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「カタリーナ・フォン・シュバルツ公爵令嬢! 貴様との婚約を、本日この時をもって破棄させてもらう!」
きらびやかなシャンデリアが輝く夜会会場。その中央で、私の婚約者であるアルフォンス・レオン・ド・パルマ第一王子が、朗々とそう叫んだ。
その隣には、可憐な花のような微笑みを浮かべた男爵令嬢、ミリア様がぴったりと寄り添っている。
周囲の貴族たちは息を呑み、一瞬にして会場は静まり返った。
……ああ、ついに来た。
この瞬間のために、私は日々、悪役令嬢としての研鑽を積んできたのだ。
「……そうですか。それは、それは、唐突なことでございますわね」
私は扇子をバサリと広げ、口元を隠した。
自分で言うのもなんだが、私の目つきは生まれつき鋭い。
扇子で顔の下半分を隠せば、それはもう「不敵に笑う悪女」そのものに見えるはずだ。
だが、実際のところ、私の膝はガタガタと震えていた。
緊張が限界突破しそうである。
「白々しいぞ、カタリーナ! ミリアに対する数々の嫌がらせ、私はすべて把握している!」
アルフォンス殿下の声が会場に響き渡る。
相変わらず、無駄に良い声をしている。
彫刻のように整った顔立ち。冷徹さを感じさせる碧眼。
そんな彼に睨まれるのは、心臓に非常に悪い。
「私の……嫌がらせ、ですか?」
私は震える声を必死に押し殺し、冷徹なトーンを維持する。
「そうだ! ミリアが大切に育てていた花壇を荒らし、教科書を隠し、さらには階段から突き落とそうとしただろう!」
……そんな身に覚えのない、テンプレートな悪事。
私は内心で首を傾げた。
花壇? 私はむしろ、ミリア様の育てていた花が枯れそうだったから、夜中にこっそり栄養剤を与えていたくらいだ。
教科書? 彼女が図書室に忘れていたから、届けてあげようとカバンに入れたところで声をかけられ、気まずくて戻しただけだ。
階段? あれは彼女が勝手に足をもつれさせて転びそうになったのを、私が全力で支えようとして、勢い余って二人でダンスのようなポーズになってしまった事件のことだろうか。
「否定はさせない! ここには証拠があるのだ!」
殿下が懐から一通の書状を取り出した。
「さあ、言い残すことはあるか! この稀代の悪女め!」
周囲から蔑みの視線が突き刺さる。
本来なら、ここで私は泣き崩れるか、あるいは狂ったように笑うべきなのだろう。
よし、練習した通りにやってみよう。
「ふ、ふふふ……。あーっはっはっは! 証拠ですって? そんなもの、いくらでも偽造できるではありませんか!」
精一杯の高笑い。
しかし、緊張のせいで少し声が裏返ってしまった。
恥ずかしい。今すぐ穴に入りたい。
「……ほう。認めないというわけか」
アルフォンス殿下が、一歩こちらへ歩み寄る。
その目は相変わらず鋭く、私を射抜こうとしている。
だが。
その瞬間、私は見てしまった。
アルフォンス殿下が、背後にある自分の右手を、腰のあたりでグッと握りしめたのを。
……ガッツポーズ?
え? 今、殿下、ガッツポーズしました?
「ミリア。君の受けた心の傷は、私が必ず癒やそう。これからは、君が私の隣にふさわしい」
殿下はミリア様の肩を抱き寄せた。
ミリア様は勝ち誇ったような笑みを私に向け、殿下の胸に顔を埋める。
「まあ、殿下……。私、怖かったですわ。カタリーナ様に、あんなに恐ろしい目で見られて……」
「大丈夫だ。あんな女、二度と君の前に現れさせはしない」
殿下はそう言って、再び私に向き直った。
「カタリーナ! 貴様を今この場で、国外追放に処す!」
……はい?
国外追放?
婚約破棄までは予想していたが、まさか国外追放まで飛ぶとは。
さすがに公爵令嬢を裁判もなしに国外追放にするのは無理があるのではないか。
お父様が黙っていないはずだ。
「さあ、行け! 二度とその醜い顔を私の前に見せるな!」
殿下は厳しく私を指差した。
……いや、やっぱりおかしい。
指を差しているその手の指先が、微妙に震えている。
しかも、その目は私を軽蔑しているというより……。
なんだか、「よくやった! 今のセリフ回し、100点満点だ!」と言わんばかりの、熱い輝きを帯びている気がする。
「……わかりましたわ。そこまで仰るのなら、謹んでお受けいたします。さようなら、アルフォンス殿下。どうぞ、その方とお幸せに!」
私は精一杯の虚勢を張り、ドレスの裾を翻した。
ここでしなやかに去るのが、悪役令嬢としての最後の大仕事だ。
会場を去り際、私はもう一度だけ、殿下の顔を盗み見た。
殿下は、ミリア様の肩を抱いたまま。
「(……よしっ!)」
声には出さず、口の形だけでそう呟いたように見えた。
そして、その顔は、まるで長年の念願が叶ったかのような、満面の笑みに彩られていた。
……え、何?
あんなに嬉しそうにするほど、私と別れたかったの?
それとも、何か別の理由があるの?
混乱する頭を抱えたまま、私は夜会の会場を飛び出した。
冷たい夜風が、火照った頬に心地よい。
「……とりあえず、荷物をまとめなきゃ」
国外追放と言われたのだ。
明日には、私はこの国にいないかもしれない。
だが、不思議と悲しくはなかった。
あの殿下の、最後に見せた謎の笑顔。
それが頭から離れず、私の胸はざわついていた。
これが、私の「終わり」ではなく。
とんでもない「始まり」であることを、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
きらびやかなシャンデリアが輝く夜会会場。その中央で、私の婚約者であるアルフォンス・レオン・ド・パルマ第一王子が、朗々とそう叫んだ。
その隣には、可憐な花のような微笑みを浮かべた男爵令嬢、ミリア様がぴったりと寄り添っている。
周囲の貴族たちは息を呑み、一瞬にして会場は静まり返った。
……ああ、ついに来た。
この瞬間のために、私は日々、悪役令嬢としての研鑽を積んできたのだ。
「……そうですか。それは、それは、唐突なことでございますわね」
私は扇子をバサリと広げ、口元を隠した。
自分で言うのもなんだが、私の目つきは生まれつき鋭い。
扇子で顔の下半分を隠せば、それはもう「不敵に笑う悪女」そのものに見えるはずだ。
だが、実際のところ、私の膝はガタガタと震えていた。
緊張が限界突破しそうである。
「白々しいぞ、カタリーナ! ミリアに対する数々の嫌がらせ、私はすべて把握している!」
アルフォンス殿下の声が会場に響き渡る。
相変わらず、無駄に良い声をしている。
彫刻のように整った顔立ち。冷徹さを感じさせる碧眼。
そんな彼に睨まれるのは、心臓に非常に悪い。
「私の……嫌がらせ、ですか?」
私は震える声を必死に押し殺し、冷徹なトーンを維持する。
「そうだ! ミリアが大切に育てていた花壇を荒らし、教科書を隠し、さらには階段から突き落とそうとしただろう!」
……そんな身に覚えのない、テンプレートな悪事。
私は内心で首を傾げた。
花壇? 私はむしろ、ミリア様の育てていた花が枯れそうだったから、夜中にこっそり栄養剤を与えていたくらいだ。
教科書? 彼女が図書室に忘れていたから、届けてあげようとカバンに入れたところで声をかけられ、気まずくて戻しただけだ。
階段? あれは彼女が勝手に足をもつれさせて転びそうになったのを、私が全力で支えようとして、勢い余って二人でダンスのようなポーズになってしまった事件のことだろうか。
「否定はさせない! ここには証拠があるのだ!」
殿下が懐から一通の書状を取り出した。
「さあ、言い残すことはあるか! この稀代の悪女め!」
周囲から蔑みの視線が突き刺さる。
本来なら、ここで私は泣き崩れるか、あるいは狂ったように笑うべきなのだろう。
よし、練習した通りにやってみよう。
「ふ、ふふふ……。あーっはっはっは! 証拠ですって? そんなもの、いくらでも偽造できるではありませんか!」
精一杯の高笑い。
しかし、緊張のせいで少し声が裏返ってしまった。
恥ずかしい。今すぐ穴に入りたい。
「……ほう。認めないというわけか」
アルフォンス殿下が、一歩こちらへ歩み寄る。
その目は相変わらず鋭く、私を射抜こうとしている。
だが。
その瞬間、私は見てしまった。
アルフォンス殿下が、背後にある自分の右手を、腰のあたりでグッと握りしめたのを。
……ガッツポーズ?
え? 今、殿下、ガッツポーズしました?
「ミリア。君の受けた心の傷は、私が必ず癒やそう。これからは、君が私の隣にふさわしい」
殿下はミリア様の肩を抱き寄せた。
ミリア様は勝ち誇ったような笑みを私に向け、殿下の胸に顔を埋める。
「まあ、殿下……。私、怖かったですわ。カタリーナ様に、あんなに恐ろしい目で見られて……」
「大丈夫だ。あんな女、二度と君の前に現れさせはしない」
殿下はそう言って、再び私に向き直った。
「カタリーナ! 貴様を今この場で、国外追放に処す!」
……はい?
国外追放?
婚約破棄までは予想していたが、まさか国外追放まで飛ぶとは。
さすがに公爵令嬢を裁判もなしに国外追放にするのは無理があるのではないか。
お父様が黙っていないはずだ。
「さあ、行け! 二度とその醜い顔を私の前に見せるな!」
殿下は厳しく私を指差した。
……いや、やっぱりおかしい。
指を差しているその手の指先が、微妙に震えている。
しかも、その目は私を軽蔑しているというより……。
なんだか、「よくやった! 今のセリフ回し、100点満点だ!」と言わんばかりの、熱い輝きを帯びている気がする。
「……わかりましたわ。そこまで仰るのなら、謹んでお受けいたします。さようなら、アルフォンス殿下。どうぞ、その方とお幸せに!」
私は精一杯の虚勢を張り、ドレスの裾を翻した。
ここでしなやかに去るのが、悪役令嬢としての最後の大仕事だ。
会場を去り際、私はもう一度だけ、殿下の顔を盗み見た。
殿下は、ミリア様の肩を抱いたまま。
「(……よしっ!)」
声には出さず、口の形だけでそう呟いたように見えた。
そして、その顔は、まるで長年の念願が叶ったかのような、満面の笑みに彩られていた。
……え、何?
あんなに嬉しそうにするほど、私と別れたかったの?
それとも、何か別の理由があるの?
混乱する頭を抱えたまま、私は夜会の会場を飛び出した。
冷たい夜風が、火照った頬に心地よい。
「……とりあえず、荷物をまとめなきゃ」
国外追放と言われたのだ。
明日には、私はこの国にいないかもしれない。
だが、不思議と悲しくはなかった。
あの殿下の、最後に見せた謎の笑顔。
それが頭から離れず、私の胸はざわついていた。
これが、私の「終わり」ではなく。
とんでもない「始まり」であることを、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
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