王子を断捨離!うるさいのでこちらから婚約破棄させていただきます!

桃瀬ももな

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「……それで、本日お集まりいただいたのは他でもありません。私の『最強の右腕』を紹介するためです」

サイラス様の低い声が、財務省の会議室に響き渡った。
上座に座るサイラス様の隣で、私は背筋を伸ばし、優雅に微笑みを湛えている。

対面に座るのは、この国の予算を牛耳ってきた「ベテラン」と称される年配の官僚たちだ。
彼らは皆、苦虫を噛み潰したような顔で私を睨みつけていた。

「閣下、正気ですか? よりにもよって、王宮を騒がせているアディントン公爵令嬢を顧問に迎えるなど……」

一人の官僚が、鼻を鳴らしながら口を開いた。

「左様ですぞ。政務の経験もない、ただの令嬢に何ができるというのです。我々が長年守り続けてきたこの省の伝統を、かき乱されては困りますな」

伝統、という言葉に私は小さく鼻で笑った。
その音は静かな会議室で、存外によく通った。

「あら、失礼。あまりに滑稽な冗談でしたので、つい。……ところで皆様。その『伝統』とやらを維持するために、今年度だけでどれほどの国庫が浪費されているか、ご存知かしら?」

私は手元の資料を、扇を広げるような仕草でテーブルに並べた。
そこには、私が昨夜の三十分で算出した「財務省内の非効率的な経費一覧」が記されている。

「な、なんだこれは……。文具の購入費……? そんな細かいことを!」

「細かいことの積み重ねが、山のような赤字(不良債権)を作るのですわ。この『特注の高級羽ペン』。一本で、地方の村の井戸が一つ掘れますけれど? 皆様の手は、市販のペンでは文字も書けないほど高貴でいらっしゃるのかしら?」

私は冷ややかな視線を、官僚たちの手元に向けた。
彼らは慌ててペンを隠すように引っ込める。

「そ、それは……伝統ある公文書を記すための、必要な経費だ!」

「いいえ、ただの見栄ですわ。……それからこちら。各部署で開催される『意見交換会』の名目で行われている晩餐会。先月の合計回数は、なんと四十二回。一日に一度以上のペースですわね。皆様、お仕事をする時間より、食べていらっしゃる時間の方が長いのではなくて?」

「ぐっ……! れ、令嬢の分際で、我々のやり方に口を出すな!」

一人の官僚が激昂して立ち上がった。
しかし、私は座ったまま、さらに追い打ちをかける。

「『令嬢の分際』ですって? 残念ながら、現在の私はヴォルガード侯爵閣下直属の特別顧問です。職位としては、皆様よりも上。……つまり、私の指示は閣下の指示と同義。……そうですよね、閣下?」

私は隣のサイラス様に、愛想笑い……の仮面を被った確認を求めた。

「……ああ、その通りだ。彼女の査定は、私の査定だと思っていい」

サイラス様が重々しく頷く。
官僚たちは顔を真っ青にしたり、赤くしたりと忙しい。

「さて、皆様。私は時間が惜しいのです。今この瞬間から、一週間以内に全部署の無駄な支出を二割削減する案を提出してください。……もし、提出できない、あるいは納得のいく説明ができない場合は――」

私は一度言葉を切り、最高に「悪役令嬢」らしい、残酷で美しい微笑みを浮かべた。

「皆様のその『伝統ある椅子』を、断捨離させていただきますわ。代わりなら、外で職を求めている優秀な若者がいくらでもおりますもの」

「ひっ……!」

会議室は、静まり返った。
かつて王子の背後で、黙々と彼の尻拭いをしていた私とは違う。
今の私には、無能を切り捨てる正当な権限があるのだ。

「……以上ですわ。皆様、貴重な公務の時間です。一秒でも早くデスクに戻って、計算機(演算器)を叩くことをお勧めしますわよ」

蜘蛛の子を散らすように、官僚たちが部屋から逃げ出していく。
扉が閉まる音を確認してから、私は深く椅子に体を預けた。

「……ふう。不毛な議論というのは、本当にカロリーの無駄ですわね」

「見事だった。まさか、あの頑固な連中を数分で黙らせるとは」

サイラス様が、心底感心したように、あるいは楽しそうに私を見つめている。

「あら、閣下。これはまだ『準備運動』ですわ。本丸は、王家直轄の予算配分……。あのアホ王子が、今も私の資産を当てにして贅沢三昧をしていると思うと、一刻も早く蛇口を閉めてやりたくて堪りませんの」

「……君を敵に回さなくて、本当に良かった」

サイラス様が、ふっと口元を緩めた。
その表情は、先ほどまでの冷徹な財務卿のものとは思えないほど、穏やかだ。

「……閣下。一つ、ご提案がありますわ」

「なんだ」

「これからは、私のことを『メアリー』と呼んでいただけます? 『アディントン公爵令嬢』と呼ぶ時間は、七文字も多く消費します。三文字の『メアリー』の方が、圧倒的に効率的ですわ」

サイラス様は一瞬、呆気に取られたような顔をしたが、すぐに深い笑みを漏らした。

「……なるほど、合理的だな。……では、メアリー。……私のことも、名前で呼んでくれないか。役職名(財務卿)を呼ぶ手間を省くために」

「ええ、喜んで。……サイラス様。……では、次の仕事(断捨離)に取り掛かりましょうか」

名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった気がしたが、私はそれを「会議室の暖房の設定ミス」として即座に処理した。
私の新しい職場、財務省での戦いは、まだ始まったばかりだった。
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