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第三章:騎士学校・高等部
第13話 郊外
しおりを挟むひっそりと静まり返る市場を抜け、狭い路地に入り込むと、使われなくなった倉庫が見えてくる。
そこは帝都の外へと続く抜け道のひとつであり、昼間でも薄暗く、湿気に満ちた空気がまとわりつくような場所だった。
暗い抜け道を出ると、帝都の壁沿いに広がる貧民街が見えた。崩れかけた掘っ立て小屋が立ち並ぶ。
その向こうには、平和な田園地帯が広がり、さらに先には黒々とした森が待ち構えていた。
その森に入ると、月明かりに照らされた木々の影は濃くなり、視界は一気に制限された。静寂の中、時折、枝が揺れる音がする。
慎重に進み続けると、目的の屋敷が見えてきた。今まで調べてきた貴族の邸宅とは明らかに様子が違う。
広大な敷地の至るところに警備が立ち、武器を持った男たちがうろついていた。彼らの動きは粗雑で、秩序もない。
「街のチンピラだね」
カチャが息を吐きながら小さくつぶやく。
彼らの振る舞いには、貴族の屋敷を守る衛兵らしい規律がまるでない。どこかの犯罪組織から雇った連中なのだろう。
粗暴で、何かを守るというよりは、ただそこにいるだけのようにすら見える。でもだからといって油断はできなかった。こういう手合いほど、予測不能な行動をとるものだ。
カチャと視線を交わし、〈隠密〉を発動して屋敷に近づく。巡回している警備の動きを慎重に観察し、隙を見てひとりずつ排除していく。
足音を殺しながら背後に回り込み、片腕を喉元に回して動きを封じると、躊躇うことなくナイフを喉に突き立てる。
男が喉を押さえながら倒れると、そのまま藪の中に引きずり込んで死体を隠す。同じ手順を繰り返し、静かに数を減らしていった。
気配を消して進んでいる最中、別の方向から足音が近づいてくるのに気づいた。巡回ルートが思っていたよりも複雑なのか、あるいは警備が警戒を強めているのか。
咄嗟に物陰に身を潜めると、二人の男が屋敷の入り口に向かって歩いていくのが見えた。ひとりがタバコを取り出し、火をつけながら何かを話している。
もう一人がふと辺りを見回し、僅かに眉をひそめた。
「……なんか、変じゃねぇか?」
勘のいい者がいたのかもしれない。こちらの手際が完璧であっても、異変に気づく者はいる。男はゆっくりと辺りを見回しながら、手に持った短剣をわずかに構えた。
このまま放っておけば、死体を発見されるのも時間の問題だった。カチャも物陰から同じように様子を窺いながら、ゆっくりと指を立てた。
先に動く、という合図だった。
彼女が静かに影の中を滑るように進み、男の背後に立った。そして次の瞬間、短剣が喉を裂いた。呻く暇もなく、男の身体が崩れ落ちると、もうひとりの男が驚いて振り向いた。
けど彼が声を上げる前に、僕のナイフが喉元に突き立てられる。温かい血が手を濡らし、男の身体は力なく崩れる。二人の遺体を素早く茂みに運び、辺りを確認する。
異常なし。けれどまだ油断はできない。
裏口の扉に手をかざし、意識を集中させる。〈解錠〉の魔術が発動し、鍵の内部構造が感覚を通じて伝わってくる。
わずかな魔素を流し込みながら、静かに錠前を解除しようとした、ちょうどその時だった。突如として扉が内側から弾け飛び、凄まじい衝撃が全身を襲った。
避ける間もなく重い衝撃が胸を貫いて、身体が宙を舞う。
反射的に空中で身を捻り、膝を曲げながら着地する。衝撃で息が詰まるけど、すぐに状況を把握する。
扉の残骸を蹴散らして姿を見せたのは、異形の怪人だった。膨れ上がった筋肉と節くれだった手足、まるで昆虫のようにねじれた関節。
黒光りする甲殻に覆われた身体が、わずかに震えながらこちらを見据えている。カルトの怪人で間違いない。
その怪人が一気に距離を詰めようとしたその瞬間、カチャの投じたナイフが一直線に飛び、怪人の頭部に突き刺さる。
巨大な複眼にナイフの刃が突き刺さり、その場で動きが止まる。しかし、それだけでは終わらなかった。怪人は顔を歪めることもなく、頭に刺さったナイフを引き抜こうとする。
すると、カチャが小声で呪文を唱えるのが聞こえた。
ナイフの刃が赤く燃え上がり、瞬く間に怪人の頭部が炎に包まれる。焼けただれる甲殻の隙間から、どす黒い体液が滴り落ちる。
それでも怪人はしぶとく蠢き、炎を振り払おうとした。その隙を逃す手はない。すでに体内に巡らせていた魔素を一気に解放し、周囲に氷を形成していく。
〈氷槍〉が顕現し、一直線に怪人の腹部へと撃ち込まれる。鋭利な氷の塊が甲殻を砕き、内部の肉を貫通すると、そこから一気に凍結が広がる。
黒い体液が凍りついていき、怪人の動きが鈍る。そのまま身体も硬直し、最後には完全に動かなくなった。カチャがナイフを抜くと、怪人は砕けてバラバラになった。
けれど安心することはできない。戦闘の音に気づいたのか、屋敷の中から警備の気配が近づいてくるのが分かった。
足音が増え、騒がしい声が交差する。カチャと視線を交わし、一瞬のうちに判断する。ここから先は、さらに速さと静けさが求められる。
裏口の扉に近づくと、物音がないか耳を澄ませる。外の騒ぎとは対照的に、屋敷の中は異様なほど静まり返っていた。
屋敷内に入ったものの、不思議なことに、警備が侵入してくる気配はまったく感じられなかった。怪人を恐れているのだろうか?
慎重に廊下を進みながら周囲を見回すが、人の姿はどこにもない。家具や絵画は整然と配置され、誰かが生活していた痕跡はあるものの、生きた人間の気配は感じられなかった。
不自然な静寂に胸騒ぎを覚えつつも奥へと進む。
やがて隠された扉を発見する。微かな魔力の痕跡があり、扉の向こうに続く空気がわずかに揺らいでいる。
壁に擬装された扉を押し開くと、そこには狭い階段が続いていた。下から微かに湿った空気と錆びた鉄の臭いが漂ってくる。
カチャと視線を交わし、武器を握り直すと、静かに足を踏み入れる。闇の奥底へと続くような階段が、僕らを待ち受けていた。
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