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ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は一人、頭を抱えていた。
夜会の会場を飛び出してから数十分。
脳裏に焼き付いて離れないのは、婚約破棄を突きつけてきた元婚約者、アルフォンス殿下のあの顔だ。
「……あんなに嬉しそうにする?」
普通、婚約破棄というものは、もっとドロドロとした憎悪や、あるいは深い悲しみに満ちているものではないのだろうか。
それなのに、あの時の殿下の瞳は、まるできらきらと輝く宝石のようだった。
思い返してみれば、国外追放を宣言された直後、殿下は確かに言ったのだ。
小さな声で、しかし拳を固く握りしめながら、「よっしゃあ!」と。
「聞き間違い……じゃないわよね、絶対に」
私は窓の外に流れる夜の街並みを眺めながら、深いため息をついた。
私の家、シュバルツ公爵家は、この国でも指折りの権力を持つ名門だ。
その令嬢である私が国外追放になれば、国家間の問題にもなりかねない。
なのに、あの殿下の浮かれようは何なのだろう。
馬車が公爵邸の門をくぐり、玄関前に止まる。
私は覚悟を決めて馬車を降りた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。……その、お話はすでに聞き及んでおります」
玄関で待っていたのは、我が家の老執事だった。
彼の表情は暗い。当然だ。主君の娘が、公衆の面前で辱めを受けたのだから。
「お父様は……どちらにいらっしゃいますの?」
「旦那様は書斎にいらっしゃいます。……ですが、その」
執事が言いよどむ。
「お怒り……ですわよね?」
「いえ。……むしろ、非常に困惑されておりまして」
困惑?
私は首をかしげながら、父の書斎へと向かった。
重厚な扉をノックし、中に入る。
「お父様。ただいま戻りました……」
そこには、普段の威厳はどこへやら、机の上に山積みにされた手紙を前に頭を抱える父の姿があった。
「おお、カタリーナか。戻ったか」
「あの……お父様。夜会での一件ですが。私、国外追放を……」
言いかけた私の言葉を、父が遮った。
「それなんだがな、カタリーナ。夜会の真っ最中に、アルフォンス殿下から『早馬』が届いたのだ」
「早馬? 会場からここまで、馬車でも一時間はかかりますのに?」
「ああ。よほど急ぎだったのだろう。内容はこうだ」
父が一枚の手紙を差し出してきた。
そこには、殿下の流麗な筆跡で、信じられないような一文が綴られていた。
『作戦はすべて成功した。カタリーナを、今この瞬間から「すべての義務」から解放した。これからは私のターンだ。彼女に手を出そうとする不届き者は、国王の名において私がすべて排除する。お義父上、よろしくお願いします!』
……お義父上?
私は手紙を持つ手が震えるのを感じた。
「あの……お父様。これ、どういう意味だと思われますか?」
「私に聞くな。……あ、もう一通来たぞ」
再びノックの音が響き、別の使用人が慌てた様子で入ってきた。
「失礼します! アルフォンス殿下からの使者が、大量の荷物を届けてまいりました!」
「またか! 今度は何だ!」
父と共に玄関ホールへ戻ると、そこには豪華な装飾が施された箱が山積みになっていた。
「これは一体……」
「殿下からの伝言です!『国外追放という名の、期間限定・秘密の避暑旅行へのプレゼントだ。君の好きなブランドのドレスと、一ヶ月分の最高級お菓子を詰め込んでおいた。明日、迎えに行くから楽しみにしていてくれ、僕の愛しい悪女(ヒロイン)様!』とのことです!」
使いの者は、一言一句違わず叫ぶように言い切り、深々と頭を下げて去っていった。
ホールに沈黙が流れる。
……婚約破棄。
……国外追放。
その言葉の響きとは裏腹に、押し寄せてくるのは怒濤の「贈り物」と「愛の言葉」の嵐。
私は震える手で、近くにあった箱を一つ開けてみた。
中には、私が以前「いいな」と独り言を言っていた、限定品のサファイアのブローチが入っていた。
「……お父様」
「何だ、カタリーナ」
「私、やっぱり国外追放されるのですよね?」
父は遠い目をして、山積みのプレゼントを眺めた。
「書類上は、そうなっているな。だが、この状況を国外追放と呼ぶ者は、世界中のどこにもいないだろうな……」
私は力なく、その場に座り込んだ。
アルフォンス殿下。
あの、冷徹で知られる王国の第一王子。
彼がいったい何を考えているのか、私にはさっぱりわからなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
明日、彼は「迎えに来る」と言ったのだ。
国外追放されるはずの令嬢を、追放した本人の王子が、自ら。
「……ユーモアが過ぎますわ、殿下」
私はブローチを握りしめ、明日への不安と、なぜか少しだけ高鳴る鼓動を感じていた。
夜会の会場を飛び出してから数十分。
脳裏に焼き付いて離れないのは、婚約破棄を突きつけてきた元婚約者、アルフォンス殿下のあの顔だ。
「……あんなに嬉しそうにする?」
普通、婚約破棄というものは、もっとドロドロとした憎悪や、あるいは深い悲しみに満ちているものではないのだろうか。
それなのに、あの時の殿下の瞳は、まるできらきらと輝く宝石のようだった。
思い返してみれば、国外追放を宣言された直後、殿下は確かに言ったのだ。
小さな声で、しかし拳を固く握りしめながら、「よっしゃあ!」と。
「聞き間違い……じゃないわよね、絶対に」
私は窓の外に流れる夜の街並みを眺めながら、深いため息をついた。
私の家、シュバルツ公爵家は、この国でも指折りの権力を持つ名門だ。
その令嬢である私が国外追放になれば、国家間の問題にもなりかねない。
なのに、あの殿下の浮かれようは何なのだろう。
馬車が公爵邸の門をくぐり、玄関前に止まる。
私は覚悟を決めて馬車を降りた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。……その、お話はすでに聞き及んでおります」
玄関で待っていたのは、我が家の老執事だった。
彼の表情は暗い。当然だ。主君の娘が、公衆の面前で辱めを受けたのだから。
「お父様は……どちらにいらっしゃいますの?」
「旦那様は書斎にいらっしゃいます。……ですが、その」
執事が言いよどむ。
「お怒り……ですわよね?」
「いえ。……むしろ、非常に困惑されておりまして」
困惑?
私は首をかしげながら、父の書斎へと向かった。
重厚な扉をノックし、中に入る。
「お父様。ただいま戻りました……」
そこには、普段の威厳はどこへやら、机の上に山積みにされた手紙を前に頭を抱える父の姿があった。
「おお、カタリーナか。戻ったか」
「あの……お父様。夜会での一件ですが。私、国外追放を……」
言いかけた私の言葉を、父が遮った。
「それなんだがな、カタリーナ。夜会の真っ最中に、アルフォンス殿下から『早馬』が届いたのだ」
「早馬? 会場からここまで、馬車でも一時間はかかりますのに?」
「ああ。よほど急ぎだったのだろう。内容はこうだ」
父が一枚の手紙を差し出してきた。
そこには、殿下の流麗な筆跡で、信じられないような一文が綴られていた。
『作戦はすべて成功した。カタリーナを、今この瞬間から「すべての義務」から解放した。これからは私のターンだ。彼女に手を出そうとする不届き者は、国王の名において私がすべて排除する。お義父上、よろしくお願いします!』
……お義父上?
私は手紙を持つ手が震えるのを感じた。
「あの……お父様。これ、どういう意味だと思われますか?」
「私に聞くな。……あ、もう一通来たぞ」
再びノックの音が響き、別の使用人が慌てた様子で入ってきた。
「失礼します! アルフォンス殿下からの使者が、大量の荷物を届けてまいりました!」
「またか! 今度は何だ!」
父と共に玄関ホールへ戻ると、そこには豪華な装飾が施された箱が山積みになっていた。
「これは一体……」
「殿下からの伝言です!『国外追放という名の、期間限定・秘密の避暑旅行へのプレゼントだ。君の好きなブランドのドレスと、一ヶ月分の最高級お菓子を詰め込んでおいた。明日、迎えに行くから楽しみにしていてくれ、僕の愛しい悪女(ヒロイン)様!』とのことです!」
使いの者は、一言一句違わず叫ぶように言い切り、深々と頭を下げて去っていった。
ホールに沈黙が流れる。
……婚約破棄。
……国外追放。
その言葉の響きとは裏腹に、押し寄せてくるのは怒濤の「贈り物」と「愛の言葉」の嵐。
私は震える手で、近くにあった箱を一つ開けてみた。
中には、私が以前「いいな」と独り言を言っていた、限定品のサファイアのブローチが入っていた。
「……お父様」
「何だ、カタリーナ」
「私、やっぱり国外追放されるのですよね?」
父は遠い目をして、山積みのプレゼントを眺めた。
「書類上は、そうなっているな。だが、この状況を国外追放と呼ぶ者は、世界中のどこにもいないだろうな……」
私は力なく、その場に座り込んだ。
アルフォンス殿下。
あの、冷徹で知られる王国の第一王子。
彼がいったい何を考えているのか、私にはさっぱりわからなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
明日、彼は「迎えに来る」と言ったのだ。
国外追放されるはずの令嬢を、追放した本人の王子が、自ら。
「……ユーモアが過ぎますわ、殿下」
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