悪役令嬢の新しい復讐!婚約破棄、感謝いたします! 

桃瀬ももな

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 翌朝、私はジャックさんのパン屋『木漏れ日ベーカリー』の厨房に立っていた。
 
 朝日が差し込む厨房は、香ばしい匂いに包まれている……と言いたいところだが、現実はそれほど甘くない。
 
「……ジャックさん。この、床に散らばった小麦粉の山は何かしら? お金が落ちているのと同義だと、昨日教えなかった?」
 
「ひっ! す、すみません、カタリア様! 仕込みに焦ってしまって……」
 
 私は手帳を取り出し、厳しい目で厨房をスキャンしていく。
 
 粉まみれの床、整理されていない棚、そして何より――。
 
「このメニュー表は何? 『あんパン』『ジャムパン』『クリームパン』……全部で五十種類? 貴方一人でこれだけの在庫を管理しているの?」
 
「はい! お客さんに喜んでもらいたくて、ついつい種類を増やしてしまいまして。でも、売れ残ることも多くて……」
 
「愚の骨頂ね」
 
 私はバッサリと切り捨てた。
 
「ジャックさん。選択肢が多いことは、顧客にとって必ずしも幸福ではないわ。それは『迷い』という名のコストを顧客に強いているだけよ。そして貴方にとっては、仕込み時間の増大と廃棄リスクの増大……まさに赤字の総合商社ね」
 
「あ、赤字の総合商社……。そこまで言わなくても……」
 
「現実を見なさい。今日からメニューを五種類に絞ります」
 
「ええっ!? 五種類!? そんなの、お客さんが飽きちゃいますよ!」
 
「飽きさせないのは味の質であって、数の多さではないわ。昨日売れた『アイアン・ブレッド』を主軸に、他は回転率の高い定番品だけに絞る。余った時間は、品質の向上と接客に回しなさい」
 
 私は厨房の棚を指差した。
 
「そこにある高級バターも、もう使わないで」
 
「ええっ、でもそれがないとコクが出ないんです!」
 
「貴方の店に来るお客層を考えなさい。彼らが求めているのは『毎日の活力』であって『一口の贅沢』ではないわ。原価の高いバターを使うくらいなら、製法を工夫して『小麦の旨味』を引き出しなさい。技術でカバーできる部分を金で解決するのは、あの無能な王太子と同じ発想よ」
 
 セドリック殿下の名前を出した瞬間、ジャックさんの肩がビクリと跳ねた。
 
「……分かりました。カタリア様が仰るなら、やってみます」
 
「よろしい。ハンス、用意して」
 
「こちらに」
 
 ハンスが背後に控えていた荷物から、大きな黒板とチョークを取り出した。
 
「メニューを絞る代わりに、この黒板に『今日のパンの焼き上がり時間』を書き出すの。そして、その時間に合わせて少量を焼き続ける。常に『焼きたて』という最強の付加価値を店頭に並べるわ」
 
「焼きたて……。確かに、冷めたパンよりはずっといいですが」
 
「それだけじゃないわよ、ジャックさん。香りを売るの。この通りに焼きたての匂いを定期的に流せば、道行く人は無意識に空腹を覚える。嗅覚に訴えかける広告は、紙のチラシよりも一千倍効果的だわ」
 
 私は腕組みをして、厨房の導線を書き換えていく。
 
「それから、レジの位置を三歩右にずらして。客が並んだ時に、外から『行列ができている』ように見える角度にするの。人間は並んでいる店に吸い寄せられる習性があるわ」
 
「……カタリア様。貴女は本当に、元・公爵令嬢なんですか? まるで、百戦錬磨の商人みたいだ……」
 
「失礼ね。私はただ、数字と人間心理を組み合わせているだけよ。……さあ、開店まであと一時間。無駄な在庫は私が全て買い取って、ハンスに近所の孤児院へ届けさせるわ。もちろん、私の『宣伝経費』として計上するから安心なさい」
 
「宣伝……?」
 
「『カタリア・コンサルティングが支援する、慈愛のパン屋』という評判を先に作っておくの。将来的なブランドイメージの向上よ。投資(コスト)は賢く使わなくちゃね」
 
 私は不敵に微笑み、指示を続けた。
 
 効率化、最適化、そして利益の最大化。
 
 王宮という名の巨大な赤字垂れ流し機構を相手にしていた私にとって、この小さなパン屋の改革は、まるでおままごとのように単純で、そして――何よりも楽しかった。
 
 外では、今日も王都の喧騒が始まろうとしている。
 
 だが、その喧騒の中に、私の計算通りの「行列」ができる日は、そう遠くないはずだ。
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