悪役令嬢の新しい復讐!婚約破棄、感謝いたします! 

桃瀬ももな

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嵐が去った後の玉座の間。
 
 赤字の元凶たる二人を北部の労働施設へと送り出し、私は一人、埃を払った王座の肘掛けに腰を下ろしていた。
 
 手元には、王国と大公領、そして私個人の三者間で行われる「最終契約書」が置かれている。
 
「……ふう。これでやっと、債権回収の目処が立ったわね。あとはこの国の産業構造を再編して、大公領への輸出を拡大させれば、三期後には完全黒字化が見込めるわ」
 
 私がペンを回しながら独り言を呟いていると、背後の影からレオナード閣下が音もなく現れた。
 
「……一人で祝杯も挙げずに計算か。君らしいと言えば、君らしいな」
 
「閣下。祝杯にかかるシャンパン代とグラスの破損リスクを考えれば、こうして数字を眺めている方がよっぽど酔えますわ。……それで? 何か御用かしら」
 
 レオナード閣下は、私の隣に歩み寄り、机の上に置かれた契約書に視線を落とした。
 
「君が私に提示した『大公妃就任に関する契約案』の件だ。……条件を精査したが、一点だけ納得がいかない部分がある」
 
「あら、どの条項かしら。年次の有給休暇? それとも、私の個人的なコンサルティング事業の継続許可? そこは譲歩いたしませんわよ」
 
 私が身構えると、閣下はゆっくりと首を振った。
 
「いいえ、そこではない。……君が提示した『私の雇用コスト』だ。基本給、成果報酬、福利厚生……。すべてを合算しても、君という資産の価値に対して安すぎる」
 
 私は、思わず持っていたペンを止めた。
 
「……安すぎる? 市場価格より三割は上乗せしたはずですが」
 
「君の知性、判断力、そしてその不敵な笑み。それらが生み出す無形資産(グッドウィル)が計算に入っていない。……カタリア、私は君を『格安の専門家』として隣に置くつもりはないんだ」
 
 レオナード閣下は、私の手からペンを奪い取ると、それを机に置いた。
 
 そして、私の両手をそっと包み込むように握る。
 
「……。……。……閣下。何を不合理なことを。無形資産の評価額は主観に左右されるものですわ。客観的な数字が出せないものに、高い値段をつけるのはリスキーです」
 
「ならば、私がそのリスクを一生かけて引き受けよう。……君は、自分に値段をつけようとしているが、一つ忘れている項目がある」
 
「忘れている項目……?」
 
「『愛』だ」
 
 ……。
 
 ……。
 
 私は、心臓が大きく一度だけ跳ねるのを感じた。
 
「……。……。……愛。……閣下。愛とは、脳内分泌物による一時的な錯覚であり、非常に不安定な変数ですわ。そんなものを経営指標(KPI)に組み込むなんて、プロの経営者として失格ですわよ」
 
「錯覚であっても、それが長期的なモチベーションの源泉になるなら、投資対象としては最優先だ。……カタリア。君はさっき、『愛に値段はつけられない』と言いたいのか、それとも『価値がない』と言いたいのか、どちらだ?」
 
 閣下の氷の瞳が、今は優しく、逃げ場をなくすように私を射抜いている。
 
「……。……。……値段がつけられない、と言っているのです。計算不能(エラー)になるからですわ」
 
「なら、計算するのをやめればいい」
 
 レオナード閣下は、私の額に自分の額をコツンと当てた。
 
「君が私に提供する『愛』に対し、私は私の全人生という資産を投じよう。……これは、対等な取引ではなく、お互いの人生を合併(マージ)させるための儀式だ」
 
「……マージ……。……合併……。……ふ。……貴方のプロポーズは、相変わらず事務的で……でも、最高に説得力がありますわね」
 
 私は、握られた手に少しだけ力を込めた。
 
「いいでしょう。その『愛』という名の不確かな資産、私のポートフォリオに組み込んであげますわ。……ただし、損失が出たら承知いたしませんわよ?」
 
「損失など出させない。……私が、君に世界一の『利益』を約束する」
 
 私たちは、王座の前で静かに笑い合った。
 
 愛に値段はつけられない。
 
 けれど、その価値を最大化させるための方法は、私たちが一番よく知っている。
 
「……さて、閣下。そうと決まれば、次は披露宴のコストカット案についてお話ししましょう。あんな無駄な儀式に、大公領の予算を投じるわけにはいきませんから」
 
「……。……。……やはり、そう来るか」
 
 閣下は呆れたように肩をすくめたが、その表情は、この世のどんな財宝を手に入れた時よりも幸せそうだった。
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