悪役令嬢は黙っていられない。婚約破棄されましたが、誰にも止められなくてよ?

桃瀬ももな

文字の大きさ
27 / 28

27

しおりを挟む
「おはようございます、我が胎内に宿りし未知の可能性——小さなリスナーさん! 本日は胎教第一日目。まずはこの世界の基本構造と、ヴォルフレード領における地政学的優位性について、一万字程度の概論からスタートいたしますわね!」


私はまだ平坦な自分のお腹に向かって、朝一番の澄んだ空気と共に、弾丸のような言葉を叩き込み始めました。


「……ラージュ。……早すぎないか。……まだ、豆粒のような大きさだと聞くが」


ギルバート様が、呆れを通り越して感心したような表情で、私の背中に毛布をかけてくださいました。


「甘いですわ、ギルバート様! 聴覚の発達を待っていては、知の競争に遅れをとってしまいます。いいですか、言葉とは振動ですの。私のこの高周波なトークが羊水を介して微細な振動として伝わることで、我が子の細胞一つ一つに『お喋りの遺伝子』が刻み込まれるのですわ!」


「……細胞レベルか。……それは、恐ろしい子供になりそうだな」


「恐ろしい? いいえ、頼もしいのですわ! 泣き声一つとっても、『オギャー』ではなく『私の肺機能の拡張を宣言いたしますわー!』というニュアンスを含んだ発声を習得していただかなくては。さあ、第二章! ゆりかごから墓場までの、コストパフォーマンス最適化理論について語りますわよ!」


私はギルバート様の膝の上に陣取り、さらにボリュームを上げて、お腹の中の見えない聴衆に向けた熱弁を続けました。


「いいですか、小さなあなた。言葉は最大の武器であり、最高の防具です。あなたが将来、誰かに論破されそうになった時、私のこのマシンガントークのリズムを思い出せば、瞬時に三〇の反論を構築できるはず。語彙力こそが、この世界を生き抜くための最強の魔法なのですわ!」


「………ああ。……お前の子供なら、沈黙などという言葉は覚えないだろうな」


ギルバート様が、私の膨らみ始めた(ような気がする)お腹に、そっと大きな掌を添えました。その瞬間、私はかつてないほどの幸福感に包まれましたの。


「あら、ギルバート様。あなたのその沈黙も、教育には必要不可欠ですわよ。私の情報の嵐(ストーム)を、あなたがどう受け止めているか。その『究極の聞き上手』としての背中を子供に見せることで、初めて対話の黄金比が完成するのですから!」


「………そうか。……なら、俺も胎教に参加しよう」


ギルバート様は、真剣な顔でお腹に顔を近づけると、一言だけ、低く響く声で囁きました。


「………早く、お前の母親の、このやかましい声を。……一緒に、聞きたいな」


「………………っっっ!!!」


流石の私も、その不意打ちの「共犯者宣言」には、喉まで出かかった次の五千字が霧散してしまいましたわ!


「ギ、ギルバート様……! あなた、今のセリフ、反則ですわ! 私の鼓動が、胎内の子に『ママが今、恋に落ちましたわ!』という緊急信号を送ってしまいましたわよ! どうしてくれるのです、教育方針が『愛の洪水』に塗り替えられてしまいましたわ!」


「………ああ。……それでいい」


ギルバート様は満足そうに微笑むと、私の言葉を遮るように、優しく唇を重ねました。


その日のヴォルフレード領は、いつにも増して温かく、そして……これから生まれてくる新しい命の「初鳴き」を待ちわびる、幸せな騒がしさに満ち溢れていたのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

処理中です...