王子を断捨離!うるさいのでこちらから婚約破棄させていただきます!

桃瀬ももな

文字の大きさ
5 / 28

5

しおりを挟む
一日の業務を終え、私はアディントン公爵家の屋敷へと戻った。
馬車を降り、玄関ホールに入ると、そこには仁王立ちで私を待つ父の姿があった。

「メアリー、帰りを楽しみにしていたぞ。さあ、執務室へ来なさい」

父の表情は相変わらず厳格だが、その瞳には奇妙な熱が宿っている。
私は「いよいよお説教かしら」と覚悟しつつ、父の後に続いた。

執務室に入り、重厚な扉が閉められる。
父は大きな机の向こう側に座り、私をじっと見つめた。

「まずは確認だ。財務省の特別顧問に就任したというのは事実か?」

「ええ、左様ですわ、お父様。ヴォルガード侯爵から熱烈な……いえ、合理的なスカウトをいただきまして。本日より正式に稼働しております」

私は淡々と答えた。
父は深く息を吐き、そして机を思い切り叩いた。

「素晴らしい! 我が娘ながら、なんという見事なリカバリーだ! 不良債権を切り離した翌日に、国家の金庫番の椅子を手に入れるとは! これ以上のROI(投資利益率)があるだろうか!」

父は立ち上がり、まるで商談を成立させた商人のように上機嫌で部屋を歩き回った。

「……お父様、怒っていらっしゃらないのですか? 王家との繋がりを断ったことは、公爵家にとって大きな損失では?」

「損失? とんでもない! あのアホ王子にこれ以上我が家の資産を注ぎ込むことこそが、底の抜けた桶に水を注ぐような、国家規模の損失だ。国王陛下には私から『娘は心身の疲労により、現在は数字の計算しかできない状態です』と報告しておいた」

「あながち間違いではありませんわね。今の私は、一ギル以下の端数すら見逃せませんから」

私はふふ、と微笑んだ。
父は満足げに頷き、そして不敵な笑みを浮かべた。

「実を言うと、先ほど王宮からの使者が来た。『婚約破棄を撤回し、メアリーが謝罪するなら許してやる』という、エドワード殿下からの伝言を携えてな」

「まあ。まだそんな寝言を仰っていますの?」

「安心しろ。私が直接追い返しておいた。『弊社の……失礼、我が家の優秀な人材を無償で貸し出す期間は終了しました。再契約をご希望なら、まずは滞納している売掛金(慰謝料)を清算してください』とな」

親子だな、と私は思った。
私の合理性は、間違いなくこの父から譲り受けたものだ。

「ですが、お父様。一つだけ問題がありますわ」

「なんだ、メアリー」

「財務卿のヴォルガード侯爵です。彼は極めて有能ですが、少々……独占欲が強いというか、仕事の振り方が極端なのです。私の二十四時間を丸ごと買い取るような発言もしておりました」

父は一瞬、真面目な顔をして顎に手を当てた。

「財務卿、サイラス・ヴォルガード侯爵か。彼は確かに『鉄仮面』と呼ばれる男だが、その裏では徹底した実力主義者だ。……メアリー、彼との間に『合併』の可能性はあるのか?」

「……合併、とおっしゃいますと?」

「結婚だよ。アディントン公爵家の経済力と、ヴォルガード侯爵家の権力、そして二人の事務処理能力が合わされば、この国を文字通り『最適化』できる。これは市場独占も夢ではないぞ」

私は父のあまりにもビジネスライクな提案に、一瞬だけ言葉を失った。

「お父様、私はまだ自由を楽しみたいのです。契約結婚ならまだしも、感情という不確定要素に振り回されるのは効率的ではありません」

「がはは! それもそうだな。だが、あの男が君をただの部下として見ているとは思えんがね」

父との会話を終え、自室に戻った私は、窓から夜の街を眺めた。
手元には、サイラス様から渡された「明日までの宿題(予算案の修正)」がある。

「合併、ですか……」

脳裏に、今日、私の肩に置かれたサイラス様の大きな手の感触が蘇る。
あれは果たして、上司としての労いだったのか、それとも父が言うような「独占欲」の表れだったのか。

「……考えても答えが出ないものは、後回しですわね。今は、この無駄だらけの道路修繕予算を削る方が先決だわ」

私はペンを手に取り、深夜の静寂の中で紙を走らせる音だけを響かせた。
自由の身になったはずなのに、心なしか心拍数という名の「コスト」が少しだけ上昇している気がしたが、私はそれを単なる「仕事への高揚感」として処理することにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...