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大公領の執務室は、今日も静謐な空気に包まれていた。
私の目の前には、レオナード閣下が淹れてくれた(人件費節約のための)美味しい珈琲と、整理されたばかりの物流ルートの収支表。
まさに至福の作業時間――。それをぶち壊したのは、一通のけばけばしい封書だった。
「……カタリア。我が国の国境守備隊が、君の母国からの伝令を捕らえた。君宛てに緊急の親書があるそうだ」
レオナード閣下が、不機嫌そうな顔でその手紙を差し出す。
封蝋を見れば一目で分かる。あの、悪趣味なまでの金の装飾。セドリック殿下の紋章だ。
「あら、あの泥舟からお手紙? 切手代を払う余裕くらいはまだ残っていたのかしら」
私は眉をひそめながら、手紙を開いた。
中から出てきたのは、これまた最高級の香水が染み付いた羊皮紙。……鼻が曲がりそうだわ。
『親愛なるカタリアへ。
君がいなくなってから、王宮は少しばかり混乱している。どうやら財務官たちが、君の細かすぎる帳簿のせいでノイローゼになったらしい。
リリアも、君が嫌がらせで残していった未払いの請求書のせいで、毎日泣いているのだ。
だが、私は寛大だ。君が今すぐ戻ってきて、全ての混乱を収拾し、リリアに謝罪するなら、婚約破棄を白紙に戻してやってもいい。
やはり私の隣には、君のような有能な「道具」が必要だと気づいたのだ。
感謝して、三日以内に王宮へ出頭せよ。 セドリックより』
……。
……。
……沈黙が、部屋を支配した。
「……カタリア。殺気が漏れているぞ。インク瓶が震えている」
レオナード閣下の指摘に、私はようやく深呼吸をした。
「閣下。世の中には、存在そのものが『公害』と呼べる不快な不燃ゴミがあるのですね。今、身を以て理解いたしましたわ」
「内容は?」
「要約すると、『国が破産しそうだから、お前が自分の金と労働力を持って戻ってきて、ついでに浮気相手に謝れ』という、もはや精神医学の症例報告のような内容ですわ」
私は手紙を放り出した。
レオナード閣下は無表情のままその手紙を拾い上げ、一読。
次の瞬間、彼の周囲の温度が物理的に五度ほど下がった。
「……『道具』だと? この男、我が国の最高顧問であり、私の……その、未来のパートナーに対し、随分な言い草だな」
「閣下、凍らせないでください。書類が冷たくなりますわ。……それにしても、セドリック殿下は根本的な勘違いをなさっている。私は、一度損切りした投資先には、二度と資金を投入しない主義なのです」
私はペンを手に取ると、手紙の余白に大きなバツ印を書き込んだ。
「ハンス! いるかしら?」
「はい、お嬢様。……その顔は、何か楽しいお仕事(嫌がらせ)のご依頼ですな?」
影から現れたハンスに、私は手紙を突きつけた。
「これを伝令に返して。あ、返事の言葉も添えておいてちょうだい」
「なんと申し上げましょう?」
「『現在、弊事務所は新規案件で手一杯につき、経営破綻寸前の零細国家(ゴミため)からのご相談は受け付けておりません。御社の残余資産である王冠や聖剣を全て競売にかけ、清算を終えてから出直してこい』……と、優雅に伝えて」
「承知いたしました。……あ、付け加えてもよろしいですか? 『返信用の切手代がもったいないので、次からは直接ゴミ箱へどうぞ』と」
「採用よ。経費削減は基本だもの」
ハンスがニヤリと笑って消える。
私は椅子に深くもたれかかり、天井を仰いだ。
「……。……。あのアホンダラ殿下。リリア様の涙を拭くために、私を呼び戻そうなんて。私の知性を何だと思っているのかしら」
「カタリア」
不意に、レオナード閣下が私の机を叩き、身を乗り出してきた。
彼の氷のような瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
「……絶対に、君をあんな場所へは返さない。たとえ戦争になろうとも、私の『最大利益』を渡すつもりはない」
「……閣下。戦争は不採算事業の最たるものですわよ? それとも、私一人にそれだけの価値を見出しているとおっしゃるの?」
「数字では表せない価値だ。……君は、私が見つけた唯一の『例外』なのだから」
……全く、この大公様は。
普段は石像のように動かないくせに、こういう時だけ情熱的なセリフを効率的に投げ込んでくる。
「……。分かっておりますわ。私も、泥舟に乗って沈む趣味はありませんもの。私はここで、貴方の国を世界一の経済大国に仕立て上げる。それが私にできる、最大の『不買運動』ですわ」
私は手帳を開き、セドリック殿下への復讐計画……ではなく、「隣国市場独占戦略」のページを更新した。手紙一通で私を動かせると思っていたなんて、本当に、あの殿下の頭の中の帳簿を見てみたいものだわ。
きっと、全ページ真っ白の白紙に違いないけれど。
私の目の前には、レオナード閣下が淹れてくれた(人件費節約のための)美味しい珈琲と、整理されたばかりの物流ルートの収支表。
まさに至福の作業時間――。それをぶち壊したのは、一通のけばけばしい封書だった。
「……カタリア。我が国の国境守備隊が、君の母国からの伝令を捕らえた。君宛てに緊急の親書があるそうだ」
レオナード閣下が、不機嫌そうな顔でその手紙を差し出す。
封蝋を見れば一目で分かる。あの、悪趣味なまでの金の装飾。セドリック殿下の紋章だ。
「あら、あの泥舟からお手紙? 切手代を払う余裕くらいはまだ残っていたのかしら」
私は眉をひそめながら、手紙を開いた。
中から出てきたのは、これまた最高級の香水が染み付いた羊皮紙。……鼻が曲がりそうだわ。
『親愛なるカタリアへ。
君がいなくなってから、王宮は少しばかり混乱している。どうやら財務官たちが、君の細かすぎる帳簿のせいでノイローゼになったらしい。
リリアも、君が嫌がらせで残していった未払いの請求書のせいで、毎日泣いているのだ。
だが、私は寛大だ。君が今すぐ戻ってきて、全ての混乱を収拾し、リリアに謝罪するなら、婚約破棄を白紙に戻してやってもいい。
やはり私の隣には、君のような有能な「道具」が必要だと気づいたのだ。
感謝して、三日以内に王宮へ出頭せよ。 セドリックより』
……。
……。
……沈黙が、部屋を支配した。
「……カタリア。殺気が漏れているぞ。インク瓶が震えている」
レオナード閣下の指摘に、私はようやく深呼吸をした。
「閣下。世の中には、存在そのものが『公害』と呼べる不快な不燃ゴミがあるのですね。今、身を以て理解いたしましたわ」
「内容は?」
「要約すると、『国が破産しそうだから、お前が自分の金と労働力を持って戻ってきて、ついでに浮気相手に謝れ』という、もはや精神医学の症例報告のような内容ですわ」
私は手紙を放り出した。
レオナード閣下は無表情のままその手紙を拾い上げ、一読。
次の瞬間、彼の周囲の温度が物理的に五度ほど下がった。
「……『道具』だと? この男、我が国の最高顧問であり、私の……その、未来のパートナーに対し、随分な言い草だな」
「閣下、凍らせないでください。書類が冷たくなりますわ。……それにしても、セドリック殿下は根本的な勘違いをなさっている。私は、一度損切りした投資先には、二度と資金を投入しない主義なのです」
私はペンを手に取ると、手紙の余白に大きなバツ印を書き込んだ。
「ハンス! いるかしら?」
「はい、お嬢様。……その顔は、何か楽しいお仕事(嫌がらせ)のご依頼ですな?」
影から現れたハンスに、私は手紙を突きつけた。
「これを伝令に返して。あ、返事の言葉も添えておいてちょうだい」
「なんと申し上げましょう?」
「『現在、弊事務所は新規案件で手一杯につき、経営破綻寸前の零細国家(ゴミため)からのご相談は受け付けておりません。御社の残余資産である王冠や聖剣を全て競売にかけ、清算を終えてから出直してこい』……と、優雅に伝えて」
「承知いたしました。……あ、付け加えてもよろしいですか? 『返信用の切手代がもったいないので、次からは直接ゴミ箱へどうぞ』と」
「採用よ。経費削減は基本だもの」
ハンスがニヤリと笑って消える。
私は椅子に深くもたれかかり、天井を仰いだ。
「……。……。あのアホンダラ殿下。リリア様の涙を拭くために、私を呼び戻そうなんて。私の知性を何だと思っているのかしら」
「カタリア」
不意に、レオナード閣下が私の机を叩き、身を乗り出してきた。
彼の氷のような瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
「……絶対に、君をあんな場所へは返さない。たとえ戦争になろうとも、私の『最大利益』を渡すつもりはない」
「……閣下。戦争は不採算事業の最たるものですわよ? それとも、私一人にそれだけの価値を見出しているとおっしゃるの?」
「数字では表せない価値だ。……君は、私が見つけた唯一の『例外』なのだから」
……全く、この大公様は。
普段は石像のように動かないくせに、こういう時だけ情熱的なセリフを効率的に投げ込んでくる。
「……。分かっておりますわ。私も、泥舟に乗って沈む趣味はありませんもの。私はここで、貴方の国を世界一の経済大国に仕立て上げる。それが私にできる、最大の『不買運動』ですわ」
私は手帳を開き、セドリック殿下への復讐計画……ではなく、「隣国市場独占戦略」のページを更新した。手紙一通で私を動かせると思っていたなんて、本当に、あの殿下の頭の中の帳簿を見てみたいものだわ。
きっと、全ページ真っ白の白紙に違いないけれど。
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