悪役令嬢の新しい復讐!婚約破棄、感謝いたします! 

桃瀬ももな

文字の大きさ
10 / 28

10

 「君を買い取らせてほしい」
 
 大公閣下ともあろうお方が、開口一番に放った言葉がそれだった。
 
 私は手に持っていたティーカップをソーサーに戻し、眉一つ動かさずに彼を見据えた。
 
「買い取る、ですか。ずいぶんと物的な表現を使われるのですね。隣国では、淑女への勧誘をそのように教わりますの?」
 
「言葉の綾だ。だが、今の君はどの国家にも、どの家組織にも属していない『フリーエージェント』だろう。市場価値が確定する前に、独占契約を結びたいと考えるのは投資家として当然の心理ではないか」
 
 レオナード閣下は、能面のような無表情のまま、淡々と論理を積み上げていく。
 
 その瞳には熱情ではなく、冷徹なまでの「算定」の光が宿っていた。
 
「なるほど。では、閣下。私という『資産』を買い取るための予算案を提示していただこうかしら。私の時間は、貴方の想像以上に高単価ですわよ」
 
「まず、我が大公領の全財政権の委任。君が『無駄』だと判断した予算は、私の首を撥ねる以外なら、閣僚の反対を押し切ってでもカットして構わない」
 
「……ほう。それはなかなか、魅力的な裁量権ですわね」
 
「さらに、君専用の執務室、専属の会計魔導師チーム。そして、君が望むならこの国の王宮を物理的に買収するための軍事、及び経済的支援も約束しよう」
 
 私は思わず、扇子で口元を隠してふふっと笑った。
 
「王宮を買収? あんな負債の塊、今の私にはゴミ同然ですわ。……でも、閣下。条件の中に、一番重要な『私のメリット』が抜けていましてよ」
 
「メリット?」
 
「ええ。私は自由を求めて平民になったのです。どこかの国の役人や、大公閣下の『所有物』になるつもりはありません」
 
 レオナード閣下は少しだけ黙り込み、それから椅子の背にもたれかかった。
 
「所有物ではない。……パートナーシップだ。法的な拘束力を強めるために、形式上の『婚姻』という形を取るのが合理的だと考えている」
 
「……は?」
 
 今度ばかりは、私の計算機が一時停止した。
 
「婚姻……。今、プロポーズとお仰いました?」
 
「契約結婚と言い換えてもいい。君は大公妃としての地位と予算を手に入れ、私は君という最強の頭脳を領地に招く。愛だの恋だのという不確定要素を排除した、純粋な『共同事業体』の結成だ」
 
 ハンスが背後で「……それはもはや、求婚というより合併(マージ)ですな」と小さく呟いた。
 
「閣下、貴方……。本当に女性にモテないでしょう?」
 
「心外だ。効率を求めて無駄な社交を省いているだけだ」
 
「それがモテない原因ですわ。……でも、いいわ。その『不器用すぎる提案』、嫌いじゃありません」
 
 私は手帳を広げ、新しいページにレオナード閣下の名前を書き込んだ。
 
「ただし、即答はいたしません。私は今、進行中の案件を抱えていますの。ジャックさんのパン屋のフランチャイズ化、それから王都の物流ギルドの構造改革……。これらを片付けるまで、私を拘束することは許しませんわ」
 
「……分かった。では、私もこの街に滞在しよう。君の仕事ぶりを、クライアントの視点から観察させてもらう」
 
「滞在? 大公閣下が、こんなボロビルの近くに?」
 
「幸い、このビルの隣の空き家が売りに出ていたので、さきほど買い取っておいた」
 
 ……仕事が早い。
 
 この男、合理主義のレベルが私と同等か、あるいはそれ以上かもしれない。
 
「ハンス。隣の物件の売買価格、いくらだったか調べてきて」
 
「承知いたしました。……カタリア様、もしかして閣下を『カモ』だと思っておられませんか?」
 
「失礼ね。適正価格で不動産取引が行われたか確認するだけよ。……さて、レオナード閣下。契約成立前の『試用期間』ということで、一つお仕事をお願いしてもよろしいかしら?」
 
「何だ?」
 
「私の事務所の看板が少し傾いているの。大公閣下のその立派な体格なら、脚立なしで直せるでしょう?」
 
 大陸屈指の権力者に対し、私は当然のように雑用を命じた。
 
 普通なら不敬罪で首が飛ぶところだが、レオナード閣下は無表情のまま立ち上がった。
 
「……承知した。労働に対する対価は、後で君の『笑顔』一回分で精算させてもらおう」
 
「笑顔? そんな実体のない通貨、うちでは扱っておりませんわ。……でも、まあ、看板が直ったらコーヒーの一杯くらいは淹れて差し上げますわよ」
 
「それで十分だ」
 
 彼は上着を脱ぎ、袖をまくり上げながら部屋を出て行った。
 
 ハンスが呆れたように窓から階下の様子を窺う。
 
「本当に行きましたよ……。大公閣下が、看板の釘を打っています」
 
「ふふっ。高価な資産を安く使うのは、経営の醍醐味ね」
 
 私は冷めた紅茶を飲み干し、窓の外を見つめた。
 
 氷の大公、レオナード。
 
 彼が私の人生というポートフォリオに、どのような利益をもたらすのか。
 
 その計算式は、まだ解けないままだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

虐げられた伯爵令嬢は獅子公爵様に愛される

高福あさひ
恋愛
リリム王国辺境伯エインズワース伯爵家の長女、ユーニス・エインズワース。伯爵令嬢であるはずなのに、生活は使用人以下で、まともに育てられたことはない。それでも心優しく強かに育った彼女は、ある日、隣国との国境である森で二人の怪我をした男性を見つけて……?※不定期更新です。2024/5/14、18話が抜けていたため追加しました。 【2024/9/25 追記】 次回34話以降は10/30より、他サイト様と同時の更新予定です。

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ
恋愛
 アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。 だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。  失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。  赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。 そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。  一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。  静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。 これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。