悪役令嬢の新しい復讐!婚約破棄、感謝いたします! 

桃瀬ももな

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市場の視察を終えた私たちは、大公領の中央ギルド本部へと足を運んでいた。
 
 ここでは現在、私が提案した「物流拠点の一元管理システム」の導入が進められている。
 
 巨大な倉庫の中では、男たちが忙しなく荷物を運び、事務員たちが新しい書式の帳簿に必死に数字を書き込んでいた。
 
「……いいわね。以前の三倍はスムーズに荷が動いているわ。でも、あそこの三番倉庫の入り口。馬車の旋回半径を計算に入れれば、あと五十センチは広げるべきね」
 
 私が手帳にペンを走らせていると、一人の若い男がこちらに歩み寄ってきた。
 
 身なりの良い、このギルドの次期幹部候補と思われる青年だ。
 
「……失礼。もしかして、貴女が噂の『王都から来た女神』、カタリア様でしょうか?」
 
「女神? いいえ、私はただのコンサルタントですわ。それより、そこの帳簿の三行目。計算が二ゴルド合っていません。修正しておきなさい」
 
 私が冷たく言い放つと、青年は恐縮するどころか、陶酔したような瞳で私を見つめた。
 
「おお、なんと鋭いご指摘だ! 噂以上の知性と美貌……。カタリア様、もしよろしければ、この後の視察が終わりましたら、私と夕食を共にしていただけませんか? この国の伝統的な料理を楽しみながら、ぜひ物流の未来について語り合いたいのです」
 
 私は眉をひそめた。
 
「物流の未来? そんなものは今ここで五分あれば語れますわ。食事という名の非効率な時間消費に、私の時給を割く価値があるとお思い?」
 
「そ、それを言われると……。ですが、貴女のような素晴らしい女性と知己を得られるなら、私は全財産を投げ打っても構わない!」
 
 青年が私の手を取ろうと、一歩踏み出したその時。
 
 背後から、凍てつくような冷気が漂ってきた。
 
「……そこまでにしてもらおうか」
 
 レオナード閣下が、静かに、しかし抗いようのない威圧感を纏って私たちの間に割って入った。
 
「げ、大公閣下!? も、申し訳ございません! まさか、ご一緒だとは……!」
 
 青年は真っ青になり、数歩後退した。
 
 レオナード閣下は能面のような無表情のまま、青年の顔をじっと見つめている。
 
「君の熱意は分かった。だが、彼女のスケジュールは秒単位で私が管理している。外部の人間が、許可なく彼女の『リソース』を占有することは認められない」
 
「は、はい! 失礼いたしました!」
 
 青年が逃げるように去っていくのを見送り、私はレオナード閣下を振り返った。
 
「……閣下。あんなに威嚇しなくてもよろしいのではありませんか? 彼は単なる、私の知性に対する『潜在的顧客(見込み客)』だったかもしれませんのに」
 
「いいえ、カタリア。私の計算によれば、彼は君の『知性』ではなく、君の『容姿』という不確かな資産にのみ興味を抱いていた。そのような相手との交渉は、時間の無駄だ」
 
 閣下はフンと鼻を鳴らした。
 
「……そうですか? それにしては、先ほどの貴方の殺気、合理性よりも『感情的排他性』に基づいていたように感じられましたけれど」
 
「……感情的排他性?」
 
「俗に言う『嫉妬』という現象ですわ。計算違いをなさったのではありませんか?」
 
 私がわざと意地悪く微笑むと、レオナード閣下は一瞬だけ言葉に詰まった。
 
 彼の耳の端が、ほんのりと赤くなっているのを私は見逃さなかった。
 
「……嫉妬ではない。これは『独占契約における権利保護』だ。私は君というシステムの唯一のパトロンであり、パートナーだ。他者が安易に触れることで、システムの整合性が崩れるのを防いでいるに過ぎない」
 
「まあ、随分と苦しい言い訳ですわね。閣下のような合理主義者が、まさかそんな可愛らしい反応をするなんて」
 
「……可愛らしいと言うな。私は至って真面目に……」
 
 閣下は途中で言葉を切り、深くため息をついた。
 
「……認めよう。君が他の男と親しげに話すのを見るのは、私の精神衛生上のコストを著しく増大させる。これは、極めて非効率な感情だ。……どうすれば、この『嫉妬』という名の不協和音を消せる?」
 
 直球すぎる問いかけに、今度は私が絶句する番だった。
 
 能面のような顔で「嫉妬している」と白状されるのが、これほど破壊力があるとは。
 
「……そ、それは……。私の注意力を、閣下に多めに配分すればよろしいのではないかしら?」
 
「多めに、か。具体的には?」
 
「……例えば、次の視察の間、ずっと貴方の隣を離れないとか」
 
 私が視線を逸らしながら答えると、レオナード閣下は満足げに頷いた。
 
「承知した。では、今すぐそれを実行に移そう」
 
 彼は当然のような顔をして、私の腕を自分の腕に絡めた。
いわゆるエスコートの形だが、その力加減は「二度と離さない」という意思表示のようにも感じられる。
 
「……閣下。これでは歩きにくいのですが。移動効率が二割は落ちますわ」
 
「構わない。その分、心の安定という名の『隠れた利益』が最大化されるからな。……さあ、次の倉庫へ行こう、カタリア」
 
 私は、繋がれた腕から伝わる彼の体温に、自分の計算機がまた一つエラーを吐き出すのを感じた。
 
 合理主義者の彼が、こんなにも「不合理な独占欲」を見せるなんて。
 
 ……どうやら私の人生という新規事業は、思わぬ方向に「急成長」を遂げているらしい。
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