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王宮から公爵家の屋敷に戻るなり、私は執事のセバスを呼びつけました。
「セバス! 朗報ですわ! 私、たった今、婚約破棄と国外追放をセットでいただいてまいりましたの。これぞまさに、公爵令嬢としてのキャリアにおける最大の転換点。人生という名の舞台における第二幕の幕開けですわ。さあ、今すぐ旅の準備を始めましょう!」
セバスは、手に持っていた銀のトレイを落としそうになりながら、目を見開きました。
「お、お嬢様……? 国外追放、とおっしゃいましたか? それは……つまり、この国を去らねばならないという、あの恐ろしい刑罰のことでしょうか?」
「何を悲観的な顔をしていらっしゃいますの。追放とは、言い換えれば『公式な長期休暇および移住の推奨』ですわ。幸いなことに、私は以前から隣国の経済状況に興味がありましたし、あちらの言葉の訛りについても研究したいと思っていましたの。さあ、まずは私の膨大な蔵書の中から、旅に携行すべき精鋭たちを百二十冊ほど選定しますわ。それから、道中の暇つぶしに必要な編み物セットと、独り言のバリエーションを増やすための演劇台本も欠かせませんわね!」
「百二十冊……!? お嬢様、それは馬車が重量オーバーで動きません!」
「あら、計算が甘いですわよ、セバス。書籍の平均的な重さと、私の体重、そして護衛の方々の装備重量を鑑みれば、あと十冊は増やせますわ。それよりも問題は、私のこの溢れんばかりの知見を誰に引き継ぐかですわ。お父様はどこ? お父様に、私の不在の間にこの家がどれほど静まり返り、精神的な刺激が不足して老化が早まるかについて、三時間ほど講義をしなくてはなりません!」
私が廊下を早足で歩き出すと、向こうからお父様がやってきました。
「ラージュ、王宮から連絡が来た。……追放だそうだな」
お父様の声は、どこか……いえ、確実にかすかに震えていました。それは悲しみというより、むしろ「ついにこの日が来たか」という解放感に近い響きが含まれているように思えてなりません。
「お父様! お聞きになりました? セドリック殿下ったら、私のことを無慈悲だとおっしゃるのです。心外ですわよね? 私はただ、彼の人生における非効率な部分を指摘し、より良き君主となるための助言を、一日平均六時間ほど提供し続けていただけなのに。それを『うるさい』の一言で片付けるなんて、現代の言語教育の敗北と言っても過言ではありませんわ!」
お父様は、私の肩をポンと叩きました。
「……ラージュ。お前は少し、遠くの国でその才能を……そう、爆発させてくるといい。隣国の辺境伯、ギルバート殿とは古くからの友人だ。彼に紹介状を書いておいた。彼は非常に……静かな男だからな。お前が行けば、彼もさぞかし……驚く、いや、喜ぶだろう」
「あら、無口な方なのですか? それは素晴らしいですわ! 私の話に一切の遮り(さえぎり)を入れない、最高のリスナーということですわね? お父様、感謝いたしますわ。私、そのギルバート様という方の耳に、私のマシンガントークという名の音楽を一生分流し込んで差し上げます!」
「……ああ、彼が耐えられることを祈っているよ。さあ、支度ができたなら、すぐに出発しなさい。夜明けを待つ必要はない。今すぐだ。今すぐ行ってくれ。……頼む」
お父様の熱烈な(?)見送りを受け、私は山のような荷物と共に馬車に乗り込みました。
御者台に座っているのは、若い御者のトムです。彼は私の顔を見るなり、ひきつった笑みを浮かべました。
「お、お嬢様、よろしくお願いします……。隣国までは三日ほどの道のりですが……」
「三日! 三日もあれば、トム、あなたの人生観を根底から覆すほどの対話が可能ですわね! まずは、この馬車の車輪の構造がいかに古典的かという点から話を始めましょうか。それとも、道中に見える星々の運行が、私たちの運勢に与える微細な影響について語り合います? ああ、退屈する暇なんてありませんわよ!」
「ひっ……! お嬢様、安全運転に集中させていただいてもよろしいでしょうか……?」
「もちろんですわ! あなたの集中力を高めるために、私が横で『集中力を維持するための精神論』を延々と朗読してあげますわね。さあ、出発進行! 新天地への第一歩、そして私の独演会の始まりですわ!」
馬車が動き出すと同時に、私は第一章『沈黙がいかに人間を堕落させるか』についてのスピーチを開始しました。
窓の外に遠ざかっていく公爵家の人々が、なぜか全員で万歳三唱をしているように見えましたが……きっと、私の輝かしい門出を祝ってくれているのでしょう。
「トム! 聞いていらっしゃいます? そもそも人間という生き物は、一日に一万語以上喋らないと、脳の言語野が萎縮し始めるという説がありますの。特に私の家系は……」
「お嬢様……まだ門を出て十メートルです……」
「あら、十メートルを移動する間にどれほどの原子が入れ替わったと思っているのですか? その哲学的な意味を考えれば、十メートルは宇宙の果てまでの距離に匹敵しますわ!」
こうして、私の「追放という名の独演会ツアー」は、華々しく幕を開けたのでした。
「セバス! 朗報ですわ! 私、たった今、婚約破棄と国外追放をセットでいただいてまいりましたの。これぞまさに、公爵令嬢としてのキャリアにおける最大の転換点。人生という名の舞台における第二幕の幕開けですわ。さあ、今すぐ旅の準備を始めましょう!」
セバスは、手に持っていた銀のトレイを落としそうになりながら、目を見開きました。
「お、お嬢様……? 国外追放、とおっしゃいましたか? それは……つまり、この国を去らねばならないという、あの恐ろしい刑罰のことでしょうか?」
「何を悲観的な顔をしていらっしゃいますの。追放とは、言い換えれば『公式な長期休暇および移住の推奨』ですわ。幸いなことに、私は以前から隣国の経済状況に興味がありましたし、あちらの言葉の訛りについても研究したいと思っていましたの。さあ、まずは私の膨大な蔵書の中から、旅に携行すべき精鋭たちを百二十冊ほど選定しますわ。それから、道中の暇つぶしに必要な編み物セットと、独り言のバリエーションを増やすための演劇台本も欠かせませんわね!」
「百二十冊……!? お嬢様、それは馬車が重量オーバーで動きません!」
「あら、計算が甘いですわよ、セバス。書籍の平均的な重さと、私の体重、そして護衛の方々の装備重量を鑑みれば、あと十冊は増やせますわ。それよりも問題は、私のこの溢れんばかりの知見を誰に引き継ぐかですわ。お父様はどこ? お父様に、私の不在の間にこの家がどれほど静まり返り、精神的な刺激が不足して老化が早まるかについて、三時間ほど講義をしなくてはなりません!」
私が廊下を早足で歩き出すと、向こうからお父様がやってきました。
「ラージュ、王宮から連絡が来た。……追放だそうだな」
お父様の声は、どこか……いえ、確実にかすかに震えていました。それは悲しみというより、むしろ「ついにこの日が来たか」という解放感に近い響きが含まれているように思えてなりません。
「お父様! お聞きになりました? セドリック殿下ったら、私のことを無慈悲だとおっしゃるのです。心外ですわよね? 私はただ、彼の人生における非効率な部分を指摘し、より良き君主となるための助言を、一日平均六時間ほど提供し続けていただけなのに。それを『うるさい』の一言で片付けるなんて、現代の言語教育の敗北と言っても過言ではありませんわ!」
お父様は、私の肩をポンと叩きました。
「……ラージュ。お前は少し、遠くの国でその才能を……そう、爆発させてくるといい。隣国の辺境伯、ギルバート殿とは古くからの友人だ。彼に紹介状を書いておいた。彼は非常に……静かな男だからな。お前が行けば、彼もさぞかし……驚く、いや、喜ぶだろう」
「あら、無口な方なのですか? それは素晴らしいですわ! 私の話に一切の遮り(さえぎり)を入れない、最高のリスナーということですわね? お父様、感謝いたしますわ。私、そのギルバート様という方の耳に、私のマシンガントークという名の音楽を一生分流し込んで差し上げます!」
「……ああ、彼が耐えられることを祈っているよ。さあ、支度ができたなら、すぐに出発しなさい。夜明けを待つ必要はない。今すぐだ。今すぐ行ってくれ。……頼む」
お父様の熱烈な(?)見送りを受け、私は山のような荷物と共に馬車に乗り込みました。
御者台に座っているのは、若い御者のトムです。彼は私の顔を見るなり、ひきつった笑みを浮かべました。
「お、お嬢様、よろしくお願いします……。隣国までは三日ほどの道のりですが……」
「三日! 三日もあれば、トム、あなたの人生観を根底から覆すほどの対話が可能ですわね! まずは、この馬車の車輪の構造がいかに古典的かという点から話を始めましょうか。それとも、道中に見える星々の運行が、私たちの運勢に与える微細な影響について語り合います? ああ、退屈する暇なんてありませんわよ!」
「ひっ……! お嬢様、安全運転に集中させていただいてもよろしいでしょうか……?」
「もちろんですわ! あなたの集中力を高めるために、私が横で『集中力を維持するための精神論』を延々と朗読してあげますわね。さあ、出発進行! 新天地への第一歩、そして私の独演会の始まりですわ!」
馬車が動き出すと同時に、私は第一章『沈黙がいかに人間を堕落させるか』についてのスピーチを開始しました。
窓の外に遠ざかっていく公爵家の人々が、なぜか全員で万歳三唱をしているように見えましたが……きっと、私の輝かしい門出を祝ってくれているのでしょう。
「トム! 聞いていらっしゃいます? そもそも人間という生き物は、一日に一万語以上喋らないと、脳の言語野が萎縮し始めるという説がありますの。特に私の家系は……」
「お嬢様……まだ門を出て十メートルです……」
「あら、十メートルを移動する間にどれほどの原子が入れ替わったと思っているのですか? その哲学的な意味を考えれば、十メートルは宇宙の果てまでの距離に匹敵しますわ!」
こうして、私の「追放という名の独演会ツアー」は、華々しく幕を開けたのでした。
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