悪役令嬢の新しい復讐!婚約破棄、感謝いたします! 

桃瀬ももな

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かつて私が「将来の職場」として通い詰めた王宮。
 
 そこは今や、見る影もなく荒れ果てていた。
 
 手入れの行き届かない庭園には雑草が繁り、正面玄関の巨大な扉は、誰かがこじ開けようとしたのか無残な傷跡が残っている。
 
「……。……。……。ひどいわね。一ヶ月放置しただけで、不動産価値が二割は下落しているわ」
 
 私は馬車から降り立ち、手帳に「減価償却費の加算」と書き込んだ。
 
 隣では、大公領の黒い軍服に身を包んだレオナード閣下が、不快そうに眉を寄せている。
 
「こんな不潔な場所に君を歩かせるのは、私の美学に反するのだが」
 
「仕事ですもの、閣下。それに、不衛生な現場ほど『改善の余地』という名の利益が埋まっているものですわ」
 
 私たちが並んで玉座の間へと続く大階段を上がると、そこには数人の、疲れ果てた騎士たちが立ち塞がった。
 
「な……、何者だ! ここは王宮だぞ!」
 
「あら、顔なじみの騎士さんね。まだ辞めていなかったの? 忠誠心というより、単に行く宛がないだけかしら」
 
 私が扇子をパッと開くと、騎士たちは絶句した。
 
「カ、カタリア様!? 国家反逆罪で指名手配されているはずの……!」
 
「その罪状、既に国際法廷で『根拠なし』の却下判決が出ていますわ。それよりも、こちらを見ていただけます?」
 
 私はハンスに目配せをした。
 
 ハンスは、巨大な債務関係の書類束を騎士たちの前に突きつけた。
 
「この王宮の敷地、建物、および中の備品一切は、現在『カタリア・コンサルティング』の差し押さえ物件となっています。貴方たちの給料を肩代わりしているのも、私ですわよ。……通してくださるかしら? オーナーの立ち入りを拒むなら、今すぐ解雇(クビ)にしますわ」
 
 騎士たちは顔を見合わせ、音を立てて道を開けた。
 
 玉座の間の扉を開けると、そこには、王冠を斜めに被ったセドリック殿下と、その膝にしがみつくリリア様がいた。
 
「あ、あ……! カタリア! 貴様、よくも面々と戻ってきおったな!」
 
 セドリックは立ち上がり、私を指差して叫んだ。
 
「衛兵! 衛兵は何をしている! この反逆者を捕らえろ!」
 
「無駄ですよ、セドリック殿下。衛兵の方々は、既に私の『資産』を守るための警備員として再雇用いたしました。貴方の命令を聞く人間は、この部屋にはもう一人もおりませんわ」
 
 私が一歩ずつ近づくと、リリア様が甲高い悲鳴を上げた。
 
「ひっ! 怖い、怖いお顔! セドリック様ぁ、助けてぇ! この悪役令嬢が、私に呪いをかけに来たんだわぁ!」
 
「呪い? いいえ、もっと恐ろしい『現実』を届けに来ただけですわ、リリア様」
 
 私はレオナード閣下の差し出した椅子に優雅に腰掛け、殿下を見据えた。
 
「さて、セドリック殿下。積もる話は山ほどありますが、まずはビジネスの話から。……貴方がリリア様との遊興費のために乱発した王室債券、私が市場で全て買い取らせていただきました。合計、利息込みで五億八千万ゴルド」
 
「な……、五億だと!? そんな金、あるわけがないだろう!」
 
「ええ、知っておりますわ。ですから、本日この時をもって、貴国の『支払い不能(デフォルト)』を宣言させていただきます。……併せて、債権者である私の権利として、この国全土の経営権を私が接収いたしますわ」
 
「……。……。……経営権、接収……?」
 
 セドリックの口が、金魚のようにパクパクと動く。
 
「簡単に言えば、貴方はもう王太子ではありません。この城の『居候』です。……それも、今日限りで退去していただくタイプのね」
 
「ふざけるな! 私は王族だ! 神に選ばれし血筋なのだぞ!」
 
「神様は通帳の残高までは保証してくれませんわ。……閣下、お願いします」
 
 レオナード閣下は、冷徹な視線をセドリックに向けた。
 
「我が大公軍は既に王都を包囲している。抵抗すれば、不渡りを出した商人が処刑されるのと同様の末路を辿ることになるが……。どうする?」
 
 レオナード閣下の殺気に、セドリックは腰を抜かして床にヘタり込んだ。
 
「カタリア様ぁ、意地悪しないでぇ!」
 
 リリア様が、必死の形相ですがりついてくる。
 
「私、美味しいお菓子が食べたいだけなのぉ! お城から追い出されたら、私、死んじゃうわぁ!」
 
「死にませんわ。人間、働けば食べていけますもの。……丁度いいわね、リリア様。大公領の北部に、とても環境の良い『開拓地』があるんです。そこなら、貴方の有り余る体力を、クワを振るうという生産的な活動に回せますわ」
 
「く、クワ……? 泥だらけになるなんて、そんなの、聖女のすることじゃないわぁ!」「聖女ではなく、一人の『債務者』として、しっかり働いていただきますわよ」
 
 私は手帳に「人的資源の有効活用プラン」のチェックマークを入れた。
 
 目の前で泣き崩れる元婚約者と、その愛人。
 
 かつて私を嘲笑った彼らの姿は、今や清算されるべき「負の遺産」にしか見えなかった。
 
「ハンス。二人を『移送車両』へ。……ああ、それからセドリック殿下。貴方のその王冠も、メッキが剥げているので質入れの対象外です。ゴミ箱にでも捨てておきなさい」
 
 私は、一度も彼らの瞳を見ることもなく、次の「再建計画書」へと視線を移した。
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