悪役令嬢は黙っていられない。婚約破棄されましたが、誰にも止められなくてよ?

桃瀬ももな

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ラージュが国外追放されてから、一ヶ月が経ちました。

母国の王宮では、セドリック王子が豪華な私室で、新しい婚約者候補であるメルルさんとお茶を楽しんでいました。

本来であれば、愛する女性と過ごす至福の時間のはず。しかし、セドリック王子の顔は、まるで一週間も雨が降り続いているかのようにどんよりと沈んでいました。

「……セドリック様? どうかなさいましたか? このクッキー、とっても甘くて美味しいですよぅ」

メルルさんが、小首を傾げて可愛らしく微笑みます。以前の王子なら「君の笑顔の方が甘いよ」とでも返したことでしょう。

ですが、今の王子の耳に届くのは、あまりにも「短い」言葉だけでした。

「……ああ、そうだな。……美味しいな」

「えへへ、良かったですぅ。メルル、セドリック様と一緒にいられて、とっても幸せですぅ」

「……」

「……」

沈黙が訪れました。時間はわずか五秒。しかし、セドリック王子にとって、その五秒は永遠の砂漠のように感じられました。

(……短い! 言葉が、絶望的に短いぞ! なぜだ、なぜ誰も私の姿勢の崩れを指摘しない? なぜこの紅茶の産地が、三年前の大干ばつを乗り越えた奇跡の茶葉であることを誰も解説してくれないんだ!?)

王子は、無意識のうちにラージュの声を求めていました。

かつては「うるさい」「黙れ」と忌み嫌っていた、あの怒涛のマシンガントーク。

「……メルル。君は、この部屋の壁紙についてどう思う?」

「えっ? えっと……とっても、綺麗な金色だと思いますぅ」

「……それだけか? この模様が、建国当時の王宮絵師が心血を注いだ『豊穣の女神の溜息』をモチーフにしていることや、染料に希少な鉱石が使われていることで、光の当たり方によって三段階に色彩が変化する点については?」

「ふぇぇ……そんな難しいこと、メルル分かんないですぅ。でも、キラキラしてて素敵ですぅ」

セドリック王子は、ティーカップをソーサーに戻しました。その音が、あまりにも静かな部屋にカチンと冷たく響きます。

(……足りない! 圧倒的に情報量が足りない! ラージュなら今頃、『殿下、その壁紙の端が零コンマ一ミリ浮いていますわ! 職人の魂への冒涜ですわよ!』と叫びながら、一時間は説教してくれたはずなのに!)

王子は立ち上がり、窓の外を見つめました。

「メルル。私は……私は、少し疲れているのかもしれない。今日のところは帰ってくれないか」

「えぇっ!? まだお話の途中なのに……。メルル、何か悪いことしちゃいましたかぁ?」

「……いや、君は悪くない。ただ……静かすぎるんだ。この世界が、まるで音を失った抜け殻のように感じられるんだよ!」

王子は頭を抱えて叫びました。

かつてはラージュを「毒舌の悪役令嬢」と呼び、メルルを「癒やしの聖女」と崇めていました。

しかし、一ヶ月間、その「癒やし」という名の沈黙に晒され続けた結果、王子の脳は知的な刺激に飢え、末期症状を引き起こしていたのです。

「ラージュ……! 君は今、どこで、誰に、どんな無駄話を垂れ流しているんだ! 私のマントのほつれを、誰が三時間かけて罵倒してくれるというんだ!」

「セドリック様……? 怖い顔ですぅ……。メルル、泣いちゃいますぅ……」

「泣くなら『なぜ涙が出るのか』という生理学的メカニズムを解説しながら泣いてくれ! そうでなければ、私の耳は満足できないんだ!」

セドリック王子の叫びは、虚しく豪華な部屋に反響しました。

メルルさんは恐怖のあまり逃げ出しましたが、王子はそれを追う気力もありません。

彼は、ラージュが去った後に残された「あまりにも正しい、しかし死ぬほど退屈な日常」という名の地獄に、今さらながら気づいたのでした。

「……戻ってきてくれ。いや、戻ってきてください、ラージュ嬢。私の人生を、またあのやかましい言葉の嵐で埋め尽くしてくれ……!」

王宮の廊下を歩く侍従たちは、部屋から漏れ聞こえる王子の悲痛な叫びを聞いて、互いに顔を見合わせました。

「殿下……ついに、ラージュ様の『言葉の呪い』が解けたのではなく、中毒になっていたことに気づかれたようですね」

「ああ、静寂という名の猛毒が、殿下を蝕んでいる……」

その頃、隣国の辺境では、そんな元婚約者の自爆など露知らず、ラージュがさらなる新説をギルバート様にぶつけているのでした。
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