悪役令嬢の新しい復讐!婚約破棄、感謝いたします! 

桃瀬ももな

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翌日。大公領の首都にある中央市場は、活気という名の「熱量」に包まれていた。
 
 私は動きやすい私服に着替え、レオナード閣下と共に、人混みの中に紛れていた。
 
 もちろん、名目は「物流改革後の市場調査(フィールドワーク)」である。
 
「……見てください、閣下。あの荷降ろし場の回転率。以前のデータより十五パーセントは向上していますわ」
 
 私は手帳を片手に、忙しく立ち働く商人たちの動きを秒単位で計測する。
 
「ああ。君が提案した『一方通行の馬車ルート』と『積み荷の規格統一』が効いている。無駄な待機時間が消え、機会損失が目に見えて減ったな」
 
 隣を歩くレオナード閣下も、鋭い視線で市場の隅々を観察している。
 
 私たちは傍から見れば、美男美女が仲睦まじく散歩しているように見えるだろう。
 
 だが、その会話の内容は「関税の弾力運用」と「在庫回転率の最適化」という、色気の欠片もないものだった。
 
「……ところで、カタリア。調査は順調だが、一点、私の計算にない事態が発生している」
 
「あら、なんですの? 私の設計にミスでも?」
 
「いいえ。……私の腹鳴(ふくめい)が、活動限界を告げている。現在の時刻は十二時十五分。午後の視察を効率的に進めるには、今ここでエネルギーを補給するのが合理的だ」
 
 閣下は相変わらずの無表情で、しかし切実な声で告げた。
 
「……要するに、お腹が空いたからお昼にしましょう、ということでよろしいかしら?」
 
「翻訳感謝する。……あそこの屋台はどうだ。客の回転が速く、食材の鮮度も高そうだ」
 
 彼が指差したのは、市場の片隅にある串焼きの屋台だった。
 
 私たちは適当な木箱に腰を下ろし、焼きたての肉串を二本注文した。
 
「はいよ! 美男美女のカップルさんだ、おまけしとくよ!」
 
 店主にそう言われ、差し出された串には、確かに肉が一欠片多く刺さっていた。
 
「……閣下。見てください。容姿による感情的バイアスが、五パーセントの現物利益(おまけ)を生み出しましたわ」
 
「なるほど。美貌もまた、有効な経営資源(リソース)ということか。……カタリア、あーんしてやろうか?」
 
「……は?」
 
 私は肉を咀嚼する手を止めた。
 
「今、なんとお仰いました?」
 
「街の恋人たちを観察した結果、食料の相互提供(あーん)は、親密度を高め、将来的なパートナーシップの維持コストを低減させる行為だと判断した。試してみる価値はある」
 
 閣下は至って真面目な顔で、肉串を私の口元に差し出してきた。
 
「……却下です。手が空いている以上、自分で食べるのが最もエネルギー伝達効率が良いはずですわ。第一、そんなことをしたら周囲の視線という名の『ノイズ』が増えて、市場調査の精度が落ちます」
 
「……合理的だな。承知した」
 
 閣下はあっさりと引き下がり、自分の肉を淡々と食べ始めた。
 
 その様子がどこか捨てられた仔犬のように見えなくもなくて、私は少しだけ罪悪感を覚える。
 
「……。……。……その、肉の代わりに、私の情報を一つ差し上げますわ」
 
「情報?」
 
「あそこの果物屋。私が昨日書いた『季節外れ商品のセット販売案』を早速導入しています。見て、カゴに入れてリボンをかけるだけで、単価が二割も上がっていますわよ」
 
「……素晴らしい。君の知性は、塵(ゴミ)からでも金(カネ)を生み出すな」
 
 閣下は満足げに頷き、ようやく微かに微笑んだ。
 
「カタリア。私は、君とこうして市場を歩く時間が、執務室で数字を追うよりもずっと……その、充実していると感じる」
 
「……それは、現場の一次情報を重視しているという証拠ですわね。経営者として正しい姿勢です」
 
「いいえ。そうではなく、単に君の隣にいるのが心地よいと言っているんだ。……これに、論理的な裏付けが必要か?」
 
 真っ直ぐな瞳で見つめられ、私は思わず目を逸らした。
 
「……必要ありません。不確定要素をそのまま受け入れるのも、時には『余裕』という名のバッファになりますもの」
 
 私たちは食べ終えた串を捨て、再び歩き出す。
 
 並んで歩く距離が、昨日よりも数センチだけ縮まっていることに、私は気づかない振りをすることにした。
 
 効率だの、合理性だの。
 
 そんな言葉で武装していても、この胸の鼓動の「加速」だけは、どうにも制御できそうにない。
 
「……さて、閣下。次はギルドの倉庫へ向かいますわよ。無駄な在庫を見つけたら、片っ端から損切りさせますから、覚悟してちょうだい」
 
「ああ。君の采配を、余すことなく見せてくれ」
 
 市場の喧騒の中、私たちは手を取り合う代わりに、未来の「利益」を見据えて歩き続けた。……まあ、たまにはこんな『非効率なデート』も悪くないかもしれない。
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