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母国の騎士団が逃げ帰って数日、ついに「本丸」が動きましたわ。
ヴォルフレード領の境界線に現れたのは、黄金の装飾がこれでもかと施された、もはや家が動いているかのような巨大な馬車。
そこから降り立ったのは、我が母国の頂点に君臨する国王、アルバート陛下その人でした。
「ラージュ・アルカディア! もう我慢の限界だ。我が王宮は今、静寂という名の死に至る病に侵されている。貴様の父である公爵も、あまりの静かさに耐えかねて、庭の池の鯉に熱烈な人生相談を始めている始末だぞ!」
国王陛下は、王冠が右に五度ほど傾いているのも気にせず、悲痛な叫びを上げました。
「まあ! 陛下、まずその王冠を直してくださいませ。国家の威信が五度ほど右側に漏れ出しておりますわよ。それに公爵……お父様ったら、鯉に相談ですって? 相変わらず語彙の出力先を間違えていらっしゃいますわね。鯉は聞き上手ですが、ソリューションを提示する能力には欠けておりますのに!」
「そんなことはどうでもいい! ラージュ、貴様を連れ戻す。これは国家の存亡を賭けた、最優先事項である!」
「お断りいたしますわ、陛下! いいですか、私は一度、公式に国外追放された身。法的な手続きを経て、私はこの辺境の地に『言語的自由』を見出したのです。今さら戻れだなんて、一度吐き出した言葉を飲み込めというくらい無理な話ですわよ!」
私はギルバート様の腕をさらに強く抱き寄せ、国王陛下の放つ覇気(という名の、寂しがり屋のオーラ)を真っ向から跳ね返しました。
「ラージュ……。貴様のあの、一秒間に一万文字を詰め込むような、暴力的なまでの活気が必要なのだ。今の王宮は、時計の針の音さえも騒音に聞こえるほど、魂が枯渇しているのだぞ!」
「陛下。それは皆様が、私の言葉に依存しすぎていた証拠ですわ。自立したお喋りこそが、健全な国民の義務。私を連れ戻す労力があるなら、全国民に『一日三時間の強制雑談ノルマ』を課す法律でも作りなさいな! あ、それなら私が今から、その法律の草案を五万字程度で音読して差し上げましょうか?」
「五万字……。ああ、その響き……。耳が、耳が喜んでいる……!」
国王陛下は、私の「予告」を聞いただけで、法悦の表情を浮かべてよろめきました。重症ですわね、この方も。
「陛下。彼女は渡さない」
後ろに控えていたギルバート様が、一歩前に出ました。その威圧感は、国王さえも一瞬気圧されるほどでした。
「ギルバート・ヴォルフレード……。貴様、一国の王に対し、反旗を翻すつもりか?」
「……彼女がいない世界など、俺には無価値だ。……連れて行くなら、この地を戦場に変えるまでだ」
「まあ! ギルバート様、今のセリフ! 『彼女がいない世界は無価値』だなんて、なんて独占的で、かつ詩的な表現ですの! 愛の重力が、今ここで物理的な質量を持って陛下を押し潰そうとしていますわよ!」
私は興奮のあまり、陛下の目の前でギルバート様の「沈黙の愛がいかに深いか」について、心理学的分析に基づいた解説を開始しました。
「陛下、お聞きなさい! ギルバート様のこの短い言葉。これこそが、私の膨大な言葉を受け止め、昇華させた究極の結晶なのです。あなたの王宮にある空っぽの静寂とは、情報の純度が違いますわ。彼との対話は、私にとっての精神的な酸素! それを奪うことは、私に窒息死を強いるのと同義ですわよ!」
「ぐぬぬ……。だが、ラージュ! 貴様の父が、公爵家が……!」
「お父様のことは心配いりませんわ。彼には既に、私の『独り言用・自走式魔導録音機』を百台ほど送りつけておきましたもの。寂しくなったら、私の過去の演説がランダムで再生される仕組みですわ。中には『お父様の寝癖がいかに芸術的か』という一時間コースの音源も入っておりますのよ!」
国王陛下は、ついにその場に膝をつきました。
「……負けだ。言葉の量でも、愛の重さでも、我らは貴様たちに勝てん……」
「ご理解いただけて光栄ですわ、陛下! さあ、お帰りになる前に、私の『国家運営における、国民の喋りすぎを推奨する三つの理由』について、一時間ほど講義を受けていかれます? お土産に、私の声を録音した最新の魔導具も差し上げますわよ!」
「……持って帰れ。……陛下を」
ギルバート様が、呆れ果てた騎士たちにそう告げると、国王陛下は私の「声の録音具」を家宝のように抱えて、トボトボと馬車に戻っていきました。
「ラージュ……。もう二度と、あんな奴らに邪魔はさせない」
「ギルバート様。あなたがいれば、私は一生、この領地で声を枯らすまで喋り続けられますわ!」
「……ああ。……一生、聞き役は俺だ」
こうして、国家をも退けた私たちの「やかましい愛」は、いよいよ誰にも止められない領域へと突入していくのでした。
ヴォルフレード領の境界線に現れたのは、黄金の装飾がこれでもかと施された、もはや家が動いているかのような巨大な馬車。
そこから降り立ったのは、我が母国の頂点に君臨する国王、アルバート陛下その人でした。
「ラージュ・アルカディア! もう我慢の限界だ。我が王宮は今、静寂という名の死に至る病に侵されている。貴様の父である公爵も、あまりの静かさに耐えかねて、庭の池の鯉に熱烈な人生相談を始めている始末だぞ!」
国王陛下は、王冠が右に五度ほど傾いているのも気にせず、悲痛な叫びを上げました。
「まあ! 陛下、まずその王冠を直してくださいませ。国家の威信が五度ほど右側に漏れ出しておりますわよ。それに公爵……お父様ったら、鯉に相談ですって? 相変わらず語彙の出力先を間違えていらっしゃいますわね。鯉は聞き上手ですが、ソリューションを提示する能力には欠けておりますのに!」
「そんなことはどうでもいい! ラージュ、貴様を連れ戻す。これは国家の存亡を賭けた、最優先事項である!」
「お断りいたしますわ、陛下! いいですか、私は一度、公式に国外追放された身。法的な手続きを経て、私はこの辺境の地に『言語的自由』を見出したのです。今さら戻れだなんて、一度吐き出した言葉を飲み込めというくらい無理な話ですわよ!」
私はギルバート様の腕をさらに強く抱き寄せ、国王陛下の放つ覇気(という名の、寂しがり屋のオーラ)を真っ向から跳ね返しました。
「ラージュ……。貴様のあの、一秒間に一万文字を詰め込むような、暴力的なまでの活気が必要なのだ。今の王宮は、時計の針の音さえも騒音に聞こえるほど、魂が枯渇しているのだぞ!」
「陛下。それは皆様が、私の言葉に依存しすぎていた証拠ですわ。自立したお喋りこそが、健全な国民の義務。私を連れ戻す労力があるなら、全国民に『一日三時間の強制雑談ノルマ』を課す法律でも作りなさいな! あ、それなら私が今から、その法律の草案を五万字程度で音読して差し上げましょうか?」
「五万字……。ああ、その響き……。耳が、耳が喜んでいる……!」
国王陛下は、私の「予告」を聞いただけで、法悦の表情を浮かべてよろめきました。重症ですわね、この方も。
「陛下。彼女は渡さない」
後ろに控えていたギルバート様が、一歩前に出ました。その威圧感は、国王さえも一瞬気圧されるほどでした。
「ギルバート・ヴォルフレード……。貴様、一国の王に対し、反旗を翻すつもりか?」
「……彼女がいない世界など、俺には無価値だ。……連れて行くなら、この地を戦場に変えるまでだ」
「まあ! ギルバート様、今のセリフ! 『彼女がいない世界は無価値』だなんて、なんて独占的で、かつ詩的な表現ですの! 愛の重力が、今ここで物理的な質量を持って陛下を押し潰そうとしていますわよ!」
私は興奮のあまり、陛下の目の前でギルバート様の「沈黙の愛がいかに深いか」について、心理学的分析に基づいた解説を開始しました。
「陛下、お聞きなさい! ギルバート様のこの短い言葉。これこそが、私の膨大な言葉を受け止め、昇華させた究極の結晶なのです。あなたの王宮にある空っぽの静寂とは、情報の純度が違いますわ。彼との対話は、私にとっての精神的な酸素! それを奪うことは、私に窒息死を強いるのと同義ですわよ!」
「ぐぬぬ……。だが、ラージュ! 貴様の父が、公爵家が……!」
「お父様のことは心配いりませんわ。彼には既に、私の『独り言用・自走式魔導録音機』を百台ほど送りつけておきましたもの。寂しくなったら、私の過去の演説がランダムで再生される仕組みですわ。中には『お父様の寝癖がいかに芸術的か』という一時間コースの音源も入っておりますのよ!」
国王陛下は、ついにその場に膝をつきました。
「……負けだ。言葉の量でも、愛の重さでも、我らは貴様たちに勝てん……」
「ご理解いただけて光栄ですわ、陛下! さあ、お帰りになる前に、私の『国家運営における、国民の喋りすぎを推奨する三つの理由』について、一時間ほど講義を受けていかれます? お土産に、私の声を録音した最新の魔導具も差し上げますわよ!」
「……持って帰れ。……陛下を」
ギルバート様が、呆れ果てた騎士たちにそう告げると、国王陛下は私の「声の録音具」を家宝のように抱えて、トボトボと馬車に戻っていきました。
「ラージュ……。もう二度と、あんな奴らに邪魔はさせない」
「ギルバート様。あなたがいれば、私は一生、この領地で声を枯らすまで喋り続けられますわ!」
「……ああ。……一生、聞き役は俺だ」
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