は激しく首を横に振るだけだった。
「できない!」
「先生、落ち着いて──」
「だってあたしのもたまきさんが持ってるから!」
西住が半狂乱になって叫ぶ。全員がぎょっとして彼女を見つめる。情けないことにそこでようやく彼らは理解したのだ。西住はどこまでも無力であるということに。
「じゃあ、藤岡先生が持っているんですね。分りました。じゃあそれを取りに行きましょう。先生の部屋はどこですか?」
「知らない……知らないのお」
「いい加減にしてください!」
叫んだのはミンミンだった。彼女は丸みを帯びた頬を真っ赤に染め、これまた丸い瞳を大きく見開いて叫んだ。全身で怒りを表現する彼女はどこか滑稽だった。
「あなた、あまりにも無責任じゃないですか! さっきから泣いてばっかりで、あなたも責任者の一人なんですよ! それに藤岡先生の部屋も知らないなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。どこにあるんですか、早く教えてくださいよ」
佑月は思わずミンミンに駆け寄り彼女を宥めた。決して西住を助けたわけではない。彼女の糾弾をそのままにしておけば怒りと混乱が全員に派生すると分かっていたからだ。
「西住先生も混乱しているようです。一旦僕とカメちゃんで話を聞いてみます。他の皆は食堂で待っていてください。ミンミンさんはあーちゃんときーちゃんを頼みます。ムーさんとノゼさんは待機で。彼女たちを落ち着かせてあげてください」
スバルの指示に反抗するものはいない。皆が彼に従った。
二人は西住を適当な部屋に座らせる。彼女はずっとしゃくりあげている。しかし特別待遇は満更でもないらしい。時折こちらを見てはまた気を引くように泣き出すのだ。
「西住先生、突然のことにびっくりされているとは思いますが、警察が来れば事態を迅速に収拾させることができます。だから、一つ一つ、ゆっくりでいいです。知っていることを教えてください」
彼の声には一つも威圧的なところがなかった。佑月はこんな事態ではあるがすっかり感心してしまった。まるで彼こそが刑事であるかのように物事はスムーズに進んでいるような気がした。
西住は手で顔を覆い泣いている。しかし話そうと努力はしているらしく、嗚咽の合間から声が漏れる。それを責め立てるほど佑月は切羽詰まってはいないので、仕方なく彼女の背中をさすってやった。
「あたし、本当に知らないんです。講座に参加するのも初めてなので」
スバルは西住に寄り添って「それは大変でした」と声をかける。彼の言葉には一切の焦りがなかった。佑月はただこの面倒ごとが早く解決してほしいと願うばかりだった。彼女は自分の身の上から話し始めた。彼女の話にスバルは実に真剣な眼差しで真摯に相槌を打っている。「あたし、あたしも元は参加者だったんです」
彼女は言い訳するように話し出した。佑月は「そうなんですか」当たり障りのない返事をする。彼女の過去に興味はなかった。
「荷物はあたしのも全部藤岡先生が持ってます。でも部屋がどことか、全然知らない。あたしはお手伝いすればいいって言われていたから。本部とのやりとりも全部先生がしてました。あたしは何も知らない」
スバルがこちらを見た。諦めの表情だ。これ以上彼女から聞き取れることはないらしい。
「じゃあ、僕は皆の様子を見てきます。先生とカメちゃんはここにいてください。ひとまず全員部屋に戻ってもらいましょうか」
彼の言葉に佑月は頷く。二人だけになった部屋では西住のすすり泣く声しか聞こえなかった。
聞きたいことは山ほどあるし、文句も言いたい。しかしそうやって彼女を追い詰めて何になるのかと佑月は何も言うことができなかった。彼女はぽつりぽつりと同じようなことを繰り返し口にした。
「何度か参加するようになって、そうしたら講師としてやってみないかって誘われて。そこから本格的にヨガの先生になれるように頑張ったんです。何度かレッスンの補助はしたことはありますけど、こうやって合宿するような断食プログラムに参加するのは初めてなんです。これをこなせば一人前って、講師として独り立ちできるはずだったのに」
佑月は違和感の正体に気がついた。西住は藤岡の死を悲しんでいるわけではないのだ。自分の輝かしい将来が閉ざされたことに失望しているのだ。佑月はため息をぐっとこらえた。ここで彼女を刺激すればろくなことにならないと悟った。
佑月は案外冷静であった。もしかすると現実を受け入れられていないだけかもしれない。ともかく彼女は死体を見ても何ら嫌悪感を抱かなかった。
「西住先生、警察に連絡を!」
スバルが鋭く言う。しかし彼女はまたしても首を振るだけだった。
震える彼女の唇が「で、できない」と言う。しかしスバルはそれ以上怒りを露にすることなく、むしろ微笑みを浮かべて彼女に近づいた。佑月はその光景に安心感よりも恐ろしさを感じてしまった。
「落ち着いてください。僕らの電話は回収されてしまって手元にないんです。でも先生は違うでしょう。先生の携帯電話で連絡しましょう」
スバルはヒステリー相手にも落ち着いている。しかし西住は激しく首を横に振るだけだった。
「できない!」
「先生、落ち着いて──」
「だってあたしのもたまきさんが持ってるから!」
西住が半狂乱になって叫ぶ。全員がぎょっとして彼女を見つめる。情けないことにそこでようやく彼らは理解したのだ。西住はどこまでも無力であるということに。
「じゃあ、藤岡先生が持っているんですね。分りました。じゃあそれを取りに行きましょう。先生の部屋はどこですか?」
「知らない……知らないのお」
「いい加減にしてください!」
叫んだのはミンミンだった。彼女は丸みを帯びた頬を真っ赤に染め、これまた丸い瞳を大きく見開いて叫んだ。全身で怒りを表現する彼女はどこか滑稽だった。
「あなた、あまりにも無責任じゃないですか! さっきから泣いてばっかりで、あなたも責任者の一人なんですよ! それに藤岡先生の部屋も知らないなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。どこにあるんですか、早く教えてくださいよ」
佑月は思わずミンミンに駆け寄り彼女を宥めた。決して西住を助けたわけではない。彼女の糾弾をそのままにしておけば怒りと混乱が全員に派生すると分かっていたからだ。
「西住先生も混乱しているようです。一旦僕とカメちゃんで話を聞いてみます。他の皆は食堂で待っていてください。ミンミンさんはあーちゃんときーちゃんを頼みます。ムーさんとノゼさんは待機で。彼女たちを落ち着かせてあげてください」
スバルの指示に反抗するものはいない。皆が彼に従った。
二人は西住を適当な部屋に座らせる。彼女はずっとしゃくりあげている。しかし特別待遇は満更でもないらしい。時折こちらを見てはまた気を引くように泣き出すのだ。
「西住先生、突然のことにびっくりされているとは思いますが、警察が来れば事態を迅速に収拾させることができます。だから、一つ一つ、ゆっくりでいいです。知っていることを教えてください」
彼の声には一つも威圧的なところがなかった。佑月はこんな事態ではあるがすっかり感心してしまった。まるで彼こそが刑事であるかのように物事はスムーズに進んでいるような気がした。
西住は手で顔を覆い泣いている。しかし話そうと努力はしているらしく、嗚咽の合間から声が漏れる。それを責め立てるほど佑月は切羽詰まってはいないので、仕方なく彼女の背中をさすってやった。
「あたし、本当に知らないんです。講座に参加するのも初めてなので」
スバルは西住に寄り添って「それは大変でした」と声をかける。彼の言葉には一切の焦りがなかった。佑月はただこの面倒ごとが早く解決してほしいと願うばかりだった。彼女は自分の身の上から話し始めた。彼女の話にスバルは実に真剣な眼差しで真摯に相槌を打っている。「あたし、あたしも元は参加者だったんです」
彼女は言い訳するように話し出した。佑月は「そうなんですか」当たり障りのない返事をする。彼女の過去に興味はなかった。
「荷物はあたしのも全部藤岡先生が持ってます。でも部屋がどことか、全然知らない。あたしはお手伝いすればいいって言われていたから。本部とのやりとりも全部先生がしてました。あたしは何も知らない」
スバルがこちらを見た。諦めの表情だ。これ以上彼女から聞き取れることはないらしい。
「じゃあ、僕は皆の様子を見てきます。先生とカメちゃんはここにいてください。ひとまず全員部屋に戻ってもらいましょうか」
彼の言葉に佑月は頷く。二人だけになった部屋では西住のすすり泣く声しか聞こえなかった。
聞きたいことは山ほどあるし、文句も言いたい。しかしそうやって彼女を追い詰めて何になるのかと佑月は何も言うことができなかった。彼女はぽつりぽつりと同じようなことを繰り返し口にした。
「何度か参加するようになって、そうしたら講師としてやってみないかって誘われて。そこから本格的にヨガの先生になれるように頑張ったんです。何度かレッスンの補助はしたことはありますけど、こうやって合宿するような断食プログラムに参加するのは初めてなんです。これをこなせば一人前って、講師として独り立ちできるはずだったのに」
佑月は違和感の正体に気がついた。西住は藤岡の死を悲しんでいるわけではないのだ。自分の輝かしい将来が閉ざされたことに失望しているのだ。佑月はため息をぐっとこらえた。ここで彼女を刺激すればろくなことにならないと悟った。
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