24 / 28
24
かつて私が「将来の職場」として通い詰めた王宮。
そこは今や、見る影もなく荒れ果てていた。
手入れの行き届かない庭園には雑草が繁り、正面玄関の巨大な扉は、誰かがこじ開けようとしたのか無残な傷跡が残っている。
「……。……。……。ひどいわね。一ヶ月放置しただけで、不動産価値が二割は下落しているわ」
私は馬車から降り立ち、手帳に「減価償却費の加算」と書き込んだ。
隣では、大公領の黒い軍服に身を包んだレオナード閣下が、不快そうに眉を寄せている。
「こんな不潔な場所に君を歩かせるのは、私の美学に反するのだが」
「仕事ですもの、閣下。それに、不衛生な現場ほど『改善の余地』という名の利益が埋まっているものですわ」
私たちが並んで玉座の間へと続く大階段を上がると、そこには数人の、疲れ果てた騎士たちが立ち塞がった。
「な……、何者だ! ここは王宮だぞ!」
「あら、顔なじみの騎士さんね。まだ辞めていなかったの? 忠誠心というより、単に行く宛がないだけかしら」
私が扇子をパッと開くと、騎士たちは絶句した。
「カ、カタリア様!? 国家反逆罪で指名手配されているはずの……!」
「その罪状、既に国際法廷で『根拠なし』の却下判決が出ていますわ。それよりも、こちらを見ていただけます?」
私はハンスに目配せをした。
ハンスは、巨大な債務関係の書類束を騎士たちの前に突きつけた。
「この王宮の敷地、建物、および中の備品一切は、現在『カタリア・コンサルティング』の差し押さえ物件となっています。貴方たちの給料を肩代わりしているのも、私ですわよ。……通してくださるかしら? オーナーの立ち入りを拒むなら、今すぐ解雇(クビ)にしますわ」
騎士たちは顔を見合わせ、音を立てて道を開けた。
玉座の間の扉を開けると、そこには、王冠を斜めに被ったセドリック殿下と、その膝にしがみつくリリア様がいた。
「あ、あ……! カタリア! 貴様、よくも面々と戻ってきおったな!」
セドリックは立ち上がり、私を指差して叫んだ。
「衛兵! 衛兵は何をしている! この反逆者を捕らえろ!」
「無駄ですよ、セドリック殿下。衛兵の方々は、既に私の『資産』を守るための警備員として再雇用いたしました。貴方の命令を聞く人間は、この部屋にはもう一人もおりませんわ」
私が一歩ずつ近づくと、リリア様が甲高い悲鳴を上げた。
「ひっ! 怖い、怖いお顔! セドリック様ぁ、助けてぇ! この悪役令嬢が、私に呪いをかけに来たんだわぁ!」
「呪い? いいえ、もっと恐ろしい『現実』を届けに来ただけですわ、リリア様」
私はレオナード閣下の差し出した椅子に優雅に腰掛け、殿下を見据えた。
「さて、セドリック殿下。積もる話は山ほどありますが、まずはビジネスの話から。……貴方がリリア様との遊興費のために乱発した王室債券、私が市場で全て買い取らせていただきました。合計、利息込みで五億八千万ゴルド」
「な……、五億だと!? そんな金、あるわけがないだろう!」
「ええ、知っておりますわ。ですから、本日この時をもって、貴国の『支払い不能(デフォルト)』を宣言させていただきます。……併せて、債権者である私の権利として、この国全土の経営権を私が接収いたしますわ」
「……。……。……経営権、接収……?」
セドリックの口が、金魚のようにパクパクと動く。
「簡単に言えば、貴方はもう王太子ではありません。この城の『居候』です。……それも、今日限りで退去していただくタイプのね」
「ふざけるな! 私は王族だ! 神に選ばれし血筋なのだぞ!」
「神様は通帳の残高までは保証してくれませんわ。……閣下、お願いします」
レオナード閣下は、冷徹な視線をセドリックに向けた。
「我が大公軍は既に王都を包囲している。抵抗すれば、不渡りを出した商人が処刑されるのと同様の末路を辿ることになるが……。どうする?」
レオナード閣下の殺気に、セドリックは腰を抜かして床にヘタり込んだ。
「カタリア様ぁ、意地悪しないでぇ!」
リリア様が、必死の形相ですがりついてくる。
「私、美味しいお菓子が食べたいだけなのぉ! お城から追い出されたら、私、死んじゃうわぁ!」
「死にませんわ。人間、働けば食べていけますもの。……丁度いいわね、リリア様。大公領の北部に、とても環境の良い『開拓地』があるんです。そこなら、貴方の有り余る体力を、クワを振るうという生産的な活動に回せますわ」
「く、クワ……? 泥だらけになるなんて、そんなの、聖女のすることじゃないわぁ!」「聖女ではなく、一人の『債務者』として、しっかり働いていただきますわよ」
私は手帳に「人的資源の有効活用プラン」のチェックマークを入れた。
目の前で泣き崩れる元婚約者と、その愛人。
かつて私を嘲笑った彼らの姿は、今や清算されるべき「負の遺産」にしか見えなかった。
「ハンス。二人を『移送車両』へ。……ああ、それからセドリック殿下。貴方のその王冠も、メッキが剥げているので質入れの対象外です。ゴミ箱にでも捨てておきなさい」
私は、一度も彼らの瞳を見ることもなく、次の「再建計画書」へと視線を移した。
そこは今や、見る影もなく荒れ果てていた。
手入れの行き届かない庭園には雑草が繁り、正面玄関の巨大な扉は、誰かがこじ開けようとしたのか無残な傷跡が残っている。
「……。……。……。ひどいわね。一ヶ月放置しただけで、不動産価値が二割は下落しているわ」
私は馬車から降り立ち、手帳に「減価償却費の加算」と書き込んだ。
隣では、大公領の黒い軍服に身を包んだレオナード閣下が、不快そうに眉を寄せている。
「こんな不潔な場所に君を歩かせるのは、私の美学に反するのだが」
「仕事ですもの、閣下。それに、不衛生な現場ほど『改善の余地』という名の利益が埋まっているものですわ」
私たちが並んで玉座の間へと続く大階段を上がると、そこには数人の、疲れ果てた騎士たちが立ち塞がった。
「な……、何者だ! ここは王宮だぞ!」
「あら、顔なじみの騎士さんね。まだ辞めていなかったの? 忠誠心というより、単に行く宛がないだけかしら」
私が扇子をパッと開くと、騎士たちは絶句した。
「カ、カタリア様!? 国家反逆罪で指名手配されているはずの……!」
「その罪状、既に国際法廷で『根拠なし』の却下判決が出ていますわ。それよりも、こちらを見ていただけます?」
私はハンスに目配せをした。
ハンスは、巨大な債務関係の書類束を騎士たちの前に突きつけた。
「この王宮の敷地、建物、および中の備品一切は、現在『カタリア・コンサルティング』の差し押さえ物件となっています。貴方たちの給料を肩代わりしているのも、私ですわよ。……通してくださるかしら? オーナーの立ち入りを拒むなら、今すぐ解雇(クビ)にしますわ」
騎士たちは顔を見合わせ、音を立てて道を開けた。
玉座の間の扉を開けると、そこには、王冠を斜めに被ったセドリック殿下と、その膝にしがみつくリリア様がいた。
「あ、あ……! カタリア! 貴様、よくも面々と戻ってきおったな!」
セドリックは立ち上がり、私を指差して叫んだ。
「衛兵! 衛兵は何をしている! この反逆者を捕らえろ!」
「無駄ですよ、セドリック殿下。衛兵の方々は、既に私の『資産』を守るための警備員として再雇用いたしました。貴方の命令を聞く人間は、この部屋にはもう一人もおりませんわ」
私が一歩ずつ近づくと、リリア様が甲高い悲鳴を上げた。
「ひっ! 怖い、怖いお顔! セドリック様ぁ、助けてぇ! この悪役令嬢が、私に呪いをかけに来たんだわぁ!」
「呪い? いいえ、もっと恐ろしい『現実』を届けに来ただけですわ、リリア様」
私はレオナード閣下の差し出した椅子に優雅に腰掛け、殿下を見据えた。
「さて、セドリック殿下。積もる話は山ほどありますが、まずはビジネスの話から。……貴方がリリア様との遊興費のために乱発した王室債券、私が市場で全て買い取らせていただきました。合計、利息込みで五億八千万ゴルド」
「な……、五億だと!? そんな金、あるわけがないだろう!」
「ええ、知っておりますわ。ですから、本日この時をもって、貴国の『支払い不能(デフォルト)』を宣言させていただきます。……併せて、債権者である私の権利として、この国全土の経営権を私が接収いたしますわ」
「……。……。……経営権、接収……?」
セドリックの口が、金魚のようにパクパクと動く。
「簡単に言えば、貴方はもう王太子ではありません。この城の『居候』です。……それも、今日限りで退去していただくタイプのね」
「ふざけるな! 私は王族だ! 神に選ばれし血筋なのだぞ!」
「神様は通帳の残高までは保証してくれませんわ。……閣下、お願いします」
レオナード閣下は、冷徹な視線をセドリックに向けた。
「我が大公軍は既に王都を包囲している。抵抗すれば、不渡りを出した商人が処刑されるのと同様の末路を辿ることになるが……。どうする?」
レオナード閣下の殺気に、セドリックは腰を抜かして床にヘタり込んだ。
「カタリア様ぁ、意地悪しないでぇ!」
リリア様が、必死の形相ですがりついてくる。
「私、美味しいお菓子が食べたいだけなのぉ! お城から追い出されたら、私、死んじゃうわぁ!」
「死にませんわ。人間、働けば食べていけますもの。……丁度いいわね、リリア様。大公領の北部に、とても環境の良い『開拓地』があるんです。そこなら、貴方の有り余る体力を、クワを振るうという生産的な活動に回せますわ」
「く、クワ……? 泥だらけになるなんて、そんなの、聖女のすることじゃないわぁ!」「聖女ではなく、一人の『債務者』として、しっかり働いていただきますわよ」
私は手帳に「人的資源の有効活用プラン」のチェックマークを入れた。
目の前で泣き崩れる元婚約者と、その愛人。
かつて私を嘲笑った彼らの姿は、今や清算されるべき「負の遺産」にしか見えなかった。
「ハンス。二人を『移送車両』へ。……ああ、それからセドリック殿下。貴方のその王冠も、メッキが剥げているので質入れの対象外です。ゴミ箱にでも捨てておきなさい」
私は、一度も彼らの瞳を見ることもなく、次の「再建計画書」へと視線を移した。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
虐げられた伯爵令嬢は獅子公爵様に愛される
高福あさひ
恋愛
リリム王国辺境伯エインズワース伯爵家の長女、ユーニス・エインズワース。伯爵令嬢であるはずなのに、生活は使用人以下で、まともに育てられたことはない。それでも心優しく強かに育った彼女は、ある日、隣国との国境である森で二人の怪我をした男性を見つけて……?※不定期更新です。2024/5/14、18話が抜けていたため追加しました。
【2024/9/25 追記】
次回34話以降は10/30より、他サイト様と同時の更新予定です。
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました
おりあ
恋愛
アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。
だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。
失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。
赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。
そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。
一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。
静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。
これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!