悪役令嬢は黙っていられない。婚約破棄されましたが、誰にも止められなくてよ?

桃瀬ももな

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ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は絶好調でした。

「ねえ、トム。あなたは先ほどから私の『馬車の車輪における回転摩擦と、それによる走行音の周波数が人間に与えるリラックス効果』についての考察を、実に三十分も黙って聞いていらっしゃいますわね。その忍耐強さ、感服いたしますわ! もしかして、あなたは前世で徳を積んだ僧侶か何かなのではなくて? あ、前世なんて非科学的な話、この合理主義者の私としたことが失言でしたわね。あくまで比喩ですわ、比喩!」

「お、お嬢様……。俺、もう耳の奥でずっと、お嬢様の声が鈴の音みたいに……いや、工事現場のドリルみたいに響いてて、ちょっと三途の川が見えそうです……」

「まあ、三途の川なんて風流ですこと! でもダメですわよ、トム。まだ私たちは国境にすら着いていないのですから。ほら、見えてまいりましたわ。あちらに見えるのが、我が母国と隣国を分かつ国境検問所。いわば、私の『輝かしい国外追放生活』へのチェックポイントですわね!」

馬車が検問所の前で停止しました。屈強な衛兵が二人、怪訝そうな顔で馬車に歩み寄ってきます。

「止まれ! この馬車は……公爵家の紋章か。何用だ」

私は待ってましたとばかりに、窓から身を乗り出しました。

「ご苦労様ですわ、衛兵さん! 私はラージュ・アルカディア。本日付でセドリック第一王子より『性格がうるさい……失礼、性格の不一致』を理由に国外追放を言い渡された、正真正銘の追放令嬢ですわ。さあ、こちらが追放証明書と、私の持ち出し品リスト……全四十八ページにわたる詳細目録になりますわ。確認をお願いしますわね!」

私は馬車の窓から、分厚い冊子を衛兵の鼻先に突きつけました。

「な、なんだこれは……。持ち出し品リスト? 普通は数枚で済むものだが……」

「あら、普通なんて言葉で私を括(くく)らないでいただけます? 私は自分の持ち物一つ一つに、その存在意義と減価償却費、そして思い出の濃度を数値化して記載しているのですわ。たとえば一ページ目、この『黄金のティーカップ』。これは単なる食器ではありません。私の三歳の誕生日に贈られたもので、当時の職人が銀の含有率をあえて抑えることで……」

「待て、待て! そんな細かい説明は求めていない! 中身をざっと確認できれば……」

「『ざっと』? まあ、国家の門番がそんな怠慢なことでよろしいのですか! もし私がこのティーカップの中に、国家機密をマイクロ文字で刻んで持ち出そうとしていたらどうするのです? いえ、もちろんそんな面倒なことはいたしませんけれど。それよりも、三ページ目の『安眠枕』について語らせてください。これは私の理想の頸椎(けいつい)の角度に合わせて、中身の素材を二十四種類から厳選して……」

「おい、次の馬車が詰まってるんだ。早くしてくれ!」

衛兵の顔が引きつり始めました。しかし、私の舌は加速する一方です。

「詰まっているからこそ、正確な事務処理が必要なのでしょう? 急がば回れ、喋らば解れですわ! あ、それから十二ページ目の『辞書セット』。これは隣国の公用語だけでなく、古語や専門用語、さらには酒場のスラングまで網羅した優れものですの。私が隣国でいかに円滑なコミュニケーションを取り、かつ無口な辺境伯様を言葉のシャワーで浄化するか、そのための戦略物資ですわ!」

「……辺境伯? ギルバート様のところへ行くのか?」

「ええ、そうですわ! お父様の紹介で。彼はとても無口で思慮深い方だと伺っています。ああ、楽しみですわね。私のこの、溢れんばかりの知的好奇心と、止まると死んでしまうマグロのようなトークを受け止めてくださるなんて。彼がいかに私の話に感動し、涙を流して『もっと喋ってくれ』と懇願するに至るか、そのプロセスを今ここでシミュレーションして差し上げましょうか?」

衛兵は、隣の同僚と顔を見合わせました。同僚は青い顔をして首を振っています。

「……もういい。通れ。今すぐ通れ」

「あら、確認はよろしいのですか? 二十六ページ目の『予備の扇子(骨組みの強化版)』の説明がまだですが……」

「いいから! 頼むから行ってくれ! お前の声を聞き続けていたら、俺たちの脳が溶けちまう!」

「脳が溶ける? それは医学的に見て興味深い表現ですわね。脳脊髄液の循環がいかに音声刺激によって影響を受けるか、その仮説について語り合いません? あら、ちょっとトム、勝手に馬車を出さないで! まだ結論が出ていませんわよ!」

トムが必死の形相で馬に鞭を当て、馬車は急加速して検問所を通り抜けました。

後ろからは、「もう二度と戻ってくるなよ!」という衛兵たちの悲鳴のような見送りの声が聞こえてきます。

「まったく、最近の若い方は忍耐が足りませんわね。対話こそが平和の第一歩。対話こそが文明の証なのに。そう思いません、トム?」

「お嬢様……俺、次の街に着いたら、耳栓を買ってもいいですかね……?」

「耳栓? そんなもので私の声を遮ろうなんて、三万年早いですわ! 耳栓の隙間を潜り抜けるような、超高周波のトーク術を今から開発しますわね!」

隣国の空は青く澄み渡っていました。しかし、その静寂は長くは続かないでしょう。

なぜなら、そこには私、ラージュ・アルカディアという名の「歩く拡声器」が降り立ったのですから。

「さあ、まずは独り言のボリュームを一段階上げて、新天地へのご挨拶と洒落込みましょうか!」
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