婚約破棄されました悪役令嬢、可愛がりルートを爆走中

桃瀬ももな

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「カイル様、お願いですわ! 私を外へ連れ出してくださいな!」

公爵邸のふかふかなソファに寝そべりながら、私は窓の外を指差しました。
昨夜の「飼育」宣言から一夜明け、私は至れり尽くせりの生活を送っていましたが……。
やはり、籠の中の鳥ならぬ、家の中の猫でいるのは私の性に合いません。

「……ならんと言っただろう。お前は今、身元の定かではない保護対象だ。外には危険が多い」

デスクで書類に目を通しているカイル様は、一度もこちらを見ようとしません。
ですが、ペンを握る手がわずかに震えているのを、私は見逃しません。
昨夜、私の頭を撫でてからというもの、彼は妙に私を意識しているようですわね。

「危険なんてありませんわ。私は屋根の上を走るのが得意ですし、いざとなったら噛みつきますもの」

「令嬢が噛みつくなどと言うな。……だいたい、どこへ行くつもりだ」

「市場の奥にあるという、伝説の定食屋『銀鱗亭』ですわ! そこの氷結干物を食べずして、この国に来た意味がありません!」

カイル様の手が、ぴたりと止まりました。
彼はゆっくりと顔を上げ、冷徹な瞳で私を射抜きます。

「……あそこは、労働者たちの溜まり場だ。貴族の、しかも女が行くような場所ではない」

「あら、私はもう勘当された身ですわ。ただのモルニャです。カイル様が行ってくださらないなら、勝手に窓から飛び出しますわよ?」

私はソファから立ち上がり、窓枠に手をかけました。
すると、カイル様が慌てて椅子を蹴立てて立ち上がります。

「待て! ……わかった。私が同行する。ただし、変装しろ」

「変装、ですの? ワクワクしますわ!」

そうして用意されたのは、地味な茶色のマントと、目深に被るハンチング帽。
カイル様もまた、豪華な軍服を脱ぎ捨て、黒いシンプルな旅装束に身を包んでいました。
……悔しいですが、何を飛んでも絵になる方ですわね。

「いいか、モルニャ。外では私のことを『カイル』と呼べ。閣下と呼ぶなよ」

「わかりましたわ、カイル。……うふふ、なんだか駆け落ちみたいですわね?」

「……余計なことを言うな。行くぞ」

雪の降る街並みを歩き、私たちは市場の喧騒の中へと入り込みました。
カイル様は私の肩を抱くようにして、周囲の雑踏から私を守っています。
その無骨な優しさに、私の胸が少しだけ……ほんの少しだけ、お魚を食べた時のように高鳴りました。

「ここが『銀鱗亭』ですわね! いい匂い……潮風と炭火の香りが混ざり合って、最高ですわ!」

店の中は、大勢の男たちで賑わっていました。
私たちは隅の小さなテーブル席に陣取り、お目当ての「特製氷結干物定食」を注文します。

「……お待たせ! 今日一番のデカいやつだ!」

運ばれてきたのは、私の顔ほどもある立派な干物でした。
表面はこんがりと黄金色に焼け、脂がパチパチとはじける音を立てています。

「いただきますわ……! ……はむっ! ……ふにゃあああ、美味しい!」

一口食べた瞬間、私は天にも昇る心地でした。
外はパリッと香ばしく、中は驚くほどジューシー。
寒風に晒されて旨味が凝縮された身は、噛めば噛むほど甘みが広がります。

「モルニャ、行儀が悪いぞ。頬に身がついている」

「ふぇ? どこですの?」

カイル様が、溜息をつきながら手を伸ばしてきました。
そして、親指で私の口端を優しく拭い……その指を、自然な動作で自分の口に運んだのです。

「……っ!? カイル、今、何を……!」

「……味が気になっただけだ。……ふむ。確かに、悪くない」

カイル様はどこか耳を赤くしながら、そっぽを向きました。
氷の公爵様ともあろうお方が、定食屋の一角で何て破廉恥なことを……!

「……モルニャ。お前は、本当に幸せそうに食べるな」

「当然ですわ。美味しいものを食べている時が、人生で一番幸せですもの。アトラス殿下の横にいた時は、砂を噛むような味しかいたしませんでしたわ」

「……あの、王太子のことか。あんな男のことは忘れろ」

カイル様の瞳に、鋭い光が宿ります。
彼は私の手を取り、真剣な眼差しで見つめてきました。

「私の側にいろ。毎日、最高の魚を用意させよう。……私の名はカイル。お前の名はモルニャ。それで十分ではないか?」

「カイル……。それは、定食屋でのナンパにしては、少し重すぎませんこと?」

私が冗談めかして笑うと、カイル様はふっと口角を上げました。
それは、私がこの国に来て初めて見た、彼の心からの笑みでした。

「……そうかもしれないな。だが、本気だ」

その時です。
店の入口が騒がしくなりました。

「おい、このあたりに、場違いなほど綺麗な女と、強そうな男が来なかったか!? 王国の第一王子、アトラス殿下からの直々の依頼だ!」

「ひっ……! もう追っ手が!?」

私は慌てて干物を口に詰め込み、ハンチング帽を深く被り直しました。
どうやらアトラス殿下、隣国にまで手を回しているようです。

「……チッ。ネズミどもが。モルニャ、裏口から出るぞ」

「ああっ、まだお味噌汁が残っていますわ!」

「後でいくらでも作らせてやる! 来い!」

カイル様に腕を引かれ、私は店を飛び出しました。
冷たい雪風が頬を打ちますが、繋がれた手のひらは、驚くほど熱を持っていたのでした。
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