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「ギルバート様! 大変ですわ、この領地には『物語』が欠乏しています! ビタミン不足と同じくらい深刻な事態ですわよ!」
朝の執務室に、私の弾丸のような声が突き刺さりました。ギルバート様は、もはや驚くことさえ忘れたのか、手元のペンを止めずに視線だけを私に向けました。
「……物語?」
「そうですわ! 先ほどお庭を散歩していた際に見つけた、この『ヴォルフレード・アザミ』。これ、領民の方々は『ただのトゲだらけの雑草』だと思って放置していらっしゃるでしょう? なんという機会損失! なんという審美眼の欠如! これは雑草ではありません、最高級の『デトックス・ハーブ』としてのポテンシャルを秘めた、歩く金貨ですわ!」
私は、今しがた庭から引っこ抜いてきたばかりの、トゲだらけの野草をギルバート様の鼻先に突きつけました。
「……それは、羊も食わないほど苦いぞ」
「その『苦味』こそがラグジュアリーなんですのよ、ギルバート様! いいですか、王都の貴婦人たちは今、あまりに甘やかされた生活に飽き飽きしていますわ。彼女たちが求めているのは、甘いお菓子ではなく、『身体に良さそうな苦悶』ですの。このアザミを乾燥させ、あなたのその無骨な名前を冠して『沈黙の将軍の休息茶(ティー)』として売り出せば、一袋で金貨一枚は固いですわね!」
ギルバート様は、ようやくペンを置いて深く溜息をつきました。
「……俺の名前を売るのか」
「売るどころか、神格化しますわ! パッケージにはあなたの鋭い眼光を模した紋章を入れ、説明書きにはこう記すのです。『戦場を駆ける将軍が、唯一心を許した辺境の秘薬。その苦味は、勝利への渇きを知る者にしか分からない』……どうです? 読み終わる前に、王都の令嬢たちが予約のために長蛇の列を作る光景が目に浮かびますわ!」
私は空中に、架空の行列を描いて見せました。
「そもそも、ギルバート様。現代の経済において、商品の機能性など全体の三割に過ぎませんの。残りの七割は、その商品を取り巻く『エモーショナルな文脈』ですわ。なぜこのアザミが苦いのか? それは、辺境の厳しい寒さと、あなたの不器用な優しさを吸収して育ったからです……という設定を、私が今ここで、四万字程度のプロモーション・マニュアルとして書き上げますわ!」
「……四万字。……俺の優しさ、だと?」
「あら、否定なさるのですか? あなたが無口なのは、領民の声を一滴も漏らさず聞き届けるための器であるから。そして、その沈黙の背後にある熱い魂が、このアザミに宿ったのですわ! ……あ、今のフレーズ、凄く良いですわね。二ページ目のキャッチコピーに採用決定ですわ!」
ギルバート様は、困惑を通り越して、どこか私の「狂気」に近い情熱を感心したように眺め始めました。
「……お前が言うと、ただの雑草が、本当にそう見えてくるから不思議だ」
「それは私の言葉に、嘘偽りのない論理と、ほんの少しの(多すぎるという説もありますが)愛が込められているからですわ! さあ、そうと決まれば、まずは領民の子供たちを雇用してアザミの採集ギルドを結成しましょう。労働の対価として適切な賃金を支払い、さらに私の『特別マナー・トーク講座』を無料受講できる特典を付ければ、次世代のリーダー育成も同時に完了しますわ!」
「……街が、ますますお喋りになりそうだな」
「素晴らしいことではありませんか! 沈黙は思考を停滞させますが、対話は富を生みますの。さあ、次はあちらの工房で作っている『頑丈すぎるだけの靴』。あれを『不落の将軍を支えたタクティカル・ブーツ』としてリブランディングする計画書、聞いてくださる? まず、素材の耐久性についての力学的分析結果ですが……」
私はギルバート様の返事を待たずに、用意していた資料(という名の、私の落書きと計算式がびっしり書かれた紙束)を広げました。
「ギルバート様。あなたは今まで、武力でこの領地を守ってこられました。ですが、これからは私の『語彙(ごい)』という名の経済力で、この地を黄金の王国に変えて差し上げますわ! あなたはただ、そこに座って、私の言葉の津波に飲み込まれていればよろしいのです!」
ギルバート様は、わずかに目を細め、その大きな手で私の頭を優しく撫でました。
「……。ああ。お前の言う通りにしよう。……頼もしい、経営顧問だな」
「あら、『経営顧問』だなんて、そんな肩書きでは足りませんわ! 私はあなたの、人生という名の航路における『全力疾走型ナビゲーター』ですもの! さあ、アザミの乾燥方法に関する熱効率の計算式、いきますわよ!」
その日から、ヴォルフレード領には「苦すぎて逆に効く」という謎のお茶が溢れ、領民たちは口々に「ラージュ様の言う通りだ!」と、これまでにない饒舌さで商売に励むようになったのでした。
朝の執務室に、私の弾丸のような声が突き刺さりました。ギルバート様は、もはや驚くことさえ忘れたのか、手元のペンを止めずに視線だけを私に向けました。
「……物語?」
「そうですわ! 先ほどお庭を散歩していた際に見つけた、この『ヴォルフレード・アザミ』。これ、領民の方々は『ただのトゲだらけの雑草』だと思って放置していらっしゃるでしょう? なんという機会損失! なんという審美眼の欠如! これは雑草ではありません、最高級の『デトックス・ハーブ』としてのポテンシャルを秘めた、歩く金貨ですわ!」
私は、今しがた庭から引っこ抜いてきたばかりの、トゲだらけの野草をギルバート様の鼻先に突きつけました。
「……それは、羊も食わないほど苦いぞ」
「その『苦味』こそがラグジュアリーなんですのよ、ギルバート様! いいですか、王都の貴婦人たちは今、あまりに甘やかされた生活に飽き飽きしていますわ。彼女たちが求めているのは、甘いお菓子ではなく、『身体に良さそうな苦悶』ですの。このアザミを乾燥させ、あなたのその無骨な名前を冠して『沈黙の将軍の休息茶(ティー)』として売り出せば、一袋で金貨一枚は固いですわね!」
ギルバート様は、ようやくペンを置いて深く溜息をつきました。
「……俺の名前を売るのか」
「売るどころか、神格化しますわ! パッケージにはあなたの鋭い眼光を模した紋章を入れ、説明書きにはこう記すのです。『戦場を駆ける将軍が、唯一心を許した辺境の秘薬。その苦味は、勝利への渇きを知る者にしか分からない』……どうです? 読み終わる前に、王都の令嬢たちが予約のために長蛇の列を作る光景が目に浮かびますわ!」
私は空中に、架空の行列を描いて見せました。
「そもそも、ギルバート様。現代の経済において、商品の機能性など全体の三割に過ぎませんの。残りの七割は、その商品を取り巻く『エモーショナルな文脈』ですわ。なぜこのアザミが苦いのか? それは、辺境の厳しい寒さと、あなたの不器用な優しさを吸収して育ったからです……という設定を、私が今ここで、四万字程度のプロモーション・マニュアルとして書き上げますわ!」
「……四万字。……俺の優しさ、だと?」
「あら、否定なさるのですか? あなたが無口なのは、領民の声を一滴も漏らさず聞き届けるための器であるから。そして、その沈黙の背後にある熱い魂が、このアザミに宿ったのですわ! ……あ、今のフレーズ、凄く良いですわね。二ページ目のキャッチコピーに採用決定ですわ!」
ギルバート様は、困惑を通り越して、どこか私の「狂気」に近い情熱を感心したように眺め始めました。
「……お前が言うと、ただの雑草が、本当にそう見えてくるから不思議だ」
「それは私の言葉に、嘘偽りのない論理と、ほんの少しの(多すぎるという説もありますが)愛が込められているからですわ! さあ、そうと決まれば、まずは領民の子供たちを雇用してアザミの採集ギルドを結成しましょう。労働の対価として適切な賃金を支払い、さらに私の『特別マナー・トーク講座』を無料受講できる特典を付ければ、次世代のリーダー育成も同時に完了しますわ!」
「……街が、ますますお喋りになりそうだな」
「素晴らしいことではありませんか! 沈黙は思考を停滞させますが、対話は富を生みますの。さあ、次はあちらの工房で作っている『頑丈すぎるだけの靴』。あれを『不落の将軍を支えたタクティカル・ブーツ』としてリブランディングする計画書、聞いてくださる? まず、素材の耐久性についての力学的分析結果ですが……」
私はギルバート様の返事を待たずに、用意していた資料(という名の、私の落書きと計算式がびっしり書かれた紙束)を広げました。
「ギルバート様。あなたは今まで、武力でこの領地を守ってこられました。ですが、これからは私の『語彙(ごい)』という名の経済力で、この地を黄金の王国に変えて差し上げますわ! あなたはただ、そこに座って、私の言葉の津波に飲み込まれていればよろしいのです!」
ギルバート様は、わずかに目を細め、その大きな手で私の頭を優しく撫でました。
「……。ああ。お前の言う通りにしよう。……頼もしい、経営顧問だな」
「あら、『経営顧問』だなんて、そんな肩書きでは足りませんわ! 私はあなたの、人生という名の航路における『全力疾走型ナビゲーター』ですもの! さあ、アザミの乾燥方法に関する熱効率の計算式、いきますわよ!」
その日から、ヴォルフレード領には「苦すぎて逆に効く」という謎のお茶が溢れ、領民たちは口々に「ラージュ様の言う通りだ!」と、これまでにない饒舌さで商売に励むようになったのでした。
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