悪役令嬢は黙っていられない。婚約破棄されましたが、誰にも止められなくてよ?

桃瀬ももな

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ギルバート様の執務室。そこは本来、沈黙が支配する聖域のはずでした。しかし、私が一歩足を踏み入れた瞬間に、その静寂の歴史は終わりを告げたのです。

「ギルバート様! 先日の市場調査、そして騎士団の皆様との建設的な対話を経て、私はある一つの重大な謎に突き当たりましたわ。そう、それは『なぜあなたは、そこまで徹底して無口なのか』という、この領地最大のミステリーですわ!」

デスクで書類に目を通していたギルバート様が、ゆっくりと顔を上げました。その表情は相変わらず鉄仮面のようですが、わずかに「また来たか」という諦観の光が宿っているのを私は見逃しません。

「……」

「あら、その沈黙。今日も絶好調の『ノーコメント』ですわね! ですが、お答えいただけないのなら、私がプロフェッショナルな洞察力と膨大な語彙力を駆使して、あなたが無口である理由を『十五の説』として分類・分析・解明して差し上げますわ。今から! ここで! 一歩も動かずにですわよ!」

私はギルバート様のデスクの前に陣取り、指を一本立てました。

「まず第一説! 『あなたの声は破壊兵器説』ですわ。かつて戦場で一喝した際、その衝撃波で敵陣を崩壊させてしまった。そのあまりの威力に恐れをなし、二度と無実の犠牲者を出さないために封印している……。どうです? 浪漫(ろまん)がありますわよね!」

「……ない」

「否定が早いですわね! では第二説、『言葉に課税されている説』。一文字喋るごとに国庫に金貨一枚を納めなければならないという、あなただけの過酷な秘密契約がある。これなら、あなたが極限まで省エネな喋り方をするのも経済学的に納得がいきますわ!」

私は間髪入れずに三本目の指を立てました。

「第三説、『初恋の人と無言の誓いを立てた説』。第四説、『実は腹話術師で、本体は後ろに隠れている説』。第五説、『常に脳内で高度な数式を解いていて、喋ると計算が狂う説』。第六説、『声を出すと体温が急上昇して爆発する特異体質説』。第七説、『実は異世界の言葉しか喋れず、翻訳魔法のチャージを待っている説』……。あ、最後のは少しばかり非科学的すぎましたわね、忘れてくださいませ!」

ギルバート様は、ペンを置きました。その指先がわずかに震えているのは、私の説があまりに核心を突いているからでしょうか、それとも笑いを堪えていらっしゃるからでしょうか。

「第八説、『あなたの声はあまりに甘すぎて、聞いた女性が全員気絶してしまうため、公共の福祉を考慮して自制している説』! これは有力ですわよ、ギルバート様。実際、あなたの低音は私の鼓膜を心地よく振動させ、知的好奇心を刺激しますもの。これが長文になれば、国家転覆級の魅力(カリスマ)を発揮してしまうに違いありませんわ!」

「……飛躍しすぎだ」

「飛躍こそが真理へのショートカットですわ! では第九説、『語彙力が豊富すぎて、適切な単語を選ぶのに一週間かかる説』。第十説、『実は喋ると可愛い声が出てしまうギャップ萌え死守説』。第十一説、『妖精と契約して、沈黙と引き換えに領地の安寧を守っている説』。第十二説、『言葉を発するエネルギーをすべて筋肉の維持に回している、バイオロジカル・ストイック説』!」

私は息を継ぐ暇もなく、十二まで一気に畳みかけました。執務室の空気が、私の熱気で二度ほど上がった気がいたします。

「さあ、残るは三つですわ。第十三説、『自分を彫刻だと思い込んでいる、高度な芸術的陶酔説』。第十四説、『実は喋らなくても、あなたの周囲には意志を持った精霊が浮遊していて、彼らがすべてを代弁してくれるはずだという甘い期待説』。……そして、栄えある第十五説は……!」

私はギルバート様のデスクに両手を突き、彼の顔を至近距離で覗き込みました。

「第十五説! 『私が喋りすぎるので、単に口を挟むタイミングを完全に失っているだけ説』ですわ! いかがかしら、ギルバート様。これが最も論理的で、かつ残酷な真実ではありませんこと?」

ギルバート様は、長い沈黙の後、ふっと深く、本当に深く息を吐きました。そして、少しだけ困ったような、それでいて穏やかな笑みを浮かべたのです。

「……正解は、十六番目だ」

「まあ! 十六番目ですって!? 私の完璧な推論を上回る真実が存在するというのですか! 教えてくださいませ、その十六番目の説とは一体何なのですの?」

ギルバート様はゆっくりと立ち上がると、私の目の前で、その低い声を響かせました。

「……お前の話を聞いているのが、案外、心地よいだけだ」

「………………」

流石の私も、その一言には思考回路がショートいたしました。心地よい? 私の、この「拡声器」とまで言われたマシンガントークが?

「……お前が十五も説を並べている間、俺は退屈しなかった。言葉を尽くして俺を理解しようとする、その熱量が……嫌いではない」

「まあ……。まあまあまあ! ギルバート様! あなた、今のセリフ、文字数にすればわずか五〇字程度ですが、その中にどれほどの情緒と、殺傷能力の高い優しさが込められているか自覚していらっしゃいますの? これは大変ですわ。私の知的好奇心が、今度は『あなたのその魅力の源泉』について、新たに三〇の論文を書けと命じていますわよ!」

「それは、明日以降にしてくれ。今は、静かに茶を飲みたい」

「静かに? いいえ、お茶の成分が脳に与えるリラックス効果について、私が横で実況解説を……。あ、ギルバート様、逃げないでくださいませ! まだ十六番目の説に関する詳細なディベートが終わっていませんわよ!」

夕暮れの屋敷に、私の追いかける声と、それを静かに受け流すギルバート様の足音が響き渡ります。

無口な将軍の心の扉を、私は少しずつ、確実に言葉の鍵で開けていっている……そんな確信を抱きながら、私はさらにボリュームを上げて彼を追いかけるのでした。
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