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「――繰り返す。キュール・フォン・ラズワルド。公爵令嬢としての身分を回復させ、直ちに王宮へ出頭せよとの国王陛下からの勅命である」
朝の清々しい空気は、銀縁眼鏡をかけた冷徹そうな文官の声によって切り裂かれた。
厨房の入り口で、私は汚れたお玉を握りしめたまま、信じられないものを見る目でその男――王宮秘書官のハンスを睨みつけた。
「……お断りしますわ。私は今、騎士団の朝食の要である『特製背脂煮込み』の火加減で忙しいんですの。勅命だか何だか知りませんが、行列の後ろに並びなさいな」
「公爵令嬢ともあろう方が、なんと下品な……! これはアリスター殿下のご意向でもある。貴女の才覚を認め、王宮の財政再建を支援せよとのことだ。これは名誉なことなのだぞ!」
私は鼻で笑った。
名誉? 都合が良すぎますわ。
私が「悪役」として裏で溜め込んでいた資金と、その管理能力が惜しくなっただけでしょうに。
それに、あのバカ殿下の側に戻るなんて、自ら進んでゴミ箱に飛び込むようなものですわ。
「名誉なら、あそこの犬の餌皿にでも盛り付けておきなさい。……私の居場所は、ここですわ」
私がきっぱりと言い放ったその時、ハンスが合図を送ると、控えていた王宮守護兵たちが一歩踏み出してきた。
実力行使ですか。王宮も随分と余裕がありませんわね。
「無理にでもお連れしろとの仰せだ。……連れて行け!」
屈強な兵士たちが、私の細い腕を掴もうと手を伸ばした。
私はフライパンを振り上げようとしたが――それよりも早く、鋭い剣鳴が響いた。
「……私の騎士団で、許可なく暴力を振るう不届き者は誰だ」
冷気が走るような、低い声。
現れたのは、マントを翻し、抜身の剣を平然と構えたゼノン様だった。
彼の背後には、異様な殺気を放つ十数名の騎士たちがズラリと並んでいる。
「ゼ、ゼノン騎士団長……! これは陛下からの勅命なのですぞ! 邪魔をすれば反逆罪だ!」
ハンスが声を荒らげるが、ゼノン様は眉一つ動かさない。
彼は一歩ずつ、重圧を振りまきながら私の隣まで歩み寄った。
「……勅命、か。だが、ここは大恩ある我が主、国王陛下より私が全権を委ねられた近衛騎士団の本拠地だ。……そして彼女は、私が正式に雇用した、騎士団の運営に不可欠な人間だ」
ゼノン様は、私の肩を抱き寄せるようにして、兵士たちの前に立ちはだかった。
その手は驚くほど温かく、そして力強い。
「彼女は私の……かけがえのない部下だ。……王宮の都合で、この場所の平和を乱すことは許さん。……連れ戻したければ、まずは私を斬ってからにしろ」
「き、貴様……本気か!? たかが料理人のために……!」
「たかが料理人、だと?」
ゼノン様の目が、氷のように冷たく細められた。
彼が剣をわずかに動かすと、周囲の騎士たちが一斉に抜剣した。
チャキッ、という金属音が響き、ハンスの顔が土気色に変わる。
「彼女がいなければ、この騎士団は一日と持たない。……彼女は我が団の魂だ。……返答は以上だ。消えろ。……二度と、私の女……部下に触れようとするな」
今、少しだけ言い直しましたわよね?
私の心臓が、フライパンで跳ねるポップコーンのように騒ぎ始めた。
「……お、覚えておれ! 陛下に報告して、騎士団の予算を削ってやるからな!」
捨て台詞と共に、ハンスたちは逃げるように去っていった。
嵐が去り、騎士団の門が閉じられる。
私は、未だに私の肩を抱いたままのゼノン様を見上げた。
「……ゼノン様。反逆罪になりますわよ? 本当に良かったのですか?」
「……構わん。予算を削られたら、お前の『悪役飯』で節約術を見せてくれればいい」
ゼノン様は少しだけ照れくさそうに笑うと、私の髪についた小麦粉を指で払った。
「……お前がいなくなれば、私は誰のために戦えばいいか分からなくなる。……だから、どこへも行くな。……ずっと、ここにいろ」
「……もう。勝手なことばかりおっしゃって。……いいでしょう。逃げ出す暇もないくらい、美味しい料理で貴方を縛り付けて差し上げますわ」
私は赤くなった顔を隠すように、彼の胸元を軽く小突いた。
騎士たちが「団長、ヒューヒュー!」と茶化し、食堂は再び騒がしくなる。
けれど、私は知っていた。
王宮がこれで諦めるはずがない。
今度はもっと、卑劣で、そして逃げられないやり方で迫ってくるだろう。
(……いいわ、受けて立ちましょう。……私の『自由』を邪魔する奴は、王様だろうと誰だろうと、完膚なきまでに叩き潰して差し上げますわよ!)
私は決意を新たに、煮え滾る鍋の中身を力強くかき混ぜた。
悪役令嬢としての闘志が、今、再び燃え上がっていた。
朝の清々しい空気は、銀縁眼鏡をかけた冷徹そうな文官の声によって切り裂かれた。
厨房の入り口で、私は汚れたお玉を握りしめたまま、信じられないものを見る目でその男――王宮秘書官のハンスを睨みつけた。
「……お断りしますわ。私は今、騎士団の朝食の要である『特製背脂煮込み』の火加減で忙しいんですの。勅命だか何だか知りませんが、行列の後ろに並びなさいな」
「公爵令嬢ともあろう方が、なんと下品な……! これはアリスター殿下のご意向でもある。貴女の才覚を認め、王宮の財政再建を支援せよとのことだ。これは名誉なことなのだぞ!」
私は鼻で笑った。
名誉? 都合が良すぎますわ。
私が「悪役」として裏で溜め込んでいた資金と、その管理能力が惜しくなっただけでしょうに。
それに、あのバカ殿下の側に戻るなんて、自ら進んでゴミ箱に飛び込むようなものですわ。
「名誉なら、あそこの犬の餌皿にでも盛り付けておきなさい。……私の居場所は、ここですわ」
私がきっぱりと言い放ったその時、ハンスが合図を送ると、控えていた王宮守護兵たちが一歩踏み出してきた。
実力行使ですか。王宮も随分と余裕がありませんわね。
「無理にでもお連れしろとの仰せだ。……連れて行け!」
屈強な兵士たちが、私の細い腕を掴もうと手を伸ばした。
私はフライパンを振り上げようとしたが――それよりも早く、鋭い剣鳴が響いた。
「……私の騎士団で、許可なく暴力を振るう不届き者は誰だ」
冷気が走るような、低い声。
現れたのは、マントを翻し、抜身の剣を平然と構えたゼノン様だった。
彼の背後には、異様な殺気を放つ十数名の騎士たちがズラリと並んでいる。
「ゼ、ゼノン騎士団長……! これは陛下からの勅命なのですぞ! 邪魔をすれば反逆罪だ!」
ハンスが声を荒らげるが、ゼノン様は眉一つ動かさない。
彼は一歩ずつ、重圧を振りまきながら私の隣まで歩み寄った。
「……勅命、か。だが、ここは大恩ある我が主、国王陛下より私が全権を委ねられた近衛騎士団の本拠地だ。……そして彼女は、私が正式に雇用した、騎士団の運営に不可欠な人間だ」
ゼノン様は、私の肩を抱き寄せるようにして、兵士たちの前に立ちはだかった。
その手は驚くほど温かく、そして力強い。
「彼女は私の……かけがえのない部下だ。……王宮の都合で、この場所の平和を乱すことは許さん。……連れ戻したければ、まずは私を斬ってからにしろ」
「き、貴様……本気か!? たかが料理人のために……!」
「たかが料理人、だと?」
ゼノン様の目が、氷のように冷たく細められた。
彼が剣をわずかに動かすと、周囲の騎士たちが一斉に抜剣した。
チャキッ、という金属音が響き、ハンスの顔が土気色に変わる。
「彼女がいなければ、この騎士団は一日と持たない。……彼女は我が団の魂だ。……返答は以上だ。消えろ。……二度と、私の女……部下に触れようとするな」
今、少しだけ言い直しましたわよね?
私の心臓が、フライパンで跳ねるポップコーンのように騒ぎ始めた。
「……お、覚えておれ! 陛下に報告して、騎士団の予算を削ってやるからな!」
捨て台詞と共に、ハンスたちは逃げるように去っていった。
嵐が去り、騎士団の門が閉じられる。
私は、未だに私の肩を抱いたままのゼノン様を見上げた。
「……ゼノン様。反逆罪になりますわよ? 本当に良かったのですか?」
「……構わん。予算を削られたら、お前の『悪役飯』で節約術を見せてくれればいい」
ゼノン様は少しだけ照れくさそうに笑うと、私の髪についた小麦粉を指で払った。
「……お前がいなくなれば、私は誰のために戦えばいいか分からなくなる。……だから、どこへも行くな。……ずっと、ここにいろ」
「……もう。勝手なことばかりおっしゃって。……いいでしょう。逃げ出す暇もないくらい、美味しい料理で貴方を縛り付けて差し上げますわ」
私は赤くなった顔を隠すように、彼の胸元を軽く小突いた。
騎士たちが「団長、ヒューヒュー!」と茶化し、食堂は再び騒がしくなる。
けれど、私は知っていた。
王宮がこれで諦めるはずがない。
今度はもっと、卑劣で、そして逃げられないやり方で迫ってくるだろう。
(……いいわ、受けて立ちましょう。……私の『自由』を邪魔する奴は、王様だろうと誰だろうと、完膚なきまでに叩き潰して差し上げますわよ!)
私は決意を新たに、煮え滾る鍋の中身を力強くかき混ぜた。
悪役令嬢としての闘志が、今、再び燃え上がっていた。
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