悪役令嬢は黙っていられない。婚約破棄されましたが、誰にも止められなくてよ?

桃瀬ももな

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新婚旅行の目的地である、隣国の避暑地『サファイア湖畔』。

透き通るような湖水と、歴史的な石造りの街並みが美しいはずのこの場所で、私の知的好奇心がまたしても暴走(フルスロットル)を始めてしまいましたわ!

「ギルバート様! 見てくださいませ、あの広場に立つ時計塔。ガイドの方は『三〇〇年前に建てられた平和の象徴』とだけ説明していますが、なんという語彙の節約! 驚くべき情報の間引きですわ! あの石材の摩耗具合、そして頂上の鐘の合金比率から推測するに、実際には二八九年前に、当時の領主が愛娘の誕生を祝って、かつ近隣諸国への軍事的優位性を示すために建造したハイブリッドな建造物のはずですわよ!」

私は観光馬車から身を乗り出し、一〇メートルほど離れた場所にいた観光ガイドさんに、地声(という名の拡声器並みの音声)でツッコミを入れました。

「………お前の方が、詳しいな」

「当然ですわ! 私は昨夜、寝る前の三時間を費やして、この街の郷土史と地質学的な成り立ちを、全巻読破して頭に叩き込みましたもの。いいですか、ギルバート様。観光とは、視覚的な刺激を脳内で知識と照合し、その差分を愉(たの)しむ知的遊戯ですの。ただ『綺麗だわー』と呟くのは、呼吸をするのと同義の無意識な行為に過ぎませんわ!」

馬車が止まると、私はガイドさんの元へ駆け寄り、彼の持っていた旗を(半ば強引に)奪い取りました。

「ちょっと、ガイドさん! あなたの説明では、この街の真の魅力の零コンマ五パーセントも伝わっていませんわよ。代わりなさいな、私が今から『この石畳がいかにして中世の物流を支え、かつ人々の靴底の寿命を延ばすために設計されたか』について、三〇分間の特別講義を行って差し上げますわ!」

「えっ、ええっ!? お、お嬢様、あ、いえ、奥様? 私の仕事が……」

「仕事とは、顧客の満足度を最大化すること。今の私の話に、そこの観光客の皆様が目を輝かせていらっしゃるのが見えませんの? ほら、そこのおじ様! 私の解説を聞いて、ジャガイモの流通革命について語りたくなったでしょう?」

私は、呆然とするガイドさんと、いつの間にか集まってきた群衆を前に、さらにボリュームを上げて演説を開始しました。

「皆様! この街の噴水の水。単なる装飾品だと思っていませんか? 違いますわ! これは当時の水利工学の粋を集めた、巨大な加湿システム兼、非常時の防火水槽なのです。水の噴き出す角度が、風向きを考慮して計算されている理由を、今から流体力学の観点から解明して差し上げますわね!」

ギルバート様は、もはや止めることを諦めたのか、群衆の後ろで誇らしげに腕を組み、私のトークの拍子に合わせて「……ああ」「……なるほど」と、完璧な相槌を打ち続けてくださいました。

「……俺の妻は、世界一の語り部だ」

ギルバート様がそう呟くと、群衆からは「ブラボー!」「もっと聞かせてくれ、奥様!」と、野太い歓声が上がりました。

結局、私たちは一日の予定をすべてキャンセルし、私が街の各所で「歴史修正プレゼン」を行うという、奇妙な新婚旅行へと変貌を遂げたのです。

「ふう、少しは皆様の知的な渇きを癒やせたかしら。ギルバート様、お礼に今夜は、ホテルの部屋で『この街の特産品がいかにして私の喉を潤したか』という叙事詩を、三時間ほど詠い上げて差し上げますわね!」

「…………ああ。……朝まででも構わない」

ギルバート様のその、静かな、しかし全てを受け入れる深い眼差しに、私はさらなる語彙の翼を広げ、新婚旅行の夜を誰よりも「喧(やかま)しく」彩り続けるのでした。
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