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大公領の謁見の間。そこには、セドリック殿下から遣わされた「身柄引き渡し」を要求する特使が、震えながら立っていた。
目の前には、氷点下の威圧感を全身から放つレオナード閣下が、ゆったりと玉座に腰掛けている。
「……繰り返せ。我が国の経済顧問、カタリア・フォン・アステリアを、貴国はどう扱うつもりだと?」
「は、はひっ! わ、我が王国の第一王子、セドリック殿下の命により! 彼女を国家反逆罪の容疑者として連行し、王国内の全資産を凍結……および没収いたします!」
特使が叫ぶと同時に、レオナード閣下が鼻で笑った。その冷たさに、広間の空気が物理的に凍りついたような錯覚に陥る。
「滑稽だな。我が国の利益を三割向上させた稀代の知性を、貴国は『犯罪者』と呼ぶのか。……カタリア、どう思う?」
私は閣下の隣、一段低い位置に置かれた椅子から、優雅に扇子を広げた。
「あら、光栄ですわ。国家を揺るがすほどの価値が私にあると、あの殿下もようやく認めたということでしょう? ……ですが特使さん。一つ計算違いをなさっていますわね」
「け、計算違いだと!?」
「ええ。私が母国に残してきた資産など、既に一ゴルドも残っておりませんわ。全て現金化し、こちらの事業に投資済みです。没収できるのは、私が捨てていった古い領収書の束くらいかしら」
私は手帳をパラパラとめくり、特使に向けて掲げた。
「むしろ、不当な容疑をかけられたことで、私の社会的信用が毀損されました。その損害賠償額……。そうね、貴国の王城を三回は建て直せる額になるけれど、お支払いの準備はできていて?」
「な……、何を馬鹿なことを!」
特使が激昂しかけたその時。レオナード閣下が静かに立ち上がった。
「特使。貴殿に、我が国としての公式な回答を授けよう」
閣下は私の隣まで歩み寄ると、当然のような動作で私の肩を抱き寄せた。
「カタリア・フォン・アステリアは、本日この時をもって、我が大公領の『次期大公妃候補』として正式に受理された。彼女へのあらゆる不当な要求は、我が大公家への宣戦布告と見なす」
「……へ?」
思わず、私の口からマヌケな声が漏れた。
(ちょっと待って。その契約、まだハンコ押してないわよ!?)
特使の顔が、今度こそ完全に土気色になった。
「た、大公妃候補!? 隣国の公爵令嬢を、勝手に……!」
「勝手ではない。我が国にとって、彼女の知性は唯一無二の国益だ。それを守るために最も強固な法的保護(ステータス)を与える。合理的な判断だろう?」
レオナード閣下は、能面のような無表情のまま、特使を射抜いた。
「帰ってあの無能な王子に伝えろ。カタリアに触れたければ、我が軍の精鋭一万を突破してからにしろ、とな」
特使は悲鳴を上げて逃げ出していった。
広間に静寂が戻ると、私は閣下の腕をパシッと叩いた。
「……閣下。勝手に身分を更新しないでいただけます? 『大公妃』という役職に伴う職務手当と、社会保障の条項、まだ詰めておりませんわ」
「必要な予算ならいくらでも計上しよう。……それとも、嫌だったか?」
閣下は少しだけ不安そうに、私の顔を覗き込んできた。
その氷の大公らしからぬ瞳に、私は毒気を抜かれてしまう。
「……嫌とは言っていませんわ。ただ、急な組織変更は現場の混乱を招くと言っているだけです。……でも、まあ、おかげで不当な連行は回避できましたわね。感謝いたしますわ」
「ああ。……それと、カタリア」
「何かしら」
「『候補』というのは、特使を追い払うための便宜上の言葉だ。私の中では、既に本採用のつもりでいる。異議申し立ては却下する」
……。
……。
この人、本当に仕事が早すぎるわ。
私は赤くなった顔を扇子で隠しながら、手帳の「将来の収支予測」の欄に、とてつもなく大きな利益(幸せ)を書き加えた。
目の前には、氷点下の威圧感を全身から放つレオナード閣下が、ゆったりと玉座に腰掛けている。
「……繰り返せ。我が国の経済顧問、カタリア・フォン・アステリアを、貴国はどう扱うつもりだと?」
「は、はひっ! わ、我が王国の第一王子、セドリック殿下の命により! 彼女を国家反逆罪の容疑者として連行し、王国内の全資産を凍結……および没収いたします!」
特使が叫ぶと同時に、レオナード閣下が鼻で笑った。その冷たさに、広間の空気が物理的に凍りついたような錯覚に陥る。
「滑稽だな。我が国の利益を三割向上させた稀代の知性を、貴国は『犯罪者』と呼ぶのか。……カタリア、どう思う?」
私は閣下の隣、一段低い位置に置かれた椅子から、優雅に扇子を広げた。
「あら、光栄ですわ。国家を揺るがすほどの価値が私にあると、あの殿下もようやく認めたということでしょう? ……ですが特使さん。一つ計算違いをなさっていますわね」
「け、計算違いだと!?」
「ええ。私が母国に残してきた資産など、既に一ゴルドも残っておりませんわ。全て現金化し、こちらの事業に投資済みです。没収できるのは、私が捨てていった古い領収書の束くらいかしら」
私は手帳をパラパラとめくり、特使に向けて掲げた。
「むしろ、不当な容疑をかけられたことで、私の社会的信用が毀損されました。その損害賠償額……。そうね、貴国の王城を三回は建て直せる額になるけれど、お支払いの準備はできていて?」
「な……、何を馬鹿なことを!」
特使が激昂しかけたその時。レオナード閣下が静かに立ち上がった。
「特使。貴殿に、我が国としての公式な回答を授けよう」
閣下は私の隣まで歩み寄ると、当然のような動作で私の肩を抱き寄せた。
「カタリア・フォン・アステリアは、本日この時をもって、我が大公領の『次期大公妃候補』として正式に受理された。彼女へのあらゆる不当な要求は、我が大公家への宣戦布告と見なす」
「……へ?」
思わず、私の口からマヌケな声が漏れた。
(ちょっと待って。その契約、まだハンコ押してないわよ!?)
特使の顔が、今度こそ完全に土気色になった。
「た、大公妃候補!? 隣国の公爵令嬢を、勝手に……!」
「勝手ではない。我が国にとって、彼女の知性は唯一無二の国益だ。それを守るために最も強固な法的保護(ステータス)を与える。合理的な判断だろう?」
レオナード閣下は、能面のような無表情のまま、特使を射抜いた。
「帰ってあの無能な王子に伝えろ。カタリアに触れたければ、我が軍の精鋭一万を突破してからにしろ、とな」
特使は悲鳴を上げて逃げ出していった。
広間に静寂が戻ると、私は閣下の腕をパシッと叩いた。
「……閣下。勝手に身分を更新しないでいただけます? 『大公妃』という役職に伴う職務手当と、社会保障の条項、まだ詰めておりませんわ」
「必要な予算ならいくらでも計上しよう。……それとも、嫌だったか?」
閣下は少しだけ不安そうに、私の顔を覗き込んできた。
その氷の大公らしからぬ瞳に、私は毒気を抜かれてしまう。
「……嫌とは言っていませんわ。ただ、急な組織変更は現場の混乱を招くと言っているだけです。……でも、まあ、おかげで不当な連行は回避できましたわね。感謝いたしますわ」
「ああ。……それと、カタリア」
「何かしら」
「『候補』というのは、特使を追い払うための便宜上の言葉だ。私の中では、既に本採用のつもりでいる。異議申し立ては却下する」
……。
……。
この人、本当に仕事が早すぎるわ。
私は赤くなった顔を扇子で隠しながら、手帳の「将来の収支予測」の欄に、とてつもなく大きな利益(幸せ)を書き加えた。
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