悪役令嬢の新しい復讐!婚約破棄、感謝いたします! 

桃瀬ももな

文字の大きさ
6 / 28

6

 三日後。王都駅前の雑居ビル一階に、古ぼけた看板が一つ掲げられた。
 
 『カタリア・コンサルティング事務所――貴方の赤字を、私の知性で黒字に変える』
 
 道行く人々が「なんだこれ」という顔で通り過ぎていく。
 
 だが、その不審な事務所の奥にある応接間では、パン屋のジャックが震える手で「新型パン」を袋に詰めていた。
 
「カ、カタリア様……本当にこれでいいんですか? 一個、銀貨一枚なんて……。前の価格の五倍ですよ!?」
 
「ジャックさん。価格とは価値の指標なの。安く売れば、それは『安物』としてしか認識されないわ」
 
 私は窓の外を見張りながら、冷徹に告げる。
 
「今回ターゲットにするのは、駅を利用する長距離商人の皆さんよ。彼らは金はあるけれど、時間がない。そして何より、旅の途中で食料が傷むことを一番に恐れているわ」
 
「それはそうですが……。でも、見た目はただの固い黒パンですし……」
 
「いいえ、これは『鉄壁の保存食(アイアン・ブレッド)』。三ヶ月の研究の末に編み出された、独自の熟成法による逸品……という設定(ストーリー)よ。実際、この地下室で温度管理して寝かせたことで、風味は凝縮され、水分量は極限まで抑えられているわ」
 
 私はハンスに合図を送った。
 
「ハンス。例のサンプリングを始めて」
 
「承知いたしました」
 
 ハンスは事務所の入り口で、あえて無愛想に、しかし丁寧に「試供品」を配り始めた。
 
 ただし、誰にでも配るわけではない。身なりが整い、馬車を連れている商人に限定してだ。
 
 一人の商人が、訝しげにそのパンを口にする。
 
 数回噛みしめた後、その男の目が大きく見開かれた。
 
「……おい。これは、どこのパンだ? この歯ごたえ、それに噛むほどに出てくるこの旨味……。それにこの乾燥具合、これなら湿気の多い砂漠地帯でも一週間は持つぞ!」
 
「こちらへどうぞ、旦那様。今なら、予約販売を承っております」
 
 ハンスが流れるような動作で事務所の中へ誘導する。
 
 商人は吸い込まれるように入り口をくぐり、私の前に座った。
 
「失礼だが、お嬢さん。このパン、どこで売っている? 駅前のパンギルドの店にはなかったぞ」
 
「当然ですわ。あちらは『大量消費』のためのパン。こちらは『プロの移動者』のための装備品ですから」
 
 私は優雅に契約書を提示した。
 
「一袋(十個入り)で、銀貨十枚。賞味期限は二週間を保証します。さらに、もし旅の途中でカビが生えたら、全額返金に応じましょう」
 
「……返金保証だと!? パン屋でそんな話、聞いたことがない」
 
「それほど品質に自信があるということですわ。いかがなさいますか?」
 
「……二十袋、頼む。今すぐだ!」
 
 商人が金袋をテーブルに置く。チャリン、という美しい音が響いた。
 
 ジャックが横で「ひえっ」と短い悲鳴を上げたが、私は眉ひとつ動かさずに金を受け取った。
 
 その後も、口コミは瞬く間に広がった。
 
 「駅前に、すごい保存食を売る謎の事務所がある」
 
 夕暮れ時になる頃には、ジャックが運び込んだ在庫は全て完売していた。
 
「か、カタリア様……! 信じられません! 一日で、一ヶ月分の利益が出ました!」
 
「落ち着きなさい、ジャックさん。これはまだ序の口よ。明日からは、さらに付加価値を付けるわ。……ハンス、次の段階の準備を」
 
「心得ております。しかし、お嬢様。……あちらさんが黙っていないようですな」
 
 ハンスの視線の先――。
 
 事務所の入り口に、数人の男たちが立っていた。
 
 胸にはパンギルドの紋章。そして、その中央に立つのは、見覚えのある嫌味な顔をした小男だった。
 
「おい、ここの責任者は誰だ! 無許可で食品を販売するとは、ギルド法違反だぞ!」
 
 男が怒鳴り込んできた。
 
 私はゆっくりと椅子から立ち上がり、扇子を広げた。
 
「あら。パンギルドの査察官様かしら。ご苦労様ですわね、こんな辺鄙なところまで」
 
「……貴様、カタリア令嬢か!? 公爵家を追放されたと聞いていたが、まさかこんな小汚い場所で商売を……」
 
「言葉には気をつけなさい。ここは『カタリア・コンサルティング事務所』。食品販売所ではありませんわ」
 
「白々しい! さっきからパンを売っているのを見ているんだぞ!」
 
「いいえ、売っているのは『コンサルティング・サービス付きの非常食サンプル』ですわ」
 
「……はあ!?」
 
 私はデスクの上の書類を指し示した。
 
「お客様は、私の『旅行計画に関する助言』に対して報酬を支払っているのです。パンは、その助言を具体化するための『付録』に過ぎません。ギルド法は『パンの販売』を規制していますが、『情報提供』の際にパンを添えることを禁じる条文は……第十七条にも、第三十二条にも存在しませんわよね?」
 
 査察官の顔が、怒りと困惑で歪む。
 
「そんな屁理屈が通ると思っているのか!」
 
「理屈を通すのが私の仕事ですので。それとも、法廷でパンの定義について一から議論いたしますか? その間に、貴方がギルドの予算を私的に流用して通っている裏通りの酒場の領収書、王宮の財務局に提出してもよろしいのですけれど」
 
「な……っ! な、何故それを……!」
 
「情報は足で稼ぐものよ、査察官さん」
 
 私は冷たい笑みを向けた。
 
「お引き取りください。……それとも、今この場で、貴方のキャリアの『破産宣告』をして差し上げましょうか?」
 
 査察官は真っ青になり、捨て台詞も吐かずに逃げ出していった。
 
 その背中を見送りながら、私は深く息をつく。
 
「……ふう。不毛なカロリー消費だわ。ハンス、今日の収支をまとめて。ジャックさんは、明日の仕込みの量を二倍に。ただし、品質を落としたら即座に契約解除よ」
 
「は、はい! もちろんです!」
 
 ジャックが意気揚々と去っていく。
 
 私は金庫の鍵をかけ、椅子に深く腰掛けた。
 
 最初の一歩としては、まずまずの結果ね。
 
 だが、真の戦いはこれからだ。王宮の財務が完全にパンクし、あの無能な殿下が泣きついてくるまで……。
 
 私は、この街の「富の循環」を完全に掌握してみせる。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

虐げられた伯爵令嬢は獅子公爵様に愛される

高福あさひ
恋愛
リリム王国辺境伯エインズワース伯爵家の長女、ユーニス・エインズワース。伯爵令嬢であるはずなのに、生活は使用人以下で、まともに育てられたことはない。それでも心優しく強かに育った彼女は、ある日、隣国との国境である森で二人の怪我をした男性を見つけて……?※不定期更新です。2024/5/14、18話が抜けていたため追加しました。 【2024/9/25 追記】 次回34話以降は10/30より、他サイト様と同時の更新予定です。

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ
恋愛
 アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。 だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。  失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。  赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。 そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。  一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。  静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。 これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。