27 / 28
27
しおりを挟む
「……却下です。閣下、正気ですか? この披露宴の予算案、ゼロが二つも多いですわよ」
私は王宮の私室で、レオナード閣下が提示してきた『世紀の成婚パレード実施計画書』を突き返した。
そこには、隣国から取り寄せた最高級の絹、街中に振る舞われる酒と肉、さらには魔導師たちを総動員した空中庭園の設営など、非合理の極致とも言える支出が並んでいた。
「カタリア。これは無駄遣いではない。投資だ」
閣下は能面のような顔のまま、しかし確固たる意志を込めて言い切った。
「投資? ただ一日、贅沢な食事をして着飾るだけのイベントに、何のリターン(見返り)があるとお仰るの?」
「広報戦略だ。……いいか、この国は一度破綻した。国民は未来に絶望し、近隣諸国はハイエナのように領土を狙っている。そこで、私が君を『最大級の礼遇』で迎える姿を見せつける。それは即ち、我が大公領の圧倒的な財力と、新体制の安定を世界に知らしめるデモンストレーション(示威行為)になる」
……。
……。
私は、ぐうの音も出なかった。
「……。……。なるほど。『ヴェブレン効果(見せびらかしの消費)』を逆手に取った、国際的な信用補完というわけね」
「そうだ。カタリア。君という『唯一無二の国益』を手に入れた私が、ケチな式を挙げてみろ。市場は『大公領も実は資金繰りが苦しいのではないか』と勘繰り、株価も通貨価値も暴落するだろう。それは君の望むところか?」
「……。……。……いいえ。私の資産価値が下がるような真似は、プロとして許容できませんわ」
私は悔しいことに、彼の論理に納得せざるを得なかった。
「よし。理解してくれたようで何よりだ。……では、このダイヤモンド百個付きの特注ウェディングドレスも、必要経費として承認してもらえるな?」
「……。……。それに関しては、まだ議論の余地がありますわ。ダイヤモンドは資産としての流動性は高いですが、ドレスに縫い付けてしまったら加工賃の分だけ目減りします。せめて取り外し可能な装飾にして、式が終わったら金庫に保管すべき……」
「カタリア」
レオナード閣下は、私の言葉を遮り、不意に私の腰を引き寄せた。
至近距離で見つめられる氷の瞳。そこには、経営学的な合理性とは全く別の「熱」が宿っている。
「……。……。な、なんですの」
「戦略だの広報だのと並べ立てたが……。……本当は、ただ君を、世界で一番美しく飾り立てたいだけなんだ」
「……。……。……は?」
「私はこれまで、自分自身の感情に一銭の価値もつけてこなかった。だが、君を笑顔にするためなら、大公領の国家予算を半分溶かしても惜しくないと思っている。……これは、私の人生で初めての『非合理な浪費』だ。許してくれないか?」
……。
……。
……反則だわ。
冷徹な合理主義者が、こんなに切なそうな顔で「贅沢をさせてくれ」と頼んでくるなんて。
「……。……。……。閣下。貴方は、本当にとんでもない不良債権(ひと)ね」
私は彼の胸に顔を埋め、小さくため息をついた。
「いいでしょう。その『非合理な浪費』、私が最高に効率よく演出して差し上げますわ。……ただし、ダイヤモンドは八十個に減らして。その分、余った予算で国民に『再建記念のパン』を配ります。その方が、将来的な支持率向上(バリューアップ)に繋がりますから」
「……。……ふ。妥協案としては完璧だ。……愛しているよ、カタリア」
「……。……。私も、その……貴方の『判断力』だけは、高く評価していますわ」
私が顔を真っ赤にして答えると、閣下は満足げに私の額に口付けた。
かつて、セドリック殿下から「可愛げのない女」と切り捨てられた私は、今、世界で最も高く、そして最も深く、一人の男に「査定」されている。
愛という名の最大予算(ビッグバジェット)。
それをどう運用していくか。
私たちの「共同事業」は、いよいよ最高潮の式典へと向かおうとしていた。
私は王宮の私室で、レオナード閣下が提示してきた『世紀の成婚パレード実施計画書』を突き返した。
そこには、隣国から取り寄せた最高級の絹、街中に振る舞われる酒と肉、さらには魔導師たちを総動員した空中庭園の設営など、非合理の極致とも言える支出が並んでいた。
「カタリア。これは無駄遣いではない。投資だ」
閣下は能面のような顔のまま、しかし確固たる意志を込めて言い切った。
「投資? ただ一日、贅沢な食事をして着飾るだけのイベントに、何のリターン(見返り)があるとお仰るの?」
「広報戦略だ。……いいか、この国は一度破綻した。国民は未来に絶望し、近隣諸国はハイエナのように領土を狙っている。そこで、私が君を『最大級の礼遇』で迎える姿を見せつける。それは即ち、我が大公領の圧倒的な財力と、新体制の安定を世界に知らしめるデモンストレーション(示威行為)になる」
……。
……。
私は、ぐうの音も出なかった。
「……。……。なるほど。『ヴェブレン効果(見せびらかしの消費)』を逆手に取った、国際的な信用補完というわけね」
「そうだ。カタリア。君という『唯一無二の国益』を手に入れた私が、ケチな式を挙げてみろ。市場は『大公領も実は資金繰りが苦しいのではないか』と勘繰り、株価も通貨価値も暴落するだろう。それは君の望むところか?」
「……。……。……いいえ。私の資産価値が下がるような真似は、プロとして許容できませんわ」
私は悔しいことに、彼の論理に納得せざるを得なかった。
「よし。理解してくれたようで何よりだ。……では、このダイヤモンド百個付きの特注ウェディングドレスも、必要経費として承認してもらえるな?」
「……。……。それに関しては、まだ議論の余地がありますわ。ダイヤモンドは資産としての流動性は高いですが、ドレスに縫い付けてしまったら加工賃の分だけ目減りします。せめて取り外し可能な装飾にして、式が終わったら金庫に保管すべき……」
「カタリア」
レオナード閣下は、私の言葉を遮り、不意に私の腰を引き寄せた。
至近距離で見つめられる氷の瞳。そこには、経営学的な合理性とは全く別の「熱」が宿っている。
「……。……。な、なんですの」
「戦略だの広報だのと並べ立てたが……。……本当は、ただ君を、世界で一番美しく飾り立てたいだけなんだ」
「……。……。……は?」
「私はこれまで、自分自身の感情に一銭の価値もつけてこなかった。だが、君を笑顔にするためなら、大公領の国家予算を半分溶かしても惜しくないと思っている。……これは、私の人生で初めての『非合理な浪費』だ。許してくれないか?」
……。
……。
……反則だわ。
冷徹な合理主義者が、こんなに切なそうな顔で「贅沢をさせてくれ」と頼んでくるなんて。
「……。……。……。閣下。貴方は、本当にとんでもない不良債権(ひと)ね」
私は彼の胸に顔を埋め、小さくため息をついた。
「いいでしょう。その『非合理な浪費』、私が最高に効率よく演出して差し上げますわ。……ただし、ダイヤモンドは八十個に減らして。その分、余った予算で国民に『再建記念のパン』を配ります。その方が、将来的な支持率向上(バリューアップ)に繋がりますから」
「……。……ふ。妥協案としては完璧だ。……愛しているよ、カタリア」
「……。……。私も、その……貴方の『判断力』だけは、高く評価していますわ」
私が顔を真っ赤にして答えると、閣下は満足げに私の額に口付けた。
かつて、セドリック殿下から「可愛げのない女」と切り捨てられた私は、今、世界で最も高く、そして最も深く、一人の男に「査定」されている。
愛という名の最大予算(ビッグバジェット)。
それをどう運用していくか。
私たちの「共同事業」は、いよいよ最高潮の式典へと向かおうとしていた。
1
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からなくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした
ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。
自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。
そんなある日、彼女は見てしまう。
婚約者に詰め寄る聖女の姿を。
「いつになったら婚約破棄するの!?」
「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」
なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。
それを目撃したリンシアは、決意する。
「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」
もう泣いていた過去の自分はいない。
前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。
☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m
☆10万文字前後完結予定です
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる