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辺境伯領の朝は早いですわね。私が中庭を散歩しておりますと、威勢のいい掛け声と共に、ギルバート様の部下である騎士の方々が訓練に励んでいらっしゃいました。
ですが、私の姿を見るなり、皆さん一斉に動きを止めて「ヒッ……!」と小さく悲鳴を上げられたのは、一体どういう風の吹き回しかしら?
「あら、おはようございます、屈強な騎士の皆様! そんなに怯えた顔をして、私を何だと思っておいでですの? 市場で商人を言いくるめた魔女? それとも言葉で人を呪う怪異? 失礼しちゃいますわ。私はただの、お喋りが少しばかり得意な公爵令嬢ですわよ!」
私がにっこりと微笑むと、一番近くにいた若手の騎士――ハンスさんというお名前でしたかしら――が、剣を落としそうになりながら後ずさりました。
「あ、あの……ラージュ様、おはようございます。いえ、その、俺たちはただ、閣下がおっしゃっていた『言葉の奔流に巻き込まれたら、岩にしがみついて耐えろ』という教えを実践しようと……」
「ギルバート様ったら、そんな素敵な比喩を使って私を説明してくださっているのね! 嬉しいですわ! でもハンスさん、岩にしがみつく前に、その剣の振り方について私から一言、いえ、一万言ほどアドバイスを差し上げてもよろしくて?」
私はハンスさんの手元を指差し、そこからノンストップの「修正提案(プレゼンテーション)」を開始しました。
「いいですか、今のあなたのスイング。肘の角度が零コンマ五度ほど外側に開いていますわ。これでは遠心力を十分に活用できず、エネルギーの伝達ロスが発生しています。物理学的に見れば、あなたは今、空気抵抗と戦っているようなものですわよ! 筋肉の収縮速度と、呼吸のタイミング、さらには足裏の重心移動。これらをシンクロさせるための脳内シミュレーション方法について、今から三十分にわたる集中講義を行いましょうか?」
「えっ、あ、いや、俺はただの平騎士で、そんな難しいことは……」
「難しいからこそ挑戦する価値があるのですわ! それから、あなたのその浮かない表情。さては、故郷に残してきた恋人との文通が滞っているのでしょう? 分かりますわ、あなたの瞳の濁りから推測するに、返信の内容が『最近どう?』の一言で終わっているタイプですわね。それでは女性の心は掴めませんわよ!」
ハンスさんは、図星を突かれたのか「どうしてそれを!?」と叫んで膝をつきました。
「女性は言葉を求める生き物ですわ! 特に、遠く離れた辺境で命を懸けるあなたには、叙情的な表現が必要不可欠。たとえば『君の瞳に映る星空を思い出しながら、私はこの剣を振るっている。金属のぶつかる音が、君の笑い声のように聞こえるんだ』……。これくらいの詩的なフレーズを添えなさい! 語彙力がないなら私が今から、百パターンの『愛の囁き例文集・辺境編』を口頭で暗唱して差し上げますわ!」
私が一気に畳みかけると、周囲の騎士たちが一人、また一人と吸い寄せられるように集まってきました。
「おいハンス、ラージュ様の言うことはもっともだぞ。……あの、ラージュ様! 俺も悩みがあるんです。上官とのコミュニケーションが上手くいかなくて……」
「まあ、それは組織論の問題ですわね! いいですか、報連相の基本は、相手の予測を超える情報量をぶつけることですわ! 相手が『わかった』と言う暇を与えないほど詳細に状況を説明すれば、上官はあなたの熱意に圧倒され、信頼を置かざるを得なくなりますの。さあ、今から私を上官だと思って、今日の朝食のメニューがいかに栄養学的に優れていたかを三分間で報告しなさい! 言葉に詰まったら私が即座にダメ出しを入れますわよ!」
こうして、訓練場はいつの間にか「ラージュの弾丸お悩み相談室」へと変貌を遂げました。
一時間後。そこには、脳を極限まで酷使され、白目を剥きながらも、なぜか清々しい表情で倒れ伏す騎士たちの姿がありました。
「ふう、皆さん、少しはスッキリしたかしら? 対話は心のデトックスですわね。さあ、次はそこの分隊長さん、あなたの人生設計におけるリスク管理の甘さについて、二時間ほどディベートを……」
「ラージュ、それくらいにしてやれ」
いつの間にか背後に立っていたギルバート様が、私の肩を優しく(物理的にはかなりしっかりと)押さえました。
「あら、ギルバート様! 見てください、皆さん私の言葉に感銘を受けて、言葉も出ないほど感動していらっしゃいますわ!」
「いや、それは単に疲れ切っているだけだ」
ギルバート様は、ピクピクと痙攣しているハンスさんの肩を叩き、「よく耐えた」と短く声をかけました。
「でもギルバート様、彼らは語彙の重要性を理解しましたわ。明日からは、剣の音よりも彼らの喋り声の方が大きく響く、活気溢れる騎士団になるはずですわよ!」
「それは勘弁してくれ。軍紀が乱れる。だが……」
ギルバート様は、倒れている部下たちが、どこか吹っ切れたような顔をしているのを見て、わずかに口角を上げました。
「……お前の言葉は、不思議と人を前向きにさせるな」
「まあ! 最高の褒め言葉ですわ! お礼に、ギルバート様のその『言葉の少なさによるミステリアスな魅力の維持と、それによる部下の統率効率の分析』について、お部屋でじっくり三時間ほど解説して差し上げますわね!」
「……少しだけ、短くしてくれ」
「あら、善処いたしますわ! でも、結論に達するまでに少なくとも五万語は必要ですので、覚悟しておいてくださいませ!」
私は意気揚々とギルバート様の腕を取り、次なる「対話の戦場」へと向かいました。
辺境伯領の騎士団が、史上最強の「喋れる武闘集団」に進化する日は、そう遠くないかもしれませんわね!
ですが、私の姿を見るなり、皆さん一斉に動きを止めて「ヒッ……!」と小さく悲鳴を上げられたのは、一体どういう風の吹き回しかしら?
「あら、おはようございます、屈強な騎士の皆様! そんなに怯えた顔をして、私を何だと思っておいでですの? 市場で商人を言いくるめた魔女? それとも言葉で人を呪う怪異? 失礼しちゃいますわ。私はただの、お喋りが少しばかり得意な公爵令嬢ですわよ!」
私がにっこりと微笑むと、一番近くにいた若手の騎士――ハンスさんというお名前でしたかしら――が、剣を落としそうになりながら後ずさりました。
「あ、あの……ラージュ様、おはようございます。いえ、その、俺たちはただ、閣下がおっしゃっていた『言葉の奔流に巻き込まれたら、岩にしがみついて耐えろ』という教えを実践しようと……」
「ギルバート様ったら、そんな素敵な比喩を使って私を説明してくださっているのね! 嬉しいですわ! でもハンスさん、岩にしがみつく前に、その剣の振り方について私から一言、いえ、一万言ほどアドバイスを差し上げてもよろしくて?」
私はハンスさんの手元を指差し、そこからノンストップの「修正提案(プレゼンテーション)」を開始しました。
「いいですか、今のあなたのスイング。肘の角度が零コンマ五度ほど外側に開いていますわ。これでは遠心力を十分に活用できず、エネルギーの伝達ロスが発生しています。物理学的に見れば、あなたは今、空気抵抗と戦っているようなものですわよ! 筋肉の収縮速度と、呼吸のタイミング、さらには足裏の重心移動。これらをシンクロさせるための脳内シミュレーション方法について、今から三十分にわたる集中講義を行いましょうか?」
「えっ、あ、いや、俺はただの平騎士で、そんな難しいことは……」
「難しいからこそ挑戦する価値があるのですわ! それから、あなたのその浮かない表情。さては、故郷に残してきた恋人との文通が滞っているのでしょう? 分かりますわ、あなたの瞳の濁りから推測するに、返信の内容が『最近どう?』の一言で終わっているタイプですわね。それでは女性の心は掴めませんわよ!」
ハンスさんは、図星を突かれたのか「どうしてそれを!?」と叫んで膝をつきました。
「女性は言葉を求める生き物ですわ! 特に、遠く離れた辺境で命を懸けるあなたには、叙情的な表現が必要不可欠。たとえば『君の瞳に映る星空を思い出しながら、私はこの剣を振るっている。金属のぶつかる音が、君の笑い声のように聞こえるんだ』……。これくらいの詩的なフレーズを添えなさい! 語彙力がないなら私が今から、百パターンの『愛の囁き例文集・辺境編』を口頭で暗唱して差し上げますわ!」
私が一気に畳みかけると、周囲の騎士たちが一人、また一人と吸い寄せられるように集まってきました。
「おいハンス、ラージュ様の言うことはもっともだぞ。……あの、ラージュ様! 俺も悩みがあるんです。上官とのコミュニケーションが上手くいかなくて……」
「まあ、それは組織論の問題ですわね! いいですか、報連相の基本は、相手の予測を超える情報量をぶつけることですわ! 相手が『わかった』と言う暇を与えないほど詳細に状況を説明すれば、上官はあなたの熱意に圧倒され、信頼を置かざるを得なくなりますの。さあ、今から私を上官だと思って、今日の朝食のメニューがいかに栄養学的に優れていたかを三分間で報告しなさい! 言葉に詰まったら私が即座にダメ出しを入れますわよ!」
こうして、訓練場はいつの間にか「ラージュの弾丸お悩み相談室」へと変貌を遂げました。
一時間後。そこには、脳を極限まで酷使され、白目を剥きながらも、なぜか清々しい表情で倒れ伏す騎士たちの姿がありました。
「ふう、皆さん、少しはスッキリしたかしら? 対話は心のデトックスですわね。さあ、次はそこの分隊長さん、あなたの人生設計におけるリスク管理の甘さについて、二時間ほどディベートを……」
「ラージュ、それくらいにしてやれ」
いつの間にか背後に立っていたギルバート様が、私の肩を優しく(物理的にはかなりしっかりと)押さえました。
「あら、ギルバート様! 見てください、皆さん私の言葉に感銘を受けて、言葉も出ないほど感動していらっしゃいますわ!」
「いや、それは単に疲れ切っているだけだ」
ギルバート様は、ピクピクと痙攣しているハンスさんの肩を叩き、「よく耐えた」と短く声をかけました。
「でもギルバート様、彼らは語彙の重要性を理解しましたわ。明日からは、剣の音よりも彼らの喋り声の方が大きく響く、活気溢れる騎士団になるはずですわよ!」
「それは勘弁してくれ。軍紀が乱れる。だが……」
ギルバート様は、倒れている部下たちが、どこか吹っ切れたような顔をしているのを見て、わずかに口角を上げました。
「……お前の言葉は、不思議と人を前向きにさせるな」
「まあ! 最高の褒め言葉ですわ! お礼に、ギルバート様のその『言葉の少なさによるミステリアスな魅力の維持と、それによる部下の統率効率の分析』について、お部屋でじっくり三時間ほど解説して差し上げますわね!」
「……少しだけ、短くしてくれ」
「あら、善処いたしますわ! でも、結論に達するまでに少なくとも五万語は必要ですので、覚悟しておいてくださいませ!」
私は意気揚々とギルバート様の腕を取り、次なる「対話の戦場」へと向かいました。
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