婚約破棄、感謝感激雨あられ!悪役令嬢は平民ライフを爆走

桃瀬ももな

文字の大きさ
17 / 28

17

しおりを挟む
「――繰り返す。キュール・フォン・ラズワルド。公爵令嬢としての身分を回復させ、直ちに王宮へ出頭せよとの国王陛下からの勅命である」


朝の清々しい空気は、銀縁眼鏡をかけた冷徹そうな文官の声によって切り裂かれた。
厨房の入り口で、私は汚れたお玉を握りしめたまま、信じられないものを見る目でその男――王宮秘書官のハンスを睨みつけた。


「……お断りしますわ。私は今、騎士団の朝食の要である『特製背脂煮込み』の火加減で忙しいんですの。勅命だか何だか知りませんが、行列の後ろに並びなさいな」


「公爵令嬢ともあろう方が、なんと下品な……! これはアリスター殿下のご意向でもある。貴女の才覚を認め、王宮の財政再建を支援せよとのことだ。これは名誉なことなのだぞ!」


私は鼻で笑った。
名誉? 都合が良すぎますわ。
私が「悪役」として裏で溜め込んでいた資金と、その管理能力が惜しくなっただけでしょうに。
それに、あのバカ殿下の側に戻るなんて、自ら進んでゴミ箱に飛び込むようなものですわ。


「名誉なら、あそこの犬の餌皿にでも盛り付けておきなさい。……私の居場所は、ここですわ」


私がきっぱりと言い放ったその時、ハンスが合図を送ると、控えていた王宮守護兵たちが一歩踏み出してきた。
実力行使ですか。王宮も随分と余裕がありませんわね。


「無理にでもお連れしろとの仰せだ。……連れて行け!」


屈強な兵士たちが、私の細い腕を掴もうと手を伸ばした。
私はフライパンを振り上げようとしたが――それよりも早く、鋭い剣鳴が響いた。


「……私の騎士団で、許可なく暴力を振るう不届き者は誰だ」


冷気が走るような、低い声。
現れたのは、マントを翻し、抜身の剣を平然と構えたゼノン様だった。
彼の背後には、異様な殺気を放つ十数名の騎士たちがズラリと並んでいる。


「ゼ、ゼノン騎士団長……! これは陛下からの勅命なのですぞ! 邪魔をすれば反逆罪だ!」


ハンスが声を荒らげるが、ゼノン様は眉一つ動かさない。
彼は一歩ずつ、重圧を振りまきながら私の隣まで歩み寄った。


「……勅命、か。だが、ここは大恩ある我が主、国王陛下より私が全権を委ねられた近衛騎士団の本拠地だ。……そして彼女は、私が正式に雇用した、騎士団の運営に不可欠な人間だ」


ゼノン様は、私の肩を抱き寄せるようにして、兵士たちの前に立ちはだかった。
その手は驚くほど温かく、そして力強い。


「彼女は私の……かけがえのない部下だ。……王宮の都合で、この場所の平和を乱すことは許さん。……連れ戻したければ、まずは私を斬ってからにしろ」


「き、貴様……本気か!? たかが料理人のために……!」


「たかが料理人、だと?」


ゼノン様の目が、氷のように冷たく細められた。
彼が剣をわずかに動かすと、周囲の騎士たちが一斉に抜剣した。
チャキッ、という金属音が響き、ハンスの顔が土気色に変わる。


「彼女がいなければ、この騎士団は一日と持たない。……彼女は我が団の魂だ。……返答は以上だ。消えろ。……二度と、私の女……部下に触れようとするな」


今、少しだけ言い直しましたわよね?
私の心臓が、フライパンで跳ねるポップコーンのように騒ぎ始めた。


「……お、覚えておれ! 陛下に報告して、騎士団の予算を削ってやるからな!」


捨て台詞と共に、ハンスたちは逃げるように去っていった。
嵐が去り、騎士団の門が閉じられる。


私は、未だに私の肩を抱いたままのゼノン様を見上げた。


「……ゼノン様。反逆罪になりますわよ? 本当に良かったのですか?」


「……構わん。予算を削られたら、お前の『悪役飯』で節約術を見せてくれればいい」


ゼノン様は少しだけ照れくさそうに笑うと、私の髪についた小麦粉を指で払った。


「……お前がいなくなれば、私は誰のために戦えばいいか分からなくなる。……だから、どこへも行くな。……ずっと、ここにいろ」


「……もう。勝手なことばかりおっしゃって。……いいでしょう。逃げ出す暇もないくらい、美味しい料理で貴方を縛り付けて差し上げますわ」


私は赤くなった顔を隠すように、彼の胸元を軽く小突いた。
騎士たちが「団長、ヒューヒュー!」と茶化し、食堂は再び騒がしくなる。


けれど、私は知っていた。
王宮がこれで諦めるはずがない。
今度はもっと、卑劣で、そして逃げられないやり方で迫ってくるだろう。


(……いいわ、受けて立ちましょう。……私の『自由』を邪魔する奴は、王様だろうと誰だろうと、完膚なきまでに叩き潰して差し上げますわよ!)


私は決意を新たに、煮え滾る鍋の中身を力強くかき混ぜた。
悪役令嬢としての闘志が、今、再び燃え上がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

処理中です...